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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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宙吊りの小さな影 *奏嘉

聞きなれた王道のワルツの後に、突然滅多に舞踏会の選曲としては上がってこないような珍しい音楽が流れれば、躍りなれていない人々は耳障りなほどにざわついた。



顔を見合わせて、人々は困惑したようにステップを止めてしまう。



少し遠くにいた桐子と伊織のペアも、二人で踊るような曲ではないそれに顔を見合わせ苦笑しているようだった。




山縣はその様子を見て「そりゃそうだ」とカラカラと一頻り笑った後、テーブルに並べられたワインをまるで水のようにさらりと嚥下し喉を潤す。





「――おい、アンタ」




もう一杯、とグラスに手を伸ばしたところで背後から声を掛けられ制止する。



しかし、突然かけられたあまり聞きなれないその声と口振りに、山縣は不思議に思いながらもゆっくり振り返った。



そこに居たのは、自分よりもいくらか背の小さな、未だ幼さを残した青年。



暫くその顔を眺めたあと、思い出したように少しだけ目を丸くする。



「…………ぁあ、逢崎ンとこの坊じゃねぇか。元気そうで何よりだわ。どうした?」



まさか、あの一件以降自分など一生関わらない相手だろうと思っていた相手に声を掛けられ、山縣は首を捻った。




「おかげさまで。………そんな事より、少し話がある」



皮肉混じりのその返事と予想外の言葉に、今度は逆へと山縣は首を傾げる。




「アンタの御友人の事だ」



わざとらしい丁寧語に眉をひそめるも、青年から耳打ちされたその出来事に「はぁ?!」と大きな声を上げてしまい、至近距離で大声を出された総一郎は盛大に眉を潜めた。



「うるせぇ」


言葉を無視するように、山縣は額を押さえながら「あの馬鹿…」とだけ呟くと、伊織と桐子を呼び寄せる。



「生まれてこのかた引きこもりなのにちゃんと来れたんだ、偉いね総一郎」



「お前は母親か」



嫌悪感丸出しの総一郎を無視し明るく肩を組んでみせる伊織に、母である弥生の面影を感じ山縣は苦笑する。



その二人を横目に見ながら、桐子に紫子と将臣が帰ってしまったことだけを伝え帰るか、などと提案すれば当の妹から返事が返って来ない。



「聞いてるか、桐子」



妹へと向き直れば、桐子はどうやら総一郎を見て固まっているようだった。




「おい?」



兄に乱雑に頭をぐしゃりと撫でられてやっと桐子は我に返った。



「っ、はい」



慌てて返事をするも、視線に気付いてか総一郎の視線と桐子の視線が交わり再び少女は固まる。




「…………?」




既視感に、総一郎は曖昧な記憶を辿った。





――――記憶の隅鮮やかに甦ったのは、大天使の一人とと同じ色の髪に天の輪を浮かべた、少女の面影だった。





******



馬車を降り私室へと戻れば、少女が直ぐに医師を呼んでくれたらしく、暫くすると普段父の為に屋敷へと通ってくれている見慣れた老いた医師が処置をしてくれた。



数針程度縫いはしたが、どちらも其処まで大事では無かったらしく処置は直ぐに終わった。



硝子片も無事摘出してもらい、後は傷が塞がるのを待つだけなのだそうだ。





痛み止めを処方され医師が去ると、自身の傍らにて待機していた少女は自身の手に触れ再び涙を滲ませてしまう。



止めどなく溢れる涙に居た堪れなくなれば、青年はその頬へと唇を寄せた。



そして暫く考えたあと、再びその唇を開いた。



「………こんなことを言えば、貴女を余計に困らせてしまうかもしれませんが」




これ以上に何があるのかと、少女は恐る恐るその顔を上げる。



「痛いには痛いのですが、なんと言うか……感覚が、遠いと言うか。……鈍いというよりは、多分興味が無いのではと思うんです」



何処か他人事のような口振りで、青年は呟いた。



理解できないだろうかと不安げに少女を見遣れば、少女がいっそう涙を溢れさせていて青年は慌てる。



「ええと、泣かせるつもりでは…、というか寧ろ、然程気にしなくても良いと…」



自分を蔑ろにしているつもりでも、自虐的な意思からの行動ではないという青年。



それが本心だというのは、少女にも分かっていた。―――――けれど。




いつからか感じていた、この違和感。



――――――――少女は、やっと理解した。


きっとこの青年自身も気付いていないのだろう。


無自覚うち、確立されてしまったのかもしれない。



別の誰かとして生きてきた青年は、自分自身を殺した。

その代償として、彼には重大な欠陥が出来てしまっていたのだ。

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