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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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密やかに囁かれる月夜 *奏嘉

暫しの喧騒の後、再びしんと辺りが静かになると、ゆっくりと次の演奏が始まった。

すっと片膝をつき少女の小さな手の甲に唇を寄せると、一度優しく微笑み青年は立ち上がり彼女の両手を取った。


少女が緊張の為か固い動きになるのを微笑ましく思いながらステップを踏めば、ふと身体が近づいた瞬間少女がそっと囁く。



「足を踏んでしまったらごめんなさい…」



基本真面目で律儀な彼女の性格を考えれば、きっと不安に違いないだろう。

それがひどく愛らしく感じて、青年はくすぐったいような感覚に小さく笑うと同じようにそっと少女に囁き返した。



「大丈夫、力を抜いてみてください。私では不安でしょうが、下手なりにエスコートさせて頂きます」



そんなことは、と首を振る少女の腰に片腕を添えると、青年は次の動作を指し示す様に彼女の身体を支える。



暫く繰り返していく内、緊張が解れ気が楽になったのか少女の動きと表情が自然なものへと変わり、青年も安堵すればこちらもダンスを楽しむことにした。


ターンの度に視界に入る花弁の様に揺れる紅い髪が美しく、時折魅入ってしまいそうになりながら目を細めれば、不意に少女の耳が真っ赤になっている事に気が付き身体を少し離し顔を覗きこむ。

少女の顔は普段の冷静な凛とした表情ではなく、珍しい程に真っ赤になってしまっており青年は驚き目を丸くした。



「何処か具合でも悪いですか…?」



ステップを踏みながらも周りに聞こえない程度の声音で優しく問いかければ、少女は小さく首を振って見せた。



「い、え…その」



たどたどしい口調が、なお青年を不安にさせる。



「大丈夫ですか?」



青年はただ支えようと思ったに違いないが、ぐいっと少女の腰に添えた手に力を入れれば先程よりも抱き寄せられたようなかたちになってしまい少女はその小さな肩を大きく跳ねさせた。



まるで脳内に心臓が在るのではと錯覚してしまう程にどくどくと鼓動が高鳴り、少女は更に慌てる。



「あ、あのっ…大丈夫、です、から」



はずってしまった言葉尻に羞恥を感じてしまえば目眩すら覚え始め、少女が僅かにふらつけば青年は静かな動作で少女を誘導しホールから抜け出してバルコニーへと移動した。



「少し休みましょうか」



幸いバルコニーには人がおらず、気が抜けたのか少女は青年の胸にくたりと寄りかかる。


扉の近くへと青年が少女と共に身を寄せれば、丁度ホールからの明かりで扉が大きな影を作り死角となっていた。



場内にあった飲み物を思い返せば、夜会で中心となって置いてあるのはやはりアルコールばかりで、そう言えば少女が酒などを好んで飲んで居た様な記憶などはないと思い出し、もしや誤って飲んでしまったのではと青年はふと考え付く。


柔らかな頬に手袋越しの手で触れれば、風邪を引いたかのように熱を持っていて、あまり身体を冷やさせてはいけないと思えば取り敢えず自身の上着を脱ぎ羽織らせた。




青年へと律儀に頭を軽く下げお礼を言いながらも、火照りが収まらない為か悩ましげに眉を下げ少女は目を伏せる。





少し色素の薄い睫毛に、林檎のように紅潮した頬。

口紅だろうか、薄く色付き艶やかな唇。

潤んだ飴色の目が魔性とも呼べるほどに煽情的で、青年はひどく動揺した。



(――――――嗚呼、不味い)



まるで少女の先程までの鼓動の音が青年へと移ってしまったかのように、どくどくと騒がしく音を立てる。



「…アロイスさま?」



突然黙り込んでしまった青年を不思議に思ったのか、少女がひょこりと愛らしく顔を覗きこんだ。

青年は慌てて片腕で顔を隠すと「少し待って下さい」と冷静を装い顔を背け、少し静止したあとそろりと彼女へと向き直る。



少女は相変わらず無自覚なようで、さも不思議そうに青年を見上げた。





(…見られなければ、良いか)



そんな軽い考えになってしまうあたり自分も大概酔っているな、などと自嘲すれば、青年はそのまま少女の小さな身体を抱き寄せる。

少女は突然抱き寄せられたことに驚き暫く目を見開いて固まった後、再び顔を真っ赤にし慌て始めた。



「っこ、んな、ところで…」




会場が近くては、いつものようにぴしゃりと怒る事さえ憚られ、少女はただただ困ったように眉を下げる。


青年は制止するように一層彼女を抱きしめると、自身を落ち着かせるようにひとつ深い息を吐いた。


少女は未だ疑問符を浮かべながら、そわそわと腕の中で落ち着かない様子で時折声を漏らす。





「……誰にも、見せたく無くて」



不意に囁かれた低く掠れ気味な声音に、ぞくぞくと少女の背筋が粟立つ。


秋の訪れを感じさせるように、外の風はひやりと冷たく澄んでいて、少女は火照った顔を撫でる風の心地良さに目を閉じた。



青年は少女を掻き抱き落ち着かせるように優しく髪を撫でる。



「今の君を、他の男には見せたくない」



囁かれる言葉がひどく鼓膜を擽り、少女は困惑しながらも青年の背へとぎこちなく腕を伸ばした。





*******


あとがき


(中将の理性、頑張った回。)


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