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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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絡みつく蟲惑の薔薇 *矢玉

◆ひきつづき六鳴館編。紫子が子爵の相手している間の将臣さんは、というと…?

 いやに強張った顔で“父親”の元へと赴いた紫子を案じ、将臣は遠いその姿を注視していた。

 仮面のような笑みで、わかるものだけわかる激情を押し込めた凍りの花のような笑みで子爵と言葉を交わす紫子の声は聞こえない。

 だが、その心情はてにとるようにわかる。

 あの少女は、身内を害されるのに何より怒りを覚えるのだ。

 生みの母をないがしろにした男を、赦せるはずも無い。

 しかしその怒りをあらわにすればひどく疲れるだろう、繊細でまっすぐな人だから。戻ってきたらどんな言葉をかけようかと考えを巡らせる将臣の眼前に、衣擦れとともに庭園の薔薇にも負けない、むせかえるような薔薇の香が届く。

「あら、お一人ですか?将臣さま」

 艶やかな、薔薇のごとくと歌われた笑み。濡れた深紅のノワール。

「香苗、さん」

 いつかの騒動が思い出され、将臣は嘆息した。

 できるだけ避けて通りたい人物が、現われてしまった。

「あら、わたくしの名をまだ覚えていらしたのね」

「何か、御用ですか?」

「まあ冷たいもの言いですこと、悲しいですわ」

「よく私の前に顔を出すことができましたね」

 その厚顔さにいっそ尊敬さえ覚える。

 憮然とした顔に、いっそ無邪気にも思えるしぐさで首を傾げる。

「何を怒っていらっしゃるのです?貴方さまにしたことですか?――――――それとも、貴方の大切な婚約者に、したこと?」

 意味深に己の唇に手をやるのに、怒りを通り越してげんなりする。

「・・・・・・もうお引取り願えませんか」

「嫌ですわ、まだまだ貴方の可愛らしい婚約者にご挨拶申し上げていませんもの」

「彼女なら、ここにはいませんよ」

 黒目がちな眼をきょろりと動かすのに冷たく告げるが、目ざとい香苗はすぐにその葡萄色のドレスを見つけてしまった。

「ああ、今日も可愛らしいこと。一緒におられるのは・・・・・・逢崎子爵ですわね」

 西洋扇子を頬にあて、小さくため息を漏らすのを将臣は胡乱に見つめた。

「逢崎子爵には初めてお目に掛かりましたけど、何ともぱっとしないお方ですね。あの紫子さんの父君とは、とても思えない」

 軍部で言われた脅しともとれるこの女性の言葉がよみがえり、将臣の様子が剣呑なものとなる。

「まぁ、怖いお顔だこと」

 大丈夫ですわ、と苦笑気味に香苗は告げる。

「あの人に、危害をくわえること“は”しませんから。それ以外はわかりませんけど?」

 挑発的に付け加えられた言葉にあの日の光景がよみがえる。


 口付けを交わす、女と少女。少女の唇に付いた紅の跡。


「・・・・・・貴方が何を考えているのか、私には全くわかりません」

「あら、では貴方がお相手してくださるので?」

 すっと艶かしい流し目とともに、その白い腕が伸ばされる。避けようとした女の腕は、それよりはやく押し留めるように掴まれた。

「何を、なさっておいでですか」

「あら、紫子さんこんばんは。今日の装いもとても美しいわ」

 柳眉を逆立てた紫子にかまわず、しっとりと微笑む香苗にますます紫子は顔をしかめる。

「何用でしょうか」

「あら、邪険にしないでくださいな。少しばかり将臣さまとお話させていただいていただけですから、嫉妬などなさらなくても結構ですよ?」

「嫉妬などしておりません。貴女の行動を問うているのです」

「将臣さまに、振られてしまいましたの。哀しい事だと、思いません?」

 瞳を伏せる香苗の芝居がかった仕草に、紫子が本気で困惑しているのがありありとわかり、将臣が本気で追い返そうとする。その時だった。

「だから紫子さん、慰めてくださらない?」

 すっと伸ばされた腕が、少女の腰に回され引き寄せられる。予想外の行動で、その抱き寄せる力に抗えず、紫子は香苗の腕に収まってしまった。

「今日のドレス、葡萄の柄なのね。美味しそうだわ」

 すっと広げられた西洋扇子で二人分の口元をそっと隠す。

 いつかの二の舞を避けようと将臣が歩み寄るより先に、小柄な薄紅のドレスが紫子の腕を抱きしめた。

「あ、貴女なにをなさっておいでですか!」

 怒りにか、羞恥にか頬を紅潮させた桐子が、紫子を守るようにその身をよせる。自分の身におこりかけたことが、まだ信じられないのだろう。紫子は、まだ呆然としていた。

「あら、どちらさま?始めてお目にかかるお嬢さんだわ」

「わたくしは、山縣桐子です。貴女のほうこそ誰ですか?!」

「そうきゃんきゃん騒がないで下さる?わたくしは宮城香苗。紫子さんの友人ですわ」

 いや、友人などと思っているのは貴女だけだと二人は同時に考えた。

「貴女の方こそ、紫子さまの何なの?割って入るなど、不躾じゃなくて?」

「わたくしは紫子お姉さまの後輩で妹です!」

「ああ、Sね。懐かしいわ。わたくし結局、姉は一人もできなかったけれど、妹はたくさんいたの」

「い、妹をたくさんもつなど、Sに反します。ふしだらですわ!!」

「まぁ怖い。それにとっても子どもっぽいのね、貴女」

 呆れたような仕草で、紫子に流し目を向ける。それにびくりと紫子の身が跳ねる。

「そんな幼稚な妹はやめて、私を姉にしません?紫子さん」

「お断りします!!」

「貴女には聞いていなくてよ、桐子さん」

 ね?などと蟲惑的に問われ、紫子は怯えたように身をすくませた。

「お断りします。貴女の傍になどいたら、いくつ心臓があってもたりません」

「まぁ、わたくしといると心臓が高鳴って?熱烈な告白ね」

「断じて違います」

 きっぱりと告げる紫子にこれ以上の問答の無理を知ったのだろう。決定的な場面こそ見られていないものの、不穏な空気に好機の眼が集まるのを敏感にさっし、香苗は半歩を引いた。

「小五月蝿い子犬のような番犬も現われたようですし、わたくしは退散いたしますわ。ごきげんよう、紫子さんに将臣さま。またいずれ」

 颯爽とした後姿を見せ、己の信奉者の集まりに向かっていくのを三人はそのまま見送ってしまった。一番先に我に返ったのは桐子。

「紫子お姉さま!何なのですかあの方は!宮城香苗さまといえば早苗さまのお姉さまで、東郷さまに婚約を申し込んだなどとうそぶいていらしたかたでしょう?なぜあんなにも紫子さまになれなれしいのです」

「・・・・・・私にもさっぱりわかりません・・・・・・」

 まだ自分を取り戻せないのか、どこか空ろに返答する紫子にますます桐子は怒りを覚えたようだ。

「紫子さまも、隙が多いのですわ!もっといつものように毅然としていらっしゃらないと。あんなふしだらな人に付けこまれては、いけません!!」

 興奮し頬を真っ赤に染め、桐子はしばらく力説していた。





◆あとがき


◆香苗さん再登場。相変わらずかっとばしてくれています。そして謎の百合バトル。香苗嬢vs桐子嬢。

将臣さん後半空気。山縣さんもっと空気というか、いない。

すまん男性陣。

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