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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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冷たい鍵 *奏嘉

(あんな事を言ったのに、)




少女は青年将校の二度目の訪問に、少し驚いていた。

下手をすれば、見限られるのでは、と言うところまで予想していた程だった。




二度目の来訪の当日、彼の青年将校からのお誘いが外出したいという旨だったらしく、侍女達は朝から忙しなく少女の周りを動き回っていた。



以前のお見合いの時とは違う、外行きの着物に髪飾り、ストール。


何れも高価そうな、父親の必死さが見てとれる代物ばかりだ。

少女は、僅かに笑いそうになってしまうのを静かに押し殺しながら、侍女達の手が止まるのをぼんやりと待っていた。



彼女達は、一言も声を漏らさない。

黙々と、同じように声を漏らさず静かに佇む少女を着せかえていく。



(まるで、人形が人形を扱っているような)



傍から見ればあまりに滑稽で、不気味に違いない。

確かに自分は、お家の為の「人形」に変わりないのだろう。

道具としてしか、求められていないのだから。


「…………、」



少女は一つ息を吐き、少し顎を引くと背筋を伸ばす。



――――だからといって、誇りを捨てたわけではない。



凛と蒼く、澄んだ刃のような。

少女の意志は、あまりに年不相応なほど、強かった。






「………あ、」


不意に見えた紫子の姿に顔を上げ声を漏らす。



いままで青年を囲んでいた女給たちはその声に顔を上げると、あからさまに表情を硬くし僅かに距離を取った。

青年はその様子に微かに眉根を潜めるが直ぐに悟られないよう表情を緩める。



「こんにちは、紫子さん」


青年は以前訪れた際とは違う羽織り姿で微笑むと、少女の元へと歩み寄る。


少女は静かに頭を下げ「お待たせしてしまい申し訳御座いません」とお嬢様らしく美しい動作で謝罪をする。


上品な白を基調とした着物の袖と夜露に濡れたような髪が、ふわりと花のように揺れる。



――――一瞬魅入りながらも平静を装い、青年が笑みを浮かべた。


「思いの外、早く着いてしまって…急かしてしまったようで、こちらこそ申し訳ない」



青年は侍女に子爵に渡して欲しいと告げ手土産を手渡すと、履物に指を通した紫子を見、立つのを補助する為にと手を差し伸べる。


「行きましょうか。今日は、よろしくお願いします」


その言葉と手に、紫子は「お嬢様らしい」笑みを作り応えた。

少女を立たせながらぎこちない苦笑を浮かべる青年に、彼女は何がおかしかったのだろうか、と僅かに目を見開く。



(…自然であった、筈なのに)



この違和感は、何だというのか。


二人は小川沿いの道をゆっくりと歩きながら帝都へと向かっていた。


武家である東郷の屋敷は非常時の為にと帝都に近かったが、公家の出である逢崎の屋敷からは少し離れている。


河原には色の淡い野花が愛らしく咲き風に揺れ、遠くからは帝都の賑やかな喧騒が聞こえる。



紫子が昼間、外を歩くのはかなり久しぶりのことだった。

通学の際には屋敷からの馬車の送迎があるし、それ以外の時間は、あの部屋から殆ど出ることが無い。


青年の少し後ろを歩きながら少女が辺りを不自然にならない程度に見回していると、青年が不意に声を漏らした。



「……貴女にこんな事を言うのは失礼だと理解してはいるのですが」



以前「見覚えがある」と言った青年の突然の言葉に、僅かに少女の肩が跳ねた。


それでも少女は冷静に、「なんでしょう」と微笑みを浮かべたまま小首を傾げて見せる。

青年は少し躊躇った後少女を振り返ると、申し訳無さそうに唇を開いた。


「逢崎殿の御屋敷は、こう……私には、居心地が悪くて」



青年の突然の告白に、少女は呆気に取られぽかんとした表情を浮かべ固まる。



(おかしなひととは、思っていたけれど)



ぽかんとした表情から一転、少女が少しだけ素直に笑う。


その表情に安堵したように青年も同じように微笑むと、青年は持っていた包みから小さめの紙袋を渡す。


少女は不思議そうにしながらもお礼を言うと、「開けても?」と問いかけ青年が頷くのを確認し綺麗に包装を開けた。



中から出てきたのは、表紙に西洋の言語が綴られた一冊の小さめの本だった。


「女性への贈り物としては面白味のないものですが、西洋の植物図鑑です。挿し絵がとても美しいので、是非とも貴女にお見せしたくて」



この国には無い花も載っているので、などと付け加えながらも青年は「不要でしたら捨ててください」と告げると、再び前を向いた。



不意に、少女が栞以外に厚みを持つ頁を見つけた。

不思議に思い頁を開くとそこには上品な箔押しに蝋印がされた封筒が挟まっていた。



僅かに目を見開き、前を歩く青年を見上げる。

「これ…」



それは、主に上流の華族だけが集う名高い舞踏会の招待状だった。

その舞踏会に招待されるだけでも、その家の価値を認められているようなものであるとされる。



「あの口振りを見るに…逢崎殿は、それだけで満足されるでしょう。貴女もきっと、私のような見知らぬ男と結婚する必要がなくなる筈です」



「……それは…お断り、という事でしょうか」


少女が、あの冷たい微笑みを浮かべ小首を傾げるが、青年はゆっくりと首を振り微笑んだまま言葉を続ける。


「いいえ。貴女に、選択肢があると言うことです。私と貴女が結婚したからと言って、逢崎殿が直接に政治に関わることはできないでしょう」




ひとつ息を吐き不意に真面目な表情になると、青年は少女と視線を合わせた。


「情けないと思われるでしょうが、…貴女にそんな表情をさせてまで、結婚なんてするものではないと思うんです。……それを逢崎殿に渡すかどうかは、貴女にお任せします」



御家再興の為の道具として、何の感情も持たず。

その流れに流され、使われることを覚悟した少女には、望まない事ばかりが突き付けられていた。


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