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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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雨のいろ *奏嘉

嫌な予感はしていた。

してはいたのだが、先日の事で頭がいっぱいいっぱいの山縣は、それを注意できる程の心の余裕さえ無かったのだ。



街に出た理由だって、端から端まで店を回り商品の値を吟味しその庶民的な感覚を養えるだろうかという試みだった。



余程あの一件で反省したらしく、山縣は至って真面目に店を回っていた。



非番ではあったが、私服の洋服ではなく目立たないようにと和服で外出していた。




何軒目かの店の暖簾を潜り、外へと一歩を踏み出せばいつの間にかバケツを引っくり返したような強烈な雨が降っていて仰天する。




家を出る前までは気にしていたはずなのだが、直前に考え事をしていたせいか傘など持ってきていなかった。




そして、冒頭へと至るのだ。




「何か笑えてくるわ…」




もう既に空回りの域では無いと思った。

ついていないの一言に尽きる。



(寧ろ憑いてるんじゃ…)



そんな物騒なことをぼんやりと考えながら、半ば投げやりになっているのか男はその大雨の中をゆっくりと歩き出した。




頭から水を被れば何故だか思考がしん、と穏やかになっていくような気がして、男は深い溜め息を吐く。





不意に稲荷を祭った神社の前を通り掛かれば、何の気なしに男はその石畳の階段へと腰を掛けた。




時折晴れ間が広がるも、未だに雨は降り続けたままである。




(……あ)



空を見上げれば見え隠れする青空の色みが深く綺麗で、男は暫くそれを目を細め眺めたていた。







「なにしてんだい、あんた」



不意に声を掛けられ上体を戻せば、傘を差したりんが訝しげに自分を見据えている。



男はへらりと渇いた笑いを漏らすと、再び先日の失態を思いだし項垂れた。




「悪い事続きだから御稲荷さんに謝ってる」



「ハァ?」



訳の分からないことを呟いた男に、盛大に眉を潜めるとりんは目の前まで歩み寄りその傘で頭を軽く叩いた。




どうやら雨は上がっていたらしい。





「そんなことしてる暇有ったら直接謝りに来るのが道理ってもんじゃないのかい」



「…仰有る通りで…」




まぁ軍人の顔を見てないだけこのところ気が楽だったけど、などと呟かれれば男は尚更笑ってみせる。



それを呆れたように見ながら、りんは傘を閉じ口を開いた。



「あんたが馬鹿なのはよく分かったよ。けど――」



「信じてくれるとは思わねぇが、あれ見つけた時な。何でだかは分からねぇが、真っ先におりんちゃんが浮かんだんだよ」



言葉を選ぶことを諦めたのか、男は後頭部を乱雑に掻きながらそう素直に告げる。



その言葉に本当に分からないといった様子で不思議そうにしたあと、りんに相変わらず「気持ち悪い」と言われれば男は次いで苦笑混じりに謝罪の言葉を口にした。




暫く黙ったあと、何かに気付いたように「ああ」と山縣が声を漏らせば、りんは首を傾げる。



「………今は、軍人じゃねぇから話し掛けてくれたのか?」



「別に」



きっぱりと断言されれば、山縣は肩を竦めた。




「私はどうだっていいが、一太郎が煩いんだ」



ふい、と顔を反らしたりんの様子を見詰めながら、山縣はゆっくりと立ち上がる。




「不味くはなかった。軍人じゃなければ入れてやらない理由はない」




不味くはなかった、というのはきっと金平糖の事なのだろう。



(どこのだって一緒だろうに)




どうやら、許してくれるのだろうかと思えば、その不器用な振る舞いに、何故だか笑みが零れた。



「何笑ってんだい」



「いいや」


不機嫌になったりんに再び謝罪すれば、癖のように山縣はその頭をわしゃわしゃと撫でる。




「ありがとうな、おりんちゃん」




にっと目を細め笑えば、ぐしゃぐしゃになってしまったりんの髪を直す。

りんは、その手を腕で思いきり弾くと店の方向へと走り去ってしまった。





*****





「…………っ…」



激しい雨が地を叩く雨音にふと目を覚ませば、じくじくと疼く古傷に嫌悪感を覚えながら青年は身体を起こした。




雷の音が近くなってしまったせいもあり目を覚ましてしまったようで、ひとつ溜め息を吐く。



寝起きのせいで喉が渇いており取り合えず水を飲みに行こうと廊下を歩いていれば、夜遅いにも関わらず紫子の部屋にぼんやりと明かりが灯っているのが障子越しに見え青年は首を傾げた。



以前の件が頭を過れば声を掛けようかと悩むも取り合えずはこんな時間に不躾であると思い直し、当初の目的のためにと廊下を進んだ。







台所にて冷えた水で喉を潤すと、部屋へと戻る途中空に鋭い稲妻が走るのが視界の縁に見えた。




それから直ぐに後を追うように轟音が鳴れば、彼女の部屋から短く高い声が上がる。



「……、紫子さん…?」




気にはなるものの容易に開けるのは憚られ、青年はそっと障子越しに声を掛けると取り合えず返事を待った。

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