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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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精巧な仮面 *奏嘉

あの夜の出来事からというもの、青年との距離を僅かに遠くに感じるようになった。その顔に浮かぶのは相変わらずの微笑みだが、最近のそれとは何処か違うのだ。


(…まるで…、)



―――そう、まるで、いつか初めて出会った時のような、完成された立ち振舞い。



それは他への拒絶のようにも感じる、人形のような作り物の笑み。



それでも伊織や弥生夫人は気付いていないようだったので、自分の考えすぎかもしれないと紫子は罪悪感を圧し殺した。



責められるよりも、責められない方が辛いものであると痛いほどに理解する。



そんな彼を、傲慢にも残酷だとも思った自分に少女は驚いた。



(傷付けたかもしれないと思ったのも、傲慢なのでしょうか)



誰から見てもあの青年はしっかりとしているように見えているに違いないのに、少女には時折地に足がついていないような、そんな不安定な印象を受けた。




*****




「お前、刀身素手で掴むのだけは止めろ。俺の心臓が持たない」



ため息混じりに山縣が告げれば、青年は相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべたままその手の包帯を眺めた。



「暴漢が戦意喪失してくれたお陰で簡単に事が片付いたんだから良いじゃないか」



平然と言ってのけた青年の様子を見れば、眉根を潜めた山縣が容赦なく拳骨で頭を殴る。



まるで子供にでもするようなそれに、青年は目を丸くした。


「良いか。無事にこしたこたねぇんだよ!怪我しねぇのが第一だ馬鹿野郎」



如何にも不思議そうな表情の青年に苛立ちも露に怒鳴れば、山縣は乱雑に後頭部を掻く。




「あと最近のお前、昔みてぇで気持ち悪い。機械じゃねぇんだぞ」




――――山縣が指す昔というのがいつの事を表しているのか、ここ最近の変化と今の違いが何なのか。



青年は、本当に解らないと言った様子で首を傾げた。



「…自覚、無ぇのか」




――――完璧な筈のこの青年には、自分ではきっと知り得ていないであろう大きな欠陥がある。



長い付き合いの中、少しづつだが山縣が気付き始めていた事だった。





出会った時よりは柔和になった筈だったそれも、この数日で突然元通りになってしまったように思う。



それを虚しくも感じ、自分の存在の弱さを痛感したのも事実だった。



そんな青年にとって、これほどまでに簡単に左右されるほどの大きな存在が出来たことが嬉しくもあり不安でもあった。




変えてくれたのが彼女なら、その豊かさを失うのも彼女がきっかけに違いないと、漠然と想像する。



ある意味分かりやすいと言えば分かりやすかった。

とは言え、気づく人間など殆ど居ないのだろうが。




どうやら、自分ではどうすれば良いのか理解できないまま、青年は再び強固な鉄仮面を填めることにしたようだった。


それは、何かから逃れるための自己防衛なのかもしれない。




赤子にだって、求めるためにと泣き喚く事が出来る。



それすら表現できないこの青年に、何があったのかなんて、聞ける筈もなかった。




「喧嘩したなら仲直りしろよ」




自分の発した在り来たりな言葉にうんざりしながらも、山縣はそれだけを吐き捨て部屋を後にした。




*****




陽が落ち辺りが暗くなった頃、やっと執務を終え青年は帰路に着いた。



驚くほどに心が冷たくなったように冷静で、青年はぼんやりとしたままの思考で目を閉じる。


あの時感じた黒い感情は、見ないふりをすれば簡単に拭い去ることができて、あの時に少女にかけた冷たい言葉を申し訳なくすら感じた。



(彼女の邪魔はしたくないのに)


十も歳が離れているというのに、何故こんなにも幼稚なのかと自責の念に駆られれば、羞恥心すら感じた。


(冷静ですらいられれば、彼女を傷付けずに済む)


―――昔なら容易であった筈の擦り合わせすら何故か上手く行かない。

違和感を感じながらも馬車に暫く揺られていれば、屋敷に到着し声を掛けられ目を開く。



「ありがとう」



いつものようにそう声を掛ければ玄関へと歩を進めた。




―――――逃げているのか。

『将臣』で居られれば、楽なのだと気付いてしまっていた。


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