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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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悪意に満ちた善意 *矢玉

◆出す予定のなかった総一郎くんが久々の登場。平常運転です。 

 注!:かなりの暴言をはいているのでご気分を害される方もいるかもしれません。そういう思いをしたくない方は読むのを控えてください。こういう思想を肯定するつもりも、容認するつもりもないです。あくまでフィクションです。総一郎は今回も殴られるべきだと思うよ!

「さて、現在の所で得た情報を整理するぞ」

 真剣な面持ちで書生達は頷いた。

 場所は前回文芸クラブの会合を開いたある青年の下宿。集まった面子は皆、カフェ宵星に通い『ダリィヤの君』と面識があったもの達。

「森下と早瀬川が聞いた、宮城男爵令嬢の言葉はこうだ。『赤毛の娘』『血で染めたような赤い髪』『猫のような飴色の瞳』『未来の伯爵夫人』だったな?確かか」

「ああそうだ」

 森下が太い声で同意すれば、早瀬川もこくこくと頷く。

「で、令嬢は激しくその赤毛の娘を罵っていて・・・・・・顔見知りのようだった、と」

 そこで一行は唸り声を上げた。

「俺たちは・・・・・・ダリィヤの君が死んだのを疑って、どこかに妾にでもなったんじゃないかと推測してたんだが・・・・・・事態はもっと複雑らしい」

「だいたい『未来の伯爵夫人』って何だよ」

 わからん、という顔で続ける青年はしきりと首を傾げる。

「だってあの娘は女給だったんだぞ?いや、俺もダリィヤの君ならたとえ伯爵夫人だろうが相応しいと思うがな。お華族さまってのは家柄やら格式やらを気にするものなんだろ?妾ならともかく正妻に女給をやっていた娘をなぜ迎え入れる?」

「いや、一度その辺は置いておこう。とりあえずの議題はそのご令嬢が言っていた『赤毛の娘』が本当に『ダリィヤの君』かどうか、ということだ」

 しばしの沈黙の後、おう、という応えが重なった。

「そういえば何で平塚がいないんだ?」

「あいつには声をかけていないからな」

 びっくりしたようにまたたく早瀬川に、深くため息をつく。

「あのな、あの平塚にこんな情報与えてみろ。すぐさま宮城のご令嬢の所へ飛んでって締め上げる勢いで問い詰めるぞ。そんなことしたらあいつの作家生命は一瞬でこれだ」

 首に指で横線を引く仕草とともにそんな科白をはかれて思わず、ああ、と納得してしまう。やる、奴ならきっとやってしまう。

 ここにいる皆、平塚の才能を惜しんでいた。嫉妬もあるが、それ以上に好敵手や、同胞として奴の才能が此処で潰えるのは見たくない。

「まずは有効な手としてはご令嬢の通う華族女学院にそんな生徒がいるか尋ねることだろうが・・・・・・」

 深窓の令嬢の交友関係などたかが知れている。きっと学校関係や華族の集まりぐらいしか外出はしないのだろう。 だが。

「やめとけ不審者だ」

「じゃあ、門の前で張り込みでもするか?」

「なおさら不審者だ」

 きっぱりと言い切られ押し黙る。真理だった。

「あのさ」

 おずおずと口を開いた青年に、視線が集まる。

「俺は、あのダリィヤの君好きだったし、死んだと聞いてとても悲しかった。妾になったと聞いてそれがあのダリィヤの君にとってとても不幸であるように思えて・・・・・・出来ることなら救い出そう、何て考えてた。だが、早瀬川と森下の話を聞いていると、どうもそれが間違いであるような気がしてならない」

 重たい沈黙に気後れしながらも、その眼は真剣で必死だった。

「森下達の言葉を素直に受け取るなら、あの娘は今、幸せなんじゃないか?」

 それは幾人かの脳裏のどこかに少なからずあった考えだった。

「どういった経緯で華族になって、しかも伯爵夫人になんてなる予定だとしたら、きっと女給をしてた過去なんて隠しているだろうし、思い出したくないだろう。それを暴いてしまったら、彼女はとても不幸になるんじゃないか?」

 痛いぐらいの沈黙で空気が張り詰める。どこかでそいう可能性も考えていた。本当ならあのそっとしておくべき事柄ではないかと、思ってもいた。

「そうだな、だが一目でいい。ダリィヤの君が生きているという確証を、俺たちは得たいと思っている、そうだろう」

 それぐらい、赦して欲しいのだ。彼女を慕っていたものとして。平穏をかき乱すことなどしない、幸せならかまわない。だから――――――

「しかしそうなると。いや、そうならなくても打つ手がないよなぁ」

 ごろんと寝転がってお手上げ、という風情で嘆けば、その空気は病のように感染していく。

「早瀬川に森下、他にはご令嬢はなにか手がかりになるようなことは言っていなかったか?」

 その問いに、二人は必死になってあの日を回想する。ご令嬢の剣幕がばかりが脳裏にこびりついているからそれは容易ではない。だが、もう一度あのご令嬢の身辺を探るなど不可能だ。今度こそ追い出される。

 うんうん唸る二人をよそに、こうなったら本当に女学校の前で待ち伏せしかないか。などと言い出す輩まで出始めた時、森下が大声をあげだ。

「『逢崎子爵』だ!!」

 熊のごとき巨体を揺らして森下は叫んだ。

「赤毛の娘はある日『逢崎子爵』の家に突然現われただのなんのかんのと言っていた!!」

「おお、でかした森下!」

「『逢崎子爵』っていや、時々伊織が話してなかったか?!変人仲間だのと言ってたあの学習院生!!」

 すっくと立ち上がり、怒号のように吼えた。

「誰か!!伊織を呼んで来い!!」


***


 総一郎は首をかしげていた。

 いきなり学校帰りに伊織に呼び止められて、文芸クラブの連中が己に会いたがっているなどと言っているなどという。

 もちろん総一郎に心当たりはない。己は絵描きであり、文字書き連中とは畑違いだ。

 伊織も事情をしらないらしく、しきりと首をかしげている。

 総一郎の眼が猫のように吊り上がる。なにやら厄介ごとの匂いがする。 ほとんどの事柄を退屈と感じる総一郎にとって、“厄介ごと”は数少ない娯楽だった。


 狭苦しい古びた下宿を物珍しそうに眺めながら階段を上がる。

 着いた先には剣呑な表情をした男達がたむろしていてますます可笑しくなった。

「礼を言う、伊織。だがすまんが少し席を外してくれるか?」

 その言葉に伊織はその瞳をまんまるにして驚いた。

 だが、それが書生一同が出した結論だった。華族である東郷伯爵家の伊織の耳に入れば、ダリィヤの君が女給をしていた過去が、万が一にも露見しかねない。そんな男ではないことは重々承知しているが、事は慎重に運びたいのだ。もし差し支えなければ、あとで伝えればいい。

「この子爵令息を、どうこうすることなど無いと誓う。あとで事情は話す。頼む」 土下座せんばかりに頭を下げられれば、事情が呑みこめないながらも頷きかけた。だがそれでも躊躇う伊織に、総一郎が声をかける。

「行けよ、伊織。お前は俺の保護者か?」

「君ね・・・・・・」

「お前がいないほうが面白そうだ。邪魔するな」

 そのやりとりに絶句したのは書生達だった。育ちのいい青年とばかり思っていた男が、仮にも友人に対してこんな口をきくのか、と呆然としている真理が痛いほど良くわかり、いささか文芸仲間のほうが気の毒になり忠告したくなった。

「・・・・・・それが願いなら席を外すけど、こういう男だからたぶん一時間で五発ぐらい殴りたくなると思うよ。口の利き方はこれだし、相手をおちょくって不快にさせるのが楽しいとか言う嗜虐主義者だから」

「黙れよ。さっさと行け」

「命に別状が無ければ、一発ぐらい殴ってもいいと思うよ」

 軽く笑い、いつものひょうひょうとした風情で部屋を後にし、とん、とん、と拍子のいい足音が消え去るのを待って、書生の一人が口を開いた。

「単刀直入に伺う。十七、八の赤い髪に飴色の瞳を持つ少女を知らないか?」

 虚をつかれたように息を呑み、ついで総一郎は哄笑した。狂ったように笑う風情に、書生一同がざわめくのもお構い無しに笑い続ける。

 ずばぬけて頭の切れる総一郎はそれで“すべてがわかって”しまったのだ。

「なんだ、お前らあいつの昔の客か。それとも信奉者か?まああの女はぞくぞくするくらい良い女だからな」

 書生の身なり、声色、表情。それらすべてが物語る。

「お前らが知りたいのはあの女だろう?女給をしていた、あの女」

「知っているのか?!」

「だとしたら何だ。しかしお前らも腰抜けだな。それだけあいつらに群がっていて、誰もあいつを抱かなかったのか?酔狂なやつらだ。プラトニック・ラヴでも気取っているのか?馬鹿馬鹿しい」

「貴様ッ!!!」

 明らかな侮辱に掴みかかりそうになった男を二、三人が羽交い絞めで止める。華族の令息に手を出したりしたら問題だ。そして伊織との約定にも反する。例え本人に一発殴ってもいいなどといわれているとはいえ、だ。

「その様子だと知っているんだな。そして彼女は無事。・・・・・・もしかしてお前の婚約者だったりするのか」

 だとしたら――――――それは妾になるよりつらい事柄かもしれないと、何人かは気色ばむ。 それには直接答えず、いつものにやにやした厭な笑いを浮かべて総一郎は歌うように言う。

「あいつはいい女だったろう?崩れ落ちそうなのにいつも澄まして、冷静な振りをして。自分が侮辱されても能面みたいな顔で我慢するくせに、身内を罵られると火のような揺らめく怒りを見せる。それを壊して堕としてやるのが愉しみだったんだがな」

「お前・・・・・・そろそろ口を閉じないと五体満足では帰れなくなるぞ。お前は彼女の何なんだッ」

 すっと虚無のような眼をした総一郎はそれにいとも簡単に答えてやった。

「あいつの兄だ。腹違いだがな。それとも弟か?何せあの男は本妻と妾、同時に孕ませたそうだから」

「なん・・・・・・だと・・・・・・?」

 予想外の事態に何もいえなくなる一行を、つまらなそうに見つめ総一郎は眼を眇めた。そろそろ飽きてきた。絵が描きたい。

 立ちさろうと踵を返したところで腕を捕まれ不快そうに振り払う。

「何だ」

「じゃあ・・・・・・彼女はお前の屋敷にいるのか・・・・・・?」

 呆然とした顔が猿のようで面白かったから、総一郎は親切に答えてやった。

「手に入れようと思ったんだがな。あと少しで東郷の若造に持ってかれた」

「東郷って、伊織にか?!」

「怒鳴るな耳障りだ。あいつの兄貴だよ」

 思い返すとなにやら胸がざわざわして落ち着かなくなる。その感情については深く考えず、狭苦しい戸へ向かう。ふと振り返り、総一郎はもうひとつ、爆弾を落としてやった。

「伊織に言えば、あの女に会うことも可能だろうよ。だが良いのか?」

 道化師のように、愉快犯のように、悪意の言葉で言い放つ。

「伊織はなにも知らないぜ?あの女が女給だったことも、何もかも。兄貴の方はたぶん知っているがな。ただ未来の美しいお義姉さまが女給なんぞしていたことなんて、あの様子じゃ、かけらも知りはしないだろうよ。お前らどうするんだ?」

 呆然とした書生達に満足し、総一郎は軋む階段を下っていった。

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