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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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凍える、硝子玉のような *奏嘉


夕陽が差し込む教室で、紫子は桐子が泣きやむのを待ち、二人は帰路につくことにした。



悪いとは思いながらも、桐子の涙が、酷く嬉しく感じてしまったのも事実だった。


内心謝罪しながらも、紫子は僅かに表情を和らげる。



その涙にお礼を言えば、桐子は目を丸くしたあと、へにゃりと幼さを感じさせる微笑みを紫子へと向けた。






*****


校舎を出れば、そろそろ聞き慣れてしまいそうな、ひそひそと囁かれるお嬢様らしい声音の噂話と、どこか浮足立った少女達の黄色い声が入り混じっていて二人は首を傾げる。





黄色い声の多くは、どうやら校門近くへと向けられているようだった。




不思議に思いながらも、校門を通らない以上は校外に出られない為に二人は居心地の悪さを感じながらも校門へと歩を進める。




「……あら?」




不意に校門を見遣り声を漏らした桐子につられて紫子が顔を上げると、そこには見慣れた青年の姿があった。




「東郷、さま?」




声を漏らせば、青年は二人に気付いたように振り返り表情を綻ばせる。

目立つ事を避けるためか、片腕には軍服の上着を掛けていた。




それだけでは無駄だと思ってしまった事は黙っておこうと、紫子は思う。



「どうされたんですか」



静かに歩み寄り不思議そうに紫子が問えば、青年は「気になる事があったので」と意味深とも取れる解答を桐子には聞こえない程度の声音でそっと口にする。




「仕事が早く終わったので、散歩がてら二人の御迎えに」




そうはっきりと言い直せば、青年は紫子へと目配せをした。



素直に信じ込みお礼を言う桐子を見遣れば、青年は微かに目を見開く。




桐子の目の端は、泣き腫らし真っ赤になってしまっていた。



――――――不意に、青年が静かに桐子の頭を撫でる。




突然の行動に桐子が驚いたように自身を見上げるのを、青年は微笑みで返すと、「紫子さんの妹なら、私の妹でもあるでしょう」と茶化して見せた。



「あ、貴方と言う人はっ…!」



紫子が顔を真っ赤にしいつものように青年を叱ろうとしたのも束の間、不意に何処から現れたのか割って入る様に早苗が将臣へと詰め寄った。



目を丸くしながら、青年が僅かに後退する。




「…感激です、こんな素敵な方がお兄さまになって下さるなんて!」





―――――涙すら浮かべたその少女の表情と言葉に、青年の微笑みが固まる。

思考を如何にも表した様なその表情に、紫子すら目を丸くした。




何処かあの女性に面影が似ているその少女をじっと見下ろした後、青年は端へと追いやられた紫子へと視線を移す。




「……紫子さん、私はこの国の言葉も得意であるつもりでいたのですが」




何を言っているのか理解できないと、揶揄しているのだろう。

困り切った様子で青年が紫子を見つめるのを、僅かに安堵すら感じてしまい少女は動揺した。



疑っていたつもりは無かったのだが、無自覚にも多少なりとも不安感があったのだと理解し、青年に対して少し罪悪感が湧く。


自分の浅はかさに嫌気がさしながら、少女は青年の問い掛けに応えようと口を開いた。




「…宮城早苗さんです。東郷さまと、彼女のお姉さまに縁談が持ち上がっているとか」



棘を僅かに感じる言葉で紫子が吐き出すのを、将臣は信じられないと言った様子で額を押える。



(一体、どんな神経をしてるんだ…)



青年は目眩すら感じながら一つ深い溜め息を吐くと、紫子の情報はこの妹から姉へと伝わっているのだろうと理解する。


持っていた上着を肩に掛けると、青年は早苗に向き直った。



「……香苗さんがそう、周りに言いふらしているのですか」



青年の言葉に「まあ」と大袈裟にも感じる素振りで口元を押さえる早苗にげんなりとしながらも仕方無く青年は言葉を待つ。



「言いふらしているだなんて、なんだか酷い言い方をされるんですのね。わたくし、何年も前から御姉さまと東郷様が交流されているの、知っておりますのよ」






―――――如何にも、あの姉在ってこの妹在りと言った感じだと青年は僅かに笑みを引き攣らせる。




基本他人には温厚で気はかなり長い筈なのだが、そろそろ我慢の限界なのか青年の周りの空気がピリピリと張り詰め始め、その様子を紫子と桐子がどこか落ちつかない様子で見上げた。


青年の顔には相変わらず笑みが浮かべられているが、紫子と桐子には明らかに怒っているであろう事が感じ取れ二人は身構える。

この場で理解していないのは早苗とその取り巻きだけのようだった。




「…こうはっきりと公の場で口にするのは、彼女に恥を掻かせる事になり兼ねないと今まで憚られていたのですが。……私が彼女に手紙を返したのは一度きりです。交際に関しても、幾度となく丁重にお断りしています」



青年は何処か機械的にそう告げると、目を丸くしたまま固まった早苗を他所に紫子と桐子を連れ山縣の馬車に乗り込もうと背を向ける。



「理、解できません。わたくしの御姉さまが、そのような鬼女のような方に劣っていると言うのですか!」




その暴言に、桐子は噛みつかんばかりに振り返り顔を上げるが、突然聞こえた青年の笑い声に目を丸くする。


声を荒げる早苗の言葉に、青年はおかしいと言った様子で微かに吹き出す様にひとしきり笑った後、口元を片手で覆ったままひとつ息を吐いた。





「鬼、ですか。では尚更、御似合いと言う事でしょうか。嬉しいですね」



思いもよらぬ青年の返しに、早苗はわなわなと震えだす。

紫子はぽかんとした表情で将臣を見上げたまま、困ったように瞳を揺らしている。




「香苗さんにお伝え下さい。彼女以外を私が愛す事はない。義妹も、桐子さんだけでいい」



桐子の顔を隠す様に将臣は上着を被せると、校門脇に止めさせたままの馬車に二人を支えながら乗せ扉を閉めた。



「ああ、それから……私を脅迫するのも結構だが、二人に万が一何かあればどうなるか…よく考えるようにと。…これ以上は、貴女方の御家に関わる」




未だ何か言いたげな早苗を制止するように、取り巻きが早苗の両腕を支える様に掴む。






「鬼と言うのは、私の様に血の冷たい者を言うのです」





早苗に向けられた微笑みは紫子や桐子に向けられるそれとは比べ物にならない程、その鋭く光を宿す青灰色の瞳の様に酷く冷たかった。


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