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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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華の棘 *奏嘉


とんとんと控えめに執務室の扉を叩かれ、応えながら戸を開ければ、予想外の来訪者の姿に将臣は一瞬目を丸めた。



「どうして、わたくしを避けられるんです」



軍服の者が行き交う廊下にはあまりに不似合いな、華やかな着物の女性。

どこかつんとした様にも感じられる華やかなかんばせは、部屋の前を通りかかる若い軍人達の足を止めさせた。




「……こちらへ」



呆れたように青年は僅かに溜め息を吐くと、額を押さえた後、後ろ手に執務室の扉を閉める。

人の目を避ける様に、青年は仕方無くその女性を応接室へと招いた。



*****



使い慣れた応接室へと入れば、後に続いた女性へと向き直る。

困り果てた様に、青年は腕を組み口を開いた。



「職場にまで押しかけられては、流石に困りますよ。……ええと」


見慣れた姿でありながら、考える様に声を漏らすと、女性は眉根を潜めた後唇を尖らせた。


「香苗ですわ、将臣様。…名前すら覚えて下さいませんのね。こんなにも長いお付き合いなのに」



確か、数年前の夜会で出会ったと記憶しているその女性は、ことあるごとに将臣を追い回している人物だった。

どうやら、その夜会にてこの青年が欠片も靡かなかったことがよっぽど気に食わなかったらしい。



それ程までに自信に満ち満ちた、プライドの高い女性にはあった事が無かった為、まさかこんなことになろうとは青年も想像していなかった。


それでも、青年からすればあの夜会にて彼女に失礼な事をした覚えは無いのだ。

ただ皆と同じように、普通に挨拶程度の会話を交わしただけだったように思える。




それから事細かに送られてくる手紙は終いには返さない事にしたのだが、未だ職場に送られてきていた。

完全に縁を切ってしまう為の手段として、先日許嫁が出来た事を伝えた筈だったのだが、何故こんなところまで押し掛けて来たのだろうか。



青年は僅かに警戒しながら、言葉を続ける。



「そんな男を未だに構う貴女こそ、些か不可解ですよ。お伝えしたでしょう、私には大切な許嫁がいるんです」




二度目のその言葉を伝えるも、女性は気にしないと言った様につんと胸を張る。



「それが、どうかされたのですか。わたくし、知っていますのよ。その御方、将臣様と婚約されたと公の場で発表しながら、未だ女学校に通っているらしいではありませんか」





―――――どう、調べたと言うのか。

僅かに畏怖を覚えながら、青年は女性を見据え口にされた事実に首を傾げて見せた。



(紫子さんに迷惑を掛ける様な事だけは避けたい)



そう思いながら、女性をなるべく突き放した言葉を選んでいく。



「同じ言葉をお返ししましょう。それが、どうされたのですか。それが何か貴女に関係が?」



女性は噛みつくように将臣へと詰め寄ると、ずいっと青灰色の目を見上げる。



「関係あります。私の想いを分かっていながら、そんな生半可な気持ちの御方を傍に置くなどと」



青年はさも分からないと言うように苦笑して見せた。



「……私が心魅かれた相手に不満が?本当に不可解ですね、貴女は」



女性は一瞬目を見開いた後、その形の良い唇をきゅっと悔しげに噛むと、突然冷静になったように青年から距離を取る。


青年は未だ僅かに警戒しながら、その亜麻色の瞳を見ると小さく息を吐いた。



「これ以上は、もう勘弁して頂きたいんです。私は……」

「その御方」



青年の言葉を遮る様に、香苗が口を開く。

驚いたように僅かに青年が目を見開くと、女性はその言葉を続ける。





「突然逢崎の御家に現れたそうですね。今まで、何処に隠れていらしたのかしら」





―――――その言葉に将臣は僅かに内心動揺するも、女性へと歩み寄ると一気に壁へと追い詰める。



とんと青年の手が壁に着いた小さな音に、女性は表情を強張らせながらも挑戦的な表情で青年を見上げた。




「……彼女に、何かしようと言うのなら幾ら女性であろうと容赦はしませんよ。香苗さん」




囁かれた甘美にも聞こえる低く地を這う様な声音も、その冷たい微笑みと青灰色の瞳に香苗の身体は僅かに震えだした。



「そ、んな、下品な事は考えておりません。でも、…あなた次第だわ」



僅かに声を上ずらせながらもそう言葉を紡ぎ切ると、逃れる様に腕を潜り抜け香苗は足早に扉へと駆け寄る。






「………よく、考えてくださいな」





そんな捨て台詞を残すと、香苗は青年を残し部屋を後にした。

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