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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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恋の至極は忍ぶ恋と見立て候 *矢玉

◆今回も、参考文献あり。こっちは引用です。『葉隠』という武士の指南書の一部をひっぱってきました。 

◆女給時代書くのがすごく楽しいです 

塚が文机に座して、もはや半日が起とうとしていた。

 いくら筆をとっても、遅々として進まない。そんな己に苛立ち、原稿用紙を破り捨てようとして思いとどまる。紙代も、馬鹿にならないのだ。

 文机に座した姿勢からそのままごろりと寝転ぶ。文机に足が当たって、ペンが甲高い音を立てて転がり落ちたが拾うのも面倒だ。

 ふと書棚のある本が眼に留まる。そのまま這いずるようにして近づき、その手に取った。

――――――その書名は『葉隠』


 あやめはこの本があまり好きではなかった。


「死ぬことが武士の本分など、あまりに馬鹿らしいと思いません?死ぬことに意味があるならそれも結構ですけど、死そのものを目的とするようなこの話は好きになれません」

 たしかその頃、文芸クラブでこの書が話題となっていたのだ。この少女の意見も聞きたくなり水を向けると、うてば響くような返答があった。やはり、読んでいたらしい。

「ああ、でもあの一文だけは好きですね」

 閃くような微笑を浮かべ紡ぐ言葉に、鼓動が跳ねた。


「――――――恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」


 該当の頁をぱらぱらとめくると、声に出して朗読する。


 恋の至極は忍ぶ恋と見立て候

 逢いてからは、恋のたけが低し

 一生忍んで思い死する事こそ恋の本意なれ

 歌に

 恋死なん 後の煙にそれと知れ ついひもらさぬ中の思ひは

 これこそ たけ高き 恋なれと 申し候へば

 感心の衆 四、五人ありて 煙仲間と申され候


「『逢いてからは、恋のたけが低し』か」

 忍ぶ恋となれなかった己だから、彼女は消えてしまったのだろうか。

 そんな馬鹿な思いが過ぎり苦く笑う。

 焼け付くようなこの想いすら、秘すべきだったのだろうか。そんな地獄のような苦しみが、至極の恋なのだろうか。

 もう何をする気にもならず万年床の煎餅布団に潜り込む。まなかいにちらつくダリィヤのような影は、消えてくれなかった。


***


「探偵もの、行き詰っているのですか?」

 すばりそう言われあまりの正直さに渇いた笑いしか出てこない。このあやめという少女は思っていたより歯に絹きせぬ物言いをする。それで客の怒りを買うことすらあるのに、いっこうに改める気配は無い。ただ己はその切り込むような言葉が好きだった。

「何故、そう思ったのか聞いてもいいか」

「平塚さんの様子がおかしいのと、書かれている文章が鬱々としているからです」

 言葉は案外、心象が滲み出るものですねなどと軽く言われればぐうの音も出ない。

「正直、この話をどう進めていくか迷っているんだ」

 仲間にも吐露したことのない内情を吐き出せば、少女は飴色の瞳をまたたかせ、先を促した。

「探偵と同じように、俺もこの展開に飽きてきている。どんなに難しい謎も、探偵は解いてしまうだろう?それでなくては探偵ものの意味がないからな。だが、解ける謎ほどつまらないものは無い。手こずる間は興奮しても、真相がわかればこんなものかと飽いてくる。正直まだ出版元も読み手も感じてないだろうが、そうそうに皆気付いて、俺と同じように飽いてくるだろうな」

「では、解けない謎を用意すればいいんじゃありません?」

 それでは探偵もの意味がないと、先程告げたばかりだ。だが、それを知っていて繰り返すほどこの娘は馬鹿ではない。

 袂を片手で押さえ酒を注ぎながら、あやめは言葉を紡ぐ。

「人の心の機微、動き、とまどい。あなたの書かれる探偵は人間味のないほど冷静で冷たい男性ですけど、その人が自分の感情に翻弄されるようになったら」

「自分の心をかき乱す存在か・・・・・・」

「自分の心の機微など、理性で制御できないだけに、解ける謎などよりやっかいじゃありません?」

 思わず唸る。確かに面白い展開だろう。だが、己の作り出した探偵が、そこまで翻弄される相手が浮かばない。

「青い血のながれるような男を、動揺させる者などそう簡単に思いつかんな」

「例えば、自分とまったく同じ力量をもつ相手などは?その相手が次々と犯罪を犯していき、何度も取り逃がせば流石に探偵も心乱されるのでは?」

「好敵手、という事か。しかし面白がりはしても、動揺はしないだろう。だっていつかその犯人も捕まってしまうのだろう?盛り上がりはすれども、結果は同じさ」

 だが好敵手とは面白い発案だった。己と同じ力量を持った犯罪者と息をつめるような駆け引き、逃亡劇。それは探偵の心を一時でも躍らせるだろう。

 己がその糸口を掴みかけ、様々な思考を巡らせると同時に、あやめも考え込んでいたようだった。じばらくしてそっと呟くように言葉を落とす。

「もし、もしその好敵手が女性だったら。彼の探偵は何を思うのでしょうね」

 己の息を呑む音がはっきりと聞こえた気がした。

「己と同じ頭脳を持つ、女性。抗いがたい魅力を振りまく毒婦のような、それでいて無邪気な少女のような顔を見せる相手なら」

「あの探偵が心奪われ、恋をするとでも?」

 馬鹿馬鹿しい、と己の動揺を悟られぬよう吐き出す。

「鋼でできたような、冷酷無比な男なんだぞ。それがただの恋する阿呆に成り果てたら、書き手の俺ですら幻滅するだろうよ」

「そうですね。きっと、彼の探偵は己の心を認められない。恋心は散々に乱れていても、己の理性は、頭脳は、鈍らずどんどんとその女を追い詰めていく。けれど、女はいつもするりとそこから逃げ出す。それが好敵手に逃げられた故の激情なのか、己の恋する女を捕らえられない屈辱なのか、きっと彼には区別することができない」

 遠い眼をして言葉を紡ぐ少女は、老獪したような風情すらかもし出している。

「最後に女が捕まっても、きっと彼の探偵の心は彼女に奪われたままに終わる。探偵の最初で最後の敗北、そんな展開は、いかがですか?」

「・・・・・・今の俺にはそんな女は描けないだろうな」

 ただ、阿呆のような溺れるような感情に、この身を浸している今では。

「しかし、君も恋愛のようなものに興味があるとは驚きだな。どんなに慕われてもつんと澄ましているような有様なのに」

「ほとんどは、姐さん方の受け売りですよ。・・・・・・何故、人は恋をするのでしょうね」

 小さく笑い、その薄紅の唇が動くのを平塚はじっと見つめていた。

「あんなに頭のいい人でも、恋に溺れてしまえば見境が無くなる。馬鹿のようにお金や物を貢ぎすこしでも歓心をかおうとする。私には、理解できない」

「君は、恋をしたことはないのか?」

「無いですね。私にはそんな余裕はありませんから」

 きっぱりと言い切る彼女の心は、きっと恋以外の全てで占められているのだろう。凛と背筋を伸ばし、前を見据える彼女に恋などという甘いものに浸す暇は、ないに違いない。

 それが嬉しいような哀しいような、憐れなような。

 平塚は美しい少女を眺めた。

 もし、もしこの娘の背負うものが減って、己のことを考えることができるようになった時、この清冽な少女も恋に堕ちるのだろうか。

――――――その恋は、忍ぶ恋なのだろうか。





***



解説をちらっと。古文で書かれてるので適当に現代語に訳します。



恋の至極は忍ぶ恋と見立て候

(恋でもっとも良いのは、忍んだ恋だと思われる)


逢いてからは、恋のたけが低し

(会ってしまっては、恋の志は低くなる)


一生忍んで思い死する事こそ恋の本意なれ

(一生、心に秘めたまま死ぬことこそ、恋の真実だ)


歌に

(和歌に)


 恋死なん 後の煙にそれと知れ ついひもらさぬ中の思ひは

(恋した人は死んだ 火葬の煙でそれを知った 最後までもらさなかった 自分の中の思いは)


これこそ たけ高き 恋なれと 申し候へば

(これこそ最も気高い恋だろうと言えば)


感心の衆 四、五人ありて 煙仲間と申され候

(感心した者が、四、五いて。煙仲間などと証した)


逢いてからは、恋のたけが低し

(会ってしまえば、その恋の志は低くなる)



辞書も使わす適当に訳しましたので、細かいとこ間違ってると思います。

『葉隠』は前から興味あったけど、今回読んでみた。

漫画版だけどな!!!

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