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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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重ねた花弁の秘密 *矢玉

◆今回、美輪○宏さんと江戸○乱歩の有名な初対面のやりとりをパクtt・・・オマージュした部分が出てきます。本家のファンの方に石投げられても仕方ない所業ですごめんなさいっ。けど黒蜥蜴大好きなんです!!舞台めっちゃ感激した!!

 いくつもの西洋ランプの灯がセピアの光の輪を投げかけるそこは、煙草の紫煙と香水の匂い、それとアルコホルの匂いが混ざり合い、どこか混沌としていた。深緑の天鷲絨を張った猫足の椅子と揃いの椅子テェブル。暗く怪しげな雰囲気の中にも、どこか品を感じさせるたたずまいの店内。それがカフェ『宵星』だった。

 女給に琥珀色の酒を注ぎがれ、男は笑顔でそれを呑み干す。

「で、こいつが俺たちの中で一番に出版へと漕ぎ着けた偉大な先駆者の平塚先生様だ!!」

「おい、馬鹿にしてんのか」

 剣のある面構えで、平塚が凄む。そうしていると文芸畑の人間でなく、荒れくれの輩のような面になる。そんな強面も恐れずに女給の一人が口を開いた。

「先生は何を書いていらっしゃるの?」

「ミステリィだよ。ミステリィ!!」

 憮然としたまま酒を煽る平塚に代わり、つれの男が勝手にぺらぺらと喋る。それを煩わしく思うが、いくら言っても暖簾に腕押し、この調子のいい男に効果がないのは分かっていた。

「ミステリィというと・・・・・・エドガー・アラン・ポーのような?」

 するりと出た名前に驚くと、傍に一人の女給が立っていた。少女といっても良いような、歳若い娘。その髪の色はこの暗い照明でもはっきりと分かる明るい色をしていた。

「驚いたねぇ!!今時の女給さんは洋書も読むのかい!!」

「あら、馬鹿にしないで下さる?私達でもシェイクスピーアぐらい読んでましてよ」

 つん、とわざと拗ねた風情でいう艶っぽいしぐさも良く似合う。その年嵩の女給は、歳若い女給の少女を呼び寄せた。

「あやめも座りなさいな。この子、本当に本の虫でね。こういった話題が出ると、すぐに寄ってくるんですよ」

 やや遠慮するように躊躇ったものの、あやめと呼ばれた女給は平塚の隣に座った。

 それに、柄にも無くどぎまぎするのを悟られぬようますます顔をしかめる。幼児が見たら泣き出しそうな形相にすらなっていたが、あやめはひるむことなくひたと平塚の顔を見た。

 少女の瞳はおもわず覗き込みたくなるような、上等な鼈甲のような飴色をしていた。

「先生の書かれるミステリィは、どんなお話なのですか?」

「先生はやめてくれ、柄じゃない」

「では、平塚さんで」

 小首をかしげるしぐさがなんとも言えずに愛らしい。ちょっと、と声をかけられあやめの視線がもうひとりの女給へとずれるとやっと息ができる気がした。

「エドガー・アラン・ポーって作家、始めて聞くけど何を書いてる御仁なの?」

「怪奇小説、それとも探偵小説とでもいいのでしょうか。ある日不思議な殺され方をした死人が発見されて、その謎を不思議に思った人々がどんな方法でその人が死んだのかさまざまな考察をするのですけれど、なかなかたどり着かない。でもそこにずばぬけて頭のいい人が訪れ、絡まった糸を解くようにすべての謎を解いてしまう。そんなお話ですよ」

「へぇ、あやめ。あんたって本当にいろんなの読んでるよね」

「これはマスターからお借りしたんです。私は『黒猫』の方が好きだけど、マスターは『モルグ街の殺人』の方がお好みみたい。平塚さんが書かれる小説にも、探偵が登場するのですか?」

「・・・・・・ああ」

「まぁ、『モルグ街の殺人』のC・オーギュスト・デュパンのような?」

 文学の話となれば、多少は話はできる。

「俺の書く探偵は、そうだな。やはり理屈っぽくて皮肉屋で・・・・・・そう、青い血を流すような男とでもいえばいいんだろうか」

 飴色の眼が見開かれ、それがついっと細くなり笑みを形作る。

「なんだか素敵ですね、青い血なんて。神秘的でそれでいて冷たくて、でも淫らな感じ」

「君にわかるのか?」

 やや馬鹿にしたような口調になったのを敏感に感じ取ったのだろう。その笑みが冷ややかなものへと変る。

「女給風情が、とお思いですが?いいじゃありませんか。本を手にとって勝手な想像をめぐらせて感じるのは文字を読める万人に与えられた権利じゃありません?」

「・・・・・・これは失礼」

 此処へ来て、やっと平塚は自分を取り戻した。この少女のまとう雰囲気に呑まれ、少々粋がっていたらしい。

「君は面白い人だな。君の血はいったい何色なんだろう」

「あら、興味がおありですか?実は私、紫の血が流れているんです」

 それには一同がどっと笑った。澄ました顔のあやめに、ちゃちゃを入れるように連れが言い放つ。

「じゃあ、ちょっとそこの給仕に行って包丁を持ってこさせようか」

「あら、おやめになったほうがいいですよ。紫の血から七色の虹が出て、その眼が潰れてしまいます」

 その返答に平塚は眼を見張る。此処まで頭のいい少女に出合ったのは初めてだった。このやりとりは文芸仲間と交わすものと遜色ないもの――――――それどころかあの無骨な連中にこんな気の利いた会話が出来るだろうか。

 近くに寄れば、その髪が燃えるような緋色をしているのが良くわかる。飴色の瞳に、緋色の髪。まるで、そう――――――

「ダリィヤの花のようだな」

 おい、と連れが声をかける。女を花に例えるなど柄にも無い平塚の姿に驚いたのだろう。

「まあ、私のことですか?嬉しいですわ、花なんかに喩えて貰えて」

 いつか見たその花は重たげなほどのかさねた緋の花弁を、細い茎で支えゆらゆらと揺れていた。舶来の、海を渡ってやってきた花。重ねた花弁に秘密を隠しているような、そんな花のようだと平塚は思った。


 それが『宵星』の女給、あやめとの出会いだった。

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