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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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交差する彩 *奏嘉

その身を焼き尽くす程の恋とは、どのようなものなのか。

人間臭く、時には道徳や倫理すら揺らぐその病にも似た感情は、未だ伊織には知り得ないものだった。



古い詩に、身体が弱っていくとともに相手への想いが弱くなるのならこの命など、と歌った歌人を思い出す。


青年叱り、書生にとって言葉通り三度の飯より大切であると思える「書き物」すら、その感情以上にはなれず手付かずになってしまうと言うのだ。



それ程までに夢中になれるのなら、いっそ幸せなのだろうかとも考えるが、自分には恐ろしくも感じた。



「………失恋ってことなのかな」



なにも言わず長屋を後にした青年には直接問え無いであろうことを呟いて、伊織は考え込む。傷痕は癒えるのを待てば良いが、未だ傷付き続けているというのなら、その辛さは計り知れないものだった。




(少し、調べてみようかな…)



そんなことを考えたあと、伊織は再び仲間の輪へと加わり談笑を始めた。

他愛の無い会話から、書生ならではの世間の風潮への批評等、無駄なようで有意義な、大切な時間のひとつである。


伊織はこの時間が書くことと同じくらい大好きだった。


如何にも人間臭い、偏屈な言葉でさえ、味わい深く感じてしまうのだ。



簡単に言い表せば、「人が好き」だった。


如何にも人らしい姿が、酷くいとおしいのだ。

かの友人の歪みでさえ、人間らしく愛しく感じるほどに。



だからこそ、その頑なな深い思いに触れていたかった。

微かな揺れをも感じ取り、それを描写していたかった。



醜くも美しくて、悲しいほどに繊細な、その揺らめきを。



――――この為に、家督すら兄に押し付けてしまったのだから。



*****



「…………くそ…」




苛立ちを隠せないまま、平塚はぶつぶつと呟きながら帝都を足早に進んでいた。



先刻のあれが、八つ当たりだということは自分でも分かっていた。

しかし、自分がどうしようとも届かない幾つもの大きな物を生まれ持った伊織は、見たこともない噂の華族を思わせて、苛立たずにはいられないのだ。



今の状態では、悪いとは思いながらも書けなくなってしまった事への焦りも勝って、誰彼構わず当たり散らしてしまうのだろう。

あの長屋を、あのまま飛び出てきてしまったのは、正解だとすら思った。



「ダリィヤの、君」




いつだって浮かぶのは、あの強かそうで何処か憂いを帯びた、飴色の瞳だった。

肩を滑る美しい紅い髪とに、小さなその白い横顔。




――――どれだけ手繰り寄せようとも、手応えのない高嶺の花。




「っ!!!」

「………っ、失礼」



突然の前からの衝撃に平塚は呻き声を上げ、尻餅をついてしまう。

鈍い痛みに顔をしかめながら睨むように顔を上げれば、如何にも申し訳無さそうに手を差し出す軍人が、自身を見下ろしていた。



どうやら、この青年にぶつかってしまったらしい。



「申し訳ない、余所見をしていて…大丈夫ですか」



穏やかな声音で心配そうに青年は問いかけ、平塚を立たせると、軽く頭を下げた。



立たされると、平塚はその軍人の高い身長や顔立ちに驚きながらも「いや、」と微かに呟く。


「こちらこそ、ぼうっとしていて」



平塚はつられるように謝ると、苦笑を浮かべる青年の瞳の色に目を見張った。



「いえ、貴方は何も……それでは、失礼します」


その視線に気付き僅かに逃れるように青年将校は頭を再び下げると、駆け足に立ち去ってしまう。



今まで持っていた軍人への先入観に外れきった青年将校の態度に拍子抜けしながら、平塚はとぼとぼとした足取りで帰路についた。

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