燦然、閉じ込められたせかい *奏嘉
森を少し抜ければ、異国の風情を漂わせる街並みへと景色はがらりと変化する。
この国の蒸し暑さに慣れれない異国の人々が、避暑地として好んで此の地で過ごすと言っていたのを、将臣は遠い記憶にふと思い出した。
上品な異国風の建物が並ぶ街並みをぼんやりと見回しながら、不意に青年は異国の言葉で書かれた鉄細工の看板を見上げた後、店の扉に手を掛ける。
ひとつ、金具が軋むような音が鳴り、静かにその扉は開いた。
きらきらと、硝子細工や髪飾りの装飾などがまるで宝石の様に視界に煌めく。
如何にも女性が喜びそうな輝きだと、青年は眩んだ思考の中思った。
独りで活動するときは、極めて思考が働かない。厭な癖だと青年は自嘲しながら、木と僅かな埃の匂いが香る店内へと歩を進めた。
古びた質感が味を感じさせる棚に、煌めく髪飾りが並べられているのを見ると青年は入口から一つ一つ、品物を見定めていく。
あまり詳しく無いとは言え、渡す相手さえ分かれば何が似合うか簡単に想像できるものであると思って訪れてしまったため、青年は半ば後悔した。
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小一時間悩みに悩んだ後青年は二つの色違いの髪飾りを手に取ると、別々に包装して欲しい事を店主に伝え、ふと視界の縁に入った別の棚に陳列してある『万華鏡』と称された筒へと目を向けた。
硝子が嵌めこまれてはいるものの、如何にも外見は「筒」でしか無く、青年は首を傾げる。
名前と見た目があまりに似付かず、青年は包装を終えたらしい店主へと声を掛けた。
「…すみません、これは?」
青年が問えば、店主はニコニコと笑いながら万華鏡の説明を始める。余程この商品が好きであろうことが分かる程に、店主は饒舌だった。
店主が話し切るのを待った後、青年は勧められるがままに万華鏡を手に取る。
小さな硝子が嵌めこまれた穴を覗くと、其処には不思議な世界が広がっていた。
絶え間なく変わり続ける色鮮やかな世界に、青年は魅入ったように暫く万華鏡を覗くと、ふと目を離し感嘆にも似た吐息を吐く。
つい先日見た、ステンドグラスに少し似ている様な気がした。
幾つか並ぶ万華鏡を青年がひとつづつ静かに覗いていくのを、店主は相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべながら見つめている。
一際シンプルな外装の万華鏡を手に取り覗きこむと、青年の手が突然ぴたりと止まった。
白んだ世界の中に、鮮やかな赤がゆっくりと花咲くように回り、色を変えていく。
囚われた様に息を詰めれば、不意に想い人の面影が脳裏に過った。
―――――青年はそっと万華鏡から目を離すと、その外装を眺める。
(あの人も、綺麗だと思ってくれるだろうか)
我ながら女々しいなどと思えば、青年は苦笑にも似た笑みを浮かべ考え込むように首を傾けた。
そんなことも束の間、あっさりと店主に代金を渡し髪飾りの入った袋とは別に袋を受け取ると、将臣はその小さな店を後にした。
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桐子嬢のドレスは、少しづつだが完成へと近づいているようだった。
少女が次第に喜びからかそわそわと落ち着きを無くしていくのは、微笑ましくも感じる。
友人の妹とは言え、家族ぐるみの付き合いも長く、殆ど妹の様な扱いで来た為に余計にそう感じるのかもしれない。
紫子と桐子の仲は次第に本物の姉妹の様になっていて、征光も最近は肩の力を抜けて居る様にも思えた。
「帝都に帰ったら夜会でも開くか」と企んでいる辺り、兄妹揃ってはしゃいでいる様にも見える。
「ああ、そうだ」
不意に声を漏らした将臣に、三人が視線を向けた。
将臣はチェストの引き出しを引くと、先日購入した髪飾りの入った袋を紫子と桐子に手渡す。
「ドレスに合わせて選んでみたんです。…自分が選んだので、気に入って頂けるか自信は有りませんが」
何処か自信なさげに笑う青年に、桐子は目を輝かせ、紫子は少し俯いてしまった。
やっぱりと言った様子で困ったように声を掛けようとした将臣の眼前で、ばっと紫子が顔を上げる。
驚いたように青年が目を丸めると、紫子はぐっと青年の手を掴んだ。
「お願いが、あります。東郷さま」
突然の言葉に、青年はどこか警戒しながらもぎこちなく頷く。
意を決した様に、紫子は口を開いた。
「私に、御勤めをください」
突拍子の無い言葉に、何故そんな事を言い出すのかと首を傾げる。
征光と桐子の二人は、「許嫁や妻は働かないもの」という華族の認識の為、不思議そうに顔を見合わせた。
「お願いします」
真面目な紫子の性格を思えば、分からない事は無いと思いながらも考え込んでしまう。
暫くすると、将臣はぴっと人差し指を立てた。
「……分かりました。ですが、あまり目の届かない所に行かれてしまうと、私が気が気ではないんです。…ひとつ、条件があります」
青年が出した条件と言うのは、「弥生から紹介された御勤めをすること」だった。
今までの様な、屋敷内での仕事でも人員は多い方が良い為そちらに就いてくれる事が一番有難いが、籠の鳥では可哀想であるということもあり、そう言った条件を出したらしい。
少女は未だ誰かの手を借りなくてはいけない条件であると悩み込むも、家の決まりとして納得すれば小さく「わかりました」と頷いた。