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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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傷みの紅 *奏嘉

昨晩の神社に着くと、石畳の階段が木陰になっている為に山縣は其処に腰を下ろした。

紫子の座るであろう場所に当り前のように手拭いを敷いてくれる辺り、やはり気配りが出来る人間なのだと紫子は理解する。


紫子が日傘を閉じ座るのを見ると、一息吐いた後山縣は口を開いた。



「あれは、俺のせいなんです」



何でもない事のようにさらりと呟かれたその言葉に、紫子はどういう事なのかと目を見開く。

隣に座る青年は、木漏れ日を溢す木々の挟間をぼんやりと見上げたままだった。


眩しそうに目を細めると、青年はポツリポツリと過去を辿る様に言葉を紡いでいく。



「うちは昔から貿易やら外交やらを生業にして家を盛り立てて来たんです。父と母は昔、その異国へ向かう船が難破してしまい亡くなりました」



紫子が唇を噛むのを、「自分でも昔過ぎてそう覚えていない」と制止すれば山縣は苦笑して見せた。



「長い間、妹と俺は二人ぼっちでした。使用人は両親の所有物であったから、俺達には遠かった」



そう呟いて、青年は静かに目を閉じる。

ここから先を話すのはかの「悪友」以来で、何故だか山縣は緊張感に包まれていた。




***



その日は、息も白む程の寒い夜だった。

薄い雪が窓枠に積もり、吹雪いているのかガタガタと窓が鳴る。



桐子が恐怖感から眠れないと泣きながらに訴えるので、征光は使用人に暖炉に火を付けて貰い二人でひとつの部屋にて眠くなるまで本を読んでいた。


日を跨いだころ、桐子はやっと静かな寝息を立てながら眠りについた。


桐子が寝息を立て始めると、征光も本を閉じベッドの横の明かりを消そうと腕を伸ばす



本当に、その瞬間だった。



雪が積もり暖炉の火の明かりのせいか、紅く色付く窓辺。

突然それが大きな音と共に粉微塵と化したのだ。



次々に雪崩れ込んできた三人の男の姿に、征光は危険を感じると後ろ手に桐子に布団を被せ姿を隠させる。

自分だけが眠っていたと言うかのように、驚いた表情を浮かべながら征光は三人の男の気を引いた。



勿論の事、幼い征光は3人の内の1人にベッドから引きずり降ろされると、床に転がされ滅茶苦茶に三人に暴力を振るわれた。

きっと殺そうとしていることが幼心に理解できたが、このまま声を殺して、妹が起きないでさえいてくれれば、妹だけは守れるのではと少年は考えた。



(…痛い)



――――自分は、このまま死んでしまうかもしれない。殺されてしまうのだろうとさえ思った。




(それでも)



―――――それでも、桐子さえ、無事でいてくれたら







唯一の家族を、失いたくなどなかった。













「にいさま…?」



不意に聞こえた聞き慣れた声に、一気に血の気が引いたのが分かった。

痛む体を叱咤し顔を上げると、幼い妹が目を擦っている。



それに気付き妹の腕を掴んだ男の脚に、征光は必死にしがみついた。



「桐、子は…ッ何も知らない…!」



幼い少年らしからぬ鬼気迫る表情に、その男は怯んだかに思われた。

――――しかしその瞬間、男は乱暴に掴んだままの少女の腕を引くと、滅茶苦茶に振り回したのだ。



自分より小さな少女が、中に浮かされるのが少年の鈍った思考にゆっくりと時間が止まったかのように映る。



「、」



征光が声を漏らすかそれより先に、劈く様な声が部屋に響いた。



幼い妹は暖炉に背をぶつけられ、寝間着として羽織る衣服が背を焼くように激しく燃え上がる。





絶望感すら煽る、その鮮やかな紅色。





征光はぼろぼろになってしまった身体を叱咤し這いずると、一際大きな花瓶の水を妹の背中に被せた。


硝子の音が響いてから数分後経ち、丁度使用人が駆けつけたのを見ると、少年は「桐子を助けて欲しい」と泣きながら懇願する。



脇から逃げ去った犯人すら、気にする余裕は無かった。



***



「馬鹿らしいでしょう。犯人も逃がして」



自嘲気味に青年は笑うと、同意を求める様に紫子を見遣る。



「桐子を、守ることすら出来なかった。あいつの言う通りです。愚かしい兄だ」



―――――――その横顔は、いつかの泣き出しそうな青年に似ていた。

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