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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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純白な近い *奏嘉

「っあー…下着まで濡れてる気がするわ」




使用人達の気遣いで、夏にも関わらず暖炉で少し暖めてもらった部屋に通されれば、将臣と山縣は完全に濡れ切ってしまった浴衣を脱ぎ取り敢えず適当な服に着替えると身体を温めていた。

屋敷の中にいるにも関わらず犬の様にぶぶんと頭振り水滴を飛ばす山縣を小突けば、将臣は長身の為に自分で持ってきた服しか着れない為に部屋から持って来てもらえるよう女中に頼み受け取るとお礼を言う。


逃げる様に走り去ってしまった女中に「みっともない姿を見せてしまったか」などと申し訳なく思うも、取りあえずはその服に着替えた。




風呂へと向かった二人の姿を思い返せば、紫子が着ていた浴衣の『あやめ』の柄に驚いた事を思い出す。紫子の事だ、あの事を桐子に話したとは到底思えなかったが、その上での桐子の選択と偶然の一致に大層驚いた。



「……征光、今日の二人の浴衣どう思った?」


「はあ?」




突然の将臣の問い掛けに、間の抜けた声を漏らしながら頭を拭きつつ山縣は首を傾げれば、不意にのろけ始めるのかと思い立てばニヤニヤとした笑みを浮かべる。



「何だよ、いつもより可愛かったとかそういうアレか?」



茶化す様に笑う山縣を他所に、脈絡も無く「似てるな」と呟いた将臣に、笑う事を止めれば山縣は訝しげに将臣を見た。



「似てるって、何が」



手拭いを首にかけながら山縣が将臣の横顔を見遣れば、青年はふと顔を上げる。



「桐子さんが、お前に」



突拍子もない言葉に山縣は目を丸くした後、盛大に吹き出すと「んなわけねえだろ!」と笑いながらソファの手擦りをばしばしと叩く。相変わらず何処か粗雑だ。


何でそう思ったんだよ、などと続けながら涙目に腹を抱える山縣に、将臣は苦笑しながらも自分の髪を拭いていく。



「お前、以前紫子さんを凄いひとだと言っただろう?…確かにその通りだが、桐子さんもなかなかなものだぞ」




―――――人の本質をよく、見極めれる子だ。





ある程度水気が拭けたと確認したところで将臣は手拭いを使用人に返しゆったりとソファに座る。それを眺めながら、山縣は適当な分量で二人分の紅茶を入れれば「冷ましながら飲めよ~」などと子供扱いしながら将臣の前にカップを置き、喉潤す様に一口自身の紅茶を飲むと口を開いた。



「……お前さん、まだ何か隠してるな」



山縣から発せられた言葉に何処で墓穴を掘ったのだろうかなどと思考巡らせながらも笑って誤魔化せば、将臣はうとうととしながらもぼんやりと山縣を見る。



「そう言うところがだ」



「……お前なぁ…」




納得がいかない、と言った様子で眉を潜める山縣を見ながら、暖かさとソファの柔らかさが心地良いのか、将臣はそのまま目を閉じ寝息を立て始めてしまった。



「……珍しいなぁおい」



小さく溜め息を吐き笑えば、山縣は二人分淹れてしまった紅茶を飲み干すと、時計を見ながら適当に将臣に上着を掛けてやる。



紫子と桐子が僅かに遅い様な気がしたが、女性だからかと納得すれば山縣は盛ってあった果物の籠から林檎を取り出すとがりりと齧った。




*******




「……桐子さんは私を気に入って下さっているのだと、私は自惚れていました」




しん、とした二人きりの室内で、ゆらゆらと揺らめく蝋燭の火に合わせるように二人の影が揺れる。突然響いた紫子の声に、桐子は不意を突かれたように目を見開き何故、と弱々しく言葉を漏らした。



「お慕いしております、だからこそっ…」


「そう仰って下さるのなら」



桐子の声を遮るように、紫子の切なげな声が凛と部屋の空気を震わせる。

見たことも無い紫子の様子に桐子は困惑すれば、ぐっと唇を噛み黙り込んでしまった。



―――――――不安げに見詰める桐子の瞳を、真っ直ぐに飴色の瞳が捕える。



「何故私が桐子さんを、そんなことで嫌うと思われるのです」



聞こえた言葉に信じられないと言うように桐子の表情が歪み、大きな瞳には涙が零れそうな程に溜まっていく。



「だって…っ、こんな、…醜いもの、…皆、嫌がるんですもの……っ」



痛々しく感じられるほど感情的に吐き出された桐子の言葉に、誰に対しての怒りなのか、紫子は唇を噛み拳を握ったあと、不意に力を抜き桐子へと静かに詰め寄る。俯いたままの桐子は、紫子の足元が見えると怯えたように身体を跳ねさせた。



かたかたと小さく身体を震わせる桐子を、紫子はそっと子供にするように抱きしめると、優しく後頭部を撫でた。




「桐子さんは…私の髪も、東郷さまの瞳も、綺麗だと仰ってくださいましたね」




聞こえた言葉と温もりに最初こそ困惑していたものの次第に僅かに落ちついついたように身体の力を抜いていけば、桐子は「はい」とか細い声を漏らしながら小さく頷く。




「私は見た目だけでは無くて、「私」を好きになってくれた桐子さんを、同じようにお慕いしてます」




涙を溢しぐしゃぐしゃになってしまった顔を上げると、其処には紫子の強さすら感じさせる微笑みと飴色の瞳が映り、桐子は目を見開いた。頬に流れる涙を拭いながら「それに」と続けられた声に、またびくりと肩が跳ねるのを見れば、紫子は落ち着かせるようにその肩を撫でた。




「異国の絵画などに描かれる、『天使』を見た事がありますか?」



「え……?」



目元を紅くした桐子がさも不思議そうに紫子を見つめる。



「神様の遣いだそうです。背中に、綺麗な羽が生えていて」



何の話をしているのだろうと首を傾げる桐子を鏡の前に立たせると、紫子はその火傷の跡を差し「まるで羽根の様だと思うのです」と何処か愛しげな声音で桐子に囁いた。




「私は桐子さんのこの痕も、綺麗だと思いました」




―――――――――痛々しく、醜いものでしかないと思っていたそれが、見たことの無い『天使』の羽根を象っているような、そんな錯覚を初めて覚え、あまりに驚いたためか桐子の涙はぴたりと止まってしまっていた。




その様子を安堵した様に紫子は見、一層微笑んでは、入浴の為にと用意していた着替えを思い出したように拾うと、呆然とし乱れたままの桐子の着物を手際良く直す。




「御二人がお待ちです、早く入ってしまいましょうか」





桐子は小さく小さく頷くと、着替えを持ち紫子の後に続いた。

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