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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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少女のわがまま *矢玉


 桐子に言われた事をそのまま伝えると、青年も笑顔で困惑した。だが期待に眼を輝かせる少女の顔を見ると、一言で切り捨てるのにはためらいを覚える。

 山縣が妹を喜ばせたい事情もわかっているから尚更だ。

「予定が合うかどうか確認してみないと、何ともいえませんが」

 言葉を濁そうとすれば、まぁ!と桐子は声をあげた。

「では兄に確認してまいりますわ!」

 二人に止める暇を与えずに駆けるように向かう少女を見送り、紫子は困惑し将臣にそっとささやいた。

「外聞が、悪くありませんか?」

 未婚の男女が一緒に泊まり掛けで旅行など。良家の子女なら躊躇うだろうに、育ちがよすぎてわからないのか桐子は嬉しげだった。

 それには将臣も沈黙せざるを得なかった。

 山縣が諭してくれるのを祈っていた二人だが、現れた青年は朗らかに、いいんじゃないか、と言い切った。良い笑顔だった。

 ため息をつき、その肩に手をおき将臣はおい、と一段と低い声を出す。

「お前・・・・・・少しは考えろよ」

「いいじゃないか、それに」

 ばれなきゃいいのさ!ぐっと親指を立てそうな笑顔の山縣に、拳をみぞおちに叩き込んでやりたい。ただ夜会の最中にそれはまずいと、衝動を押さえ込む為に右腕を左手で抑え込む。

 しかし今更、嬉しげに手を叩く桐子を見ては無理とは言うのは忍びない。

「また母に叱られますわ・・・・・・」

 隣からかすかに聞こえた声。紫子が呟いた言葉に疑問の眼差しを向けると、桐子に聞かれていないことを視線で確認し、少女はそっと告げてきた。

「・・・・・・あの病院での一件が・・・・・・その、母の耳に入ったらしくて」

 はしたないと、叱られました、と肩を落とししょんぼりする少女の様子がまるで幼子のようで、内心将臣は苦笑した。

「今度は私も一緒に叱られますから、ね」

「ではしかと覚悟なさって下さい。・・・・・・この間は三時間正座させられましたから」

 でも、と続ける少女の眼差しはどこか優しげだった。

「桐子さんが喜んで下さっているようなので、良いことにします」

 かくして山縣伯爵邸の夜会で四人の旅行が決定した。




***


 それから、やはり明代のお説教があったり、山縣と将臣が同時に休暇を申請するための口実に苦心したりと色々あったのだが、何とか四人で山縣家の別荘へ旅行へという運びになった。

 温泉地という候補もあったのだが、やはり夏ならば避暑だろうということで、名の知れた避暑地へ行くことと相成り、紫子は慣れない準備に追われた。

 当日、駅に現われた桐子の荷物の多さに、おもわず紫子は目を見張る。

 何せ嫌そうな顔をして妹の荷物をもってやっている山縣は、大きな行李を抱えていたのだから。紫子は、弥生夫人から貸してもらった、革の箱鞄トランクひとつである。

 青年二人は軍人らしく、手荷物は少なめだ。そのため、桐子の荷物の多さが余計に際立った。

「桐子さん・・・・・・何をそんなにお持ちになったのです?」

「おはようございます!紫子お姉さま、ふふ、秘密ですわ」

 いたずらっぽく笑う顔は魅力的だが、後ろでげんなりした山縣の顔が見えるので、紫子は何もいえない。

「ったく・・・・・・何をこんなに詰め込んだのやら。こんだけ大荷物だってのに、お前は使用人には着いてこなくていいとかいうし」

「あらだって、使用人さん達の目があったら、羽伸ばしにならないじゃありませんか」

 さもあたりまえのように言う妹に、兄である山縣はため息をつくしかない。

「別荘にも管理に雇ってる使用人はいるんだぞ?」

「それとこれとはまったく違いますもの。さあ兄さま、汽車に乗りますよ」

 ぐいぐい背をおされ、仏頂面ながらも荷物だけはしっかり運んでやる山縣。そのやりとりの微笑ましさに、紫子は小さく笑う。

 横から伸ばされた手が紫子の箱鞄に触れ、すっと持ち去ってしまう。飴色の眼を見開けば、荷物を持ってくれた将臣が静かに笑っていた。

「では私たちも参りましょうか、紫子さん」

「はい、東郷さま」




 以前から予約していたのでコンパーメントは眺めのいい大きな窓のついた席だった。一等車なので、清潔で席も広々としている。

 しかし天鷲絨のベンチにすわる時にもまたひと悶着あった。

 男二人で並ぶのはむさ苦しくて嫌だという山縣に対し、桐子は絶対に紫子の隣に座るのだといって聞かなかったのだ。困惑するしかできない紫子を見かね、将臣が山縣と座ることを了承すれば、桐子は目を輝かせ声をあげてよろこんだ。

 希望通り紫子の隣に座った桐子ははしゃいだように声高ながら、紫子の耳元で小声で告げた。

「本当は、ばあやが着いてくるってきかなかったんです。でもわたくし、言ったんです。兄さまも紫子お姉さまもご一緒だから、大丈夫ですって」

 だって、と可愛いらしい上目遣いでこっそりとつづける。

「お目付け役がいたら、何も出来ないじゃないですか。いっぱいお姉さまとしたいことがあるのに」

 はにかんだように笑うのは、いとけないほど素直で可愛らしい。

「まず夏祭りに行きましょうねお姉さま、夜店を周ったり、花火をみたり。そんなの庶民のお祭だって言って、いままで行かせてもらったことないのです。それに、わたくし、自転車も乗ってみたくて。別荘には譲って頂いたのがあるのですよ!」

 前はばあやにはしたないって止められて乗れませんでしたわ、と頬を膨らます少女にやっと紫子は納得した。だから海老茶袴を持ってくるよう言われたのだ。

 自転車は紫子も遠目に見たことがあるだけで、乗ったことなどもちろんない。でもあれは、乗るのがそれなりに難しいと聞いた気がするのだが。

 考えこんだ紫子の耳に、発車の汽笛の音が届いた。

桐子さんがわがまま全開みたいになってますが、普段はこんな子じゃないですよ!ちょっと旅行ではしゃいでるだけ!

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