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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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百合の花々 *矢玉

軍の礼装で装いを調えた将臣は、不服そうな顔でため息をついた。

 馬車の向かいでは、紫子が不思議そうに小首をかしげている。

「どうか、なされましたか?」

「なぜドレスになさったんです?」

 今日の紫子の装いは、若草色と白に銀で刺繍を施したドレス姿だった。全体的にすっきりとまとめた色彩と、少女の印象もあって百合の花のようにもみえる。髪にも、百合を模した飾りをつけていた。

「・・・・・・似合わないでしょうか」

 白い裾を持ち上げ不安そうに瞳を伏せる少女に青年は首を振る。

「違います。大変よくお似合いです。けれど、一度ドレスを着て倒れられたでしょう」

 その時を思い出したのか、紫子は少し頬を染めた。

「あの時は、初めてでしたしとても緊張していましたから。それに、弥生さんがご紹介してくださった仕立屋で、以前無理をして倒れたと言ったら、今回は仕立てにずいぶん気を使ってくださったのか、とても楽なのです」

 それでも不服そうな顔を崩さない将臣に、徐々に紫子の眉間にも皺が寄ってくる。

「わかりました。では、夜会の最中は私の傍を離れないで下さいね」

「なぜです」

「貴女のその姿が、どれだけ人目を惹きつけるか自覚がないでしょう?」

 その物言いに紫子は若干呆れた。

「そのお言葉、鏡をみてから仰った方がよろしいのでは?」

 前回の六鳴館のスリーピースのスーツ姿とは違い、今日の青年の姿は白手套に下襟と飾緒を付けた軍の礼装姿だ。なぜ六鳴館の際はそちらではなかったのかという紫子の問いに「あそこには東郷中将でなく、東郷伯爵として出向いていましたから」という返答が得られた。

 どちらも長身痩躯のこの人には似合っているが、軍の礼装となると一種独特の凛々しさが伴う。

「ご婦人方の視線を奪うこと間違いなしです。私は壁の花となっておりますから、心配なさらないで下さい」

 そのひとことに、くすりと青年は口を笑みへと変えた。

「ひとつ、お教えしましょうか。今日の集まりは、軍部の連中が多いのです」

「山縣さまからもお聞きしていますが・・・・・・?」

 高く結い上げた髪の頬に残したひとふさの赤い髪に手を伸ばす。

「軍の連中ということは、男が多いということです。まぁ、夫人や姉妹をともなっている場合もあるでしょうが、少ないでしょうね」

 まだわかっていない少女の飴色の瞳を覗き込み、青年は囁いた。

「壁の花などとんでもない。私が目を光らせていなければ、ひっきりなしのお誘いがあると思いますよ?」

 もちろん紫子さんはたとえ御婦人方が多くいる夜会であっても、目を惹くことに違いは無いでしょうが。などとうそぶく青年を押しやり、その手から髪を取りもどす。

「だから髪を染めるといったのです。どうせ悪目立ちするとしたらこの髪です」

 悪態をつくものの、その顔は耳まで赤い。こらえきれないように青年は肩を揺らした。

「貴女にはいくらいっても信じてもらえないでしょうから、今夜の夜会でどちらが正しいか白黒つけましょうか」

 中でそんなやりとりが行なわれているとも知らず、馬車は軽快に山縣邸の門を潜った。




 馬車から降りてまず紫子は息を呑んだ。

 山縣邸は昨今流行の洋風の建築だった。

 いくつもの白い羅馬風の柱と漆喰の壁を持つ屋敷。逢崎の屋敷と西洋風という点では同じだが、その規模が違う。忌憚無くいえば六鳴館をほんの少し小ぶりにしたような、とでも言えばいいのだろうか。これほどまでに、力のある家の差を見ると、逢崎の家の必死さがいっそ滑稽だ。

 両開きの扉をくぐり、吹き抜けの玄関から二階へかけて優雅に弧を描く大階段。その階段を一歩ずつ進みあがった先の大広間はいくつものガス灯と花で飾られていた。広間に続くいくつ物部屋の扉が開けられており、なおさら広く感じられる。

 そこ此処ではすでに談笑する着飾った人々の姿があり、紫子は正直気後れした。エスコォトをしてくれている青年がいなければ、隅のほうでひっそりと隠れていたいくらいだ。

 だが隠れるどころか広間に一歩踏み入れた途端、人々の視線がこちらに集まるのが肌で感じられた。

 それもそうだ。今宵は『東郷中将の快気祝い』と銘打たれた宴なのだから。

 まず、主催の山縣伯爵へ挨拶をすまそうと歩み出せば、横から小柄な人影が飛び出してきた。

「紫子お姉さま!」

 頬を染めた桐子が息を弾ませてそこにいた。若干潤んだ目はほう、とため息をつくと素敵ですわ、と呟いて口元を覆ってしまった。

「いつものお姉さまも素敵ですけど、今日の紫子お姉さまは格別です。まるで泉に咲いた白百合の精のよう。そしてこの広間の誰よりもドレスがお似合いですわ」

 うっとりとした視線を受け、紫子はおもはゆい。ここまでの手放しの賛辞を受けたのは、初めてだ。

 そしてふと桐子の装いに首を傾げる。

 桐子は、可愛らしい薄紅の振袖を身にまとっていた。絞りと刺繍で花鳥を縫い取ったそれは、桐子のやわらかな雰囲気とありまって大変愛らしい。しかし、夜会に着物とはあまりみない装いだ。

 先ほどの将臣の言葉といい、もしや今夜の宴はそういった趣向で、自分が場違いなのではと不安になるが、黒い軍服の隙間からちらほらと見える明るい色彩の持ち主――――――令嬢や夫人のたいていはドレスをまとっている。

 紫子の疑問に気付いたのだろうか。桐子はこっそりと紫子の耳元に手を当てて囁いた。

「わたくし、ドレス苦手なんです。裾捌きやあのコルセットがどうも駄目で・・・・・・場違いなのはわかっているのですが、いつもこのなりなのですわ」

 すこし顔を曇らせた少女の頬に、思わず紫子は手を当てていた。驚いたようにまたたく桐子の顔に、ほんの少し、見慣れた翳がある。

 何かを押し殺したような、そんな翳り――――――

 いつも明るく優しげな少女のそんな風情に、紫子は思わず身を寄せた。

「桐子さん、私も実はコルセットで倒れたことがあるのです。しかも六鳴館の夜会で。それを考えるともう顔から火がでそうでしたわ。幸い、東郷さまが上手く取り計らってくださって大事にはなりませんでしたが」

 少女にかけるべき本当の言葉は、きっと違うだろう。

 けれど、少女が隠そうとする翳なら、無理に暴くことなど紫子にはできない。したく、ない。

「宮廷晩餐会などではないのですもの、好きな格好をなさればよろしいのです」

「紫子さま・・・・・・っ」

 感極まって泣き出しそうにすらなっている妹の姿を遠めに眺め、山縣はふと嘆息した。

「おい?」

 いつも間に近寄ってきたのだろうか。同じ軍の礼装姿で佇む同僚に、ふと山縣は言った。

「おい、東郷」

「何だ」

「紫子嬢は・・・・・・本当に、すごいお人だな」

 それに不敵に微笑み、将臣は言い放つ。

「今更知ったのか」




「おい、桐子。Sごっこも大概にしろよ」

 しばらく放置していたものの、まったく紫子を放す気配のない妹に、山縣はとうとう声をかけた。

「百合遊びは女学校だけで沢山だ。そろそろ紫子嬢を放して差し上げろ。ほら、東郷が許婚を取られて可哀想じゃないか」

「私をだしにつかうな山縣。桐子さん、私のために今宵はこのような宴、ありがとうございます」

 憧れの青年将校を前にして、やっと紫子以外に目が向いたのか、桐子はどぎまぎとしながら会釈した。

「東郷さま、ご快癒おめでとうございます。ごめんなさい、わたくしったらはしたない真似を」

「はしたなくはないが、周りは見ろよ。衆目集めまくってるぞ」

「兄さまこそなんですその身なりは!カフス釦が外れかかっていましてよ!」

 あわてて兄の袖口に飛びついて世話を焼きだした妹に、うんざりする山縣。その様子を見て、紫子は微笑んだ。

「仲の良いご兄妹ですわね」

「ええ。山縣がやりこめられているのをみると、胸がすく気がします」

「東郷さま、そのようにおっしゃるものではありませんわ」

 眉をひそめる少女に、青年は肩をすくめてみせた。

「すこしぐらい悪態をついてもいいでしょう。さっきまで紫子さんは桐子嬢にかまってばかりで、私をほうっておいたのですから」

「そんな、つもりでは」

 からかいだったのに、本気で申し訳なくなったように肩を落とす生真面目な少女に、東郷は笑みをますます深くした。

「他にも紹介したい御仁はいるのです。桐子嬢との語らいはまた後ほどにして、今は私に付き合ってくださいね」




***


ちょっと豆知識。

某少女小説で有名になった「スール」制度ですが、明治・大正に実際にあったのは「シスター」制度。通称“S”です。


そして時代考証は結構いい加減なのでツッコミはスルーでお願いします!!明治時代ムズカシイ!!前期と後期じゃまるで違うし!! 

なんちゃって明治ということでお願いします。

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