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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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声を、ころして *奏嘉

◆前回あらすじ

将臣が刺されたと知った紫子はそのまま逢崎邸へと乗り込み、総一郎を問い詰めるがそのまま囚われの身となってしまう。水も与えられず監禁され徐々に衰弱していく紫子を楽しむように総一郎は見つめ、モデルにして絵を描いていた。 

◆あらすじってこんなもんでいいのか

◆そしてというのもおかしいのですが、今回は流血表記があります。

あれから二日程が経ったが、出血量が多かった為か麻酔が切れても尚、友人は未だ目を覚まさない。


あの時病室から駆け出して行った彼の許嫁である紫子も、それ以降行方が分からなくなってしまっているという。



―――犯人の特徴を告げてしまったことを、酷く後悔した。あんなにも、強い女性だとは思ってもいなかったのだ。



弥生が東郷のありとあらゆるパイプを利用し探し回っていると言うが、未だに手掛かりは少なかった。


犯人のあの厭に良い身成りや幼さを残す風貌に、学習院生ではないかと思い立ち伊織に問えば「逢崎の嫡男の特徴に似ている」と応えたため、紫子の元実家でもある逢崎の子爵に問い正すも、未だ将臣を恨んでいるからだろうか、飄々としらを切るばかりであった。



嫌な予感しかしなかったが、乗り込むにしてもそれなりの手掛かりと確証が必要である。

当の将臣が目を覚まさない以上手を拱くばかりで、山縣は酷く焦っていた。



使い物にならない上官に任せる訳にもいかず、友人の分の仕事もこなしつつ病室へと通う。




*****




昼頃軍部からの呼び出しを食らい雑務を終えた後、夕方頃友人の眠る病室へと戻れば、扉が開け放されているのが見えまさかと駆け足に病室へと入れば、案の定友人の姿が無かった。


自身の友人にしてはらしくない無造作に入院着や布団が散らばっている辺り、恐らく冷静では無い。

かつての友人であれば、絶対にあり得ないであろう行動だった。

あの傷の深さだ。この二日で確実に塞がり切っている筈が無かった。


(…おまえ、そんな無鉄砲だったかよ)


山縣は盛大に舌打ちをすれば病室を後にし乗ってきた馬車へと乗り込む。

向かう先の心当たりは、一つしかなかった。



――――――馬車を呼び止めれば良かったかと少し後悔したものの、思いの外子爵の屋敷は直ぐに目に入った。

あれから何日が立ったのかは分からなかったが、目を覚ませば直ぐに青年は紫子の身を案じ屋敷へと電話をかけた。

電話越しに弟である伊織から「紫子の行方が分からなくなっている」事を告げられると、衝動のままに青年は病院を飛び出した。



――――いつかの舞踏会での出来事。


少女の肌を、肢体を、卑しい目では無く、無感情に見詰めていた青年の姿。


あの時、自身を無感情に見上げながら刃物を突き立てた青年の想いとは。


それ程までに、欲しているのなら。



(歪んで、いる)





耐えがたい程の恐怖は痛覚すらを蝕み、青年の横腹はいつの間にか真っ赤に染まっていた。

それすら気にならない程、青年の意識は混濁していた。


子爵家に到着すれば、門前にて掃除をしていた女中の肩を掴み壁に押し付け「紫子さんは何処にいる」と冷静を欠いた剣幕で青年は問い詰める。


その血塗れの青年の鬼気迫る姿に、女中は箒を落とし怯え切った様子で主人である子爵や夫人の口止めすら忘れ「別棟の最奥の部屋に」とか細い声を漏らした。

青年は女中を離すとふらつきながら別棟へと入っていく。


通りすがりの女中すら、その異様な姿に声すら漏らせず震え上がり呆然としている。

青年は血痕を残しながらもやっとの事で最奥の部屋へと辿り着けば、真鍮のドアノブを掴んだ。

案の定鍵が掛っておりガチャガチャと虚しくドアノブが鳴る。


青年は焦りながらも近くにあった花瓶で鍵が掛ったままのドアノブを叩き壊すと扉を蹴破り早足に部屋へと入った。


家具の少ない部屋の中、キャンバスと寝具が目に入れば、嫌な予感を振り払いながらもベッドへと歩を進める。



わざとらしく掛けられた天蓋を退ければ、懐かしい紅い髪の少女が、青白い顔で眠りについていた。


肌蹴た衣服やあまりに衰弱した少女の姿に、青年は恐怖に狼狽しながらも微かに震える声で呼び掛けながら少女の体を揺らす。


首筋の生々しい痣が、酷く恐ろしく感じた。


「紫子、さん」


鼓膜を震わせる懐かしさすら覚える青年の声に、少女は小さく喉を鳴らすとゆっくりとその飴色の瞳を開く。

痛々しいその姿に青年は少女の細い体を掻き抱くと、僅かに肩を震わせながら涙を溢した。


「…ごめ…、なさい…」


応える様に弱々しく青年の背へと腕を伸ばした少女とその小さく漏れた声に、青年は首を振ると少女の体をいっそう強く抱く。


とくとくと、小さくも聞こえる少女の心臓の音を、ひどく切なく感じた。



「――――――嗚呼、なんだ。あれじゃ足りなかったのか」



不意に響いた声と衝撃に、少女が目を見開く。

視界の先には、あの忌々しい青年の姿と、将臣の背に深く突き立てられたナイフの柄が見えた。


「――――っあ゛、」

詰めた息を吐き出すように将臣が声を漏らせば、口から鮮血が溢れる。

少女は力の入らない身体を叱咤し将臣の体を抱き抱えるも、将臣は制止すると総一郎へと向き直った。



肩で呼吸をしながらも、気丈に総一郎を見据える。



「…っ…今、君の手には、何がある」


青年が息も絶え絶えに問うも、総一郎の表情は恐ろしい程に無感情だ。




「はぁ…?」


おかしいと言うように総一郎が笑い首を傾げて見せれば、青年は咳き込み吐血しながらも、憐れんだような表情で総一郎を見つめた。



「今、君の…手の内に、本当に、欲しいものが…在るのかと、聞いたんだ」



――――――微かに、総一郎の瞳が揺れたかと思うと、青年は追い打ちを駆ける様に唇を開く。



「全てを投げ出して…努力する事を諦めたそこで、何か、手に入るものがあるのか」



青年の言葉に総一郎は目を見開いた後、静かに唇を歪めた。



「入るさ。あんたには解らねえだろ?……でも、気付いた。邪魔なものさえ消せば――――何だって」


少女は青年の体を支える様に抱き留めながら、総一郎を睨む。

ゆっくりと総一郎は目を伏せると、思い切り青年へとナイフを振り翳した。


「っ」

少女の声が漏れるよりも、早く。

突発的な総一郎の行動に、衰弱した青年と少女が反応出来る筈も無かった。



―――――――――次の瞬間響いたのは、鈍い肉を打つ音。



青年からの衝撃は少女に伝わって来ず、少女は震えながら恐る恐る目を開く。


ガタンと大きな音を立てキャンバスごと倒れ込んだのは、ナイフを青年へと振りかざした筈の総一郎だった。

少女が顔を上げると、逆光になった人影と低い声が静かに室内に響く。




「なぁ坊ちゃん」




総一郎が立っていた筈の場所には、見慣れた青年の友人が息を切らしながら立っていた。


どうやら、総一郎の横腹を蹴り飛ばしたらしい。総一郎は横腹を押さえながら咳き込んでいる。

蹴り飛ばされた拍子にナイフは何処かへと滑りこんでしまったらしく、彼の手にはもう握られていなかった。



「俺は将臣みてぇに優しく無ぇから教えてやる。…お前がした事は犯罪だ。逢崎の名が汚れると判れば、お前さんに残るものなんざ何も無ぇんだよ」


カツカツと軍靴を気だる気に鳴らしながら、山縣が総一郎へと歩み寄る。



「分かるだろ。そんな家で色んなものを享受しながら、「あれが欲しい」「これが欲しい」と喚くだけなんて赤ん坊でもできる。努力もせず与えられるものなんざ何も無ぇ。ましてや、人を殺してまで得るものなんてもんはな」



山縣は吐き捨てるように言うと、興味を無くした様に総一郎に背を向けた。

将臣に肩を貸しつつ少女の体を抱える様に支えると、立ち上がる。



「死んだような嬢ちゃんが好きなら人形遊びでもしてな、そんな下らないものが欲しいならな。他に何もねえから、それすら失わないようにこの馬鹿は黙ってた。刺された相手に情けなんざ馬鹿のする事だぁな」



血塗れの青年の姿と衰弱した少女の姿に顔を真っ青にしながらも、廊下にいた女中の一人が補助を買って出てくれた。それにお礼を言いつつ山縣は総一郎を一瞥する。




「それすら気付けずに踏みにじったお前は、もっと馬鹿だがな」




一つ呟き、屋敷を後にする。

不意に振り返った少女の視線の先に、呆然としたような総一郎が、3人の後ろ姿を見送っているのが見えた。




(可哀想な、ひと)




少女はぽつりと、そんな事を呟いた。


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