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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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オペラ座の怪 *矢玉

 はぁ?という山縣の小馬鹿にしたようなあきれ顔を、心底殴りたくなった。

「俺がオペラ鑑賞?五分で寝る自信があるぞ」

「胸を張るな」

 しかし、将臣も薄々そうなるのではないかと思っていた。

「じゃあやっぱり二ノ宮に」

「やめとけよ」

 腕組みをしたまま山縣が言う。

「いや、あいついい奴だとは思ってるぞ?多少、胆が小さいが卑怯者ではない。命令にも、とくに直属の上官・・・・・・お前な?に対する忠誠心は本物だ」

 ただ、と続けられる言葉に、二ノ宮には悪いが思わず頷いてしまった。

「あれじゃ、三人もの御令嬢の番犬は務まらんだろう。大林みたいなやからにつけこまれること間違いなしだ」

 お前がいきゃあ問題ないだろうというのに、素直に頷けない。

「本当にお前には頼めないのか」

 もう開幕直後に寝てもかまわないからいっそ、と言い募る将臣に、山縣はばつの悪そうな顔で悪い、と返す。

「実を言うと、オペラが苦手とか、いや苦手は苦手なんだが。そういうことじゃなくて。非番は、できるだけ一太郎についていてやりたくてよ」

「この間、司令部に来ていた甘味屋の少年か?」

「ああ」

 将臣にとっては、あの少年よりも、彼の姉の方が印象が強い。何せ、忌まわしい過去の直接の被害者なのだから。

「あの鈴という女性にも会っているのか?」

「いや、おりんちゃんとは最近、顔を合わせちゃいないな」

 いつもの陽気なこの男らしくないさまに、深く尋ねるのはやめておいた。

 しかし、そうなるとどうするべきか。

 山縣がだめ、二ノ宮は無理、伯父の成篤は論外。となると、任せられる者がいなくなってしまう。

 しかし、薫が熱望し、紫子が控えめに望み、桐子にまで期待をよせられては、いまさらやめるというのも酷だろう。

「お前がいきゃあいいだろうが」

「この髪では・・・・・・目立つだろう」

 己が反感をかいやすいことなど、将臣は心の底から理解している。

 異人めいたその風貌、若くして中将という位に立つ妬み。

 つけこむ隙があれば、容赦なく喰らいついき、引きずり下ろそうというやからは、数えきれない。

 だからこそ己は自分の意志さえも消した『武家の男』として完璧に振る舞うことでそれらを退けてきた。

 だが――――――何もなかった己の手のひらに、今ではいくつもの綺羅きらしたものがのっている。愛しい許嫁。可愛い妹。異形の“鬼”すら受け入れてくれる、周囲の者。

 それらをどう守っていいのか、検討もつかずいっそ途方にくれてしまう。己を殺してしまえば、また泣かせてしまうとなれば、なおさら。

 初めての事ばかりで、どうすればいいのかわからない。

「深く考えすぎんなよ。おもしろい面に、百面相になってるぞ」

 山縣の軽口に我に返る。

「頭固いな、お前。そのままの髪が目立ってまず言ってんなら、また染めりゃいいだろーが」


***


「アロイス様」

「ああ、おはようございます。紫子さん」

「御髪を・・・・・どうなさったのですか」

 昨晩まで、刃のような鋼色だった髪色が、また初めて出会った時のような黒髪に戻って、いる。

「染められたのですか?」

 非難するような、咎めるような眼差しで見つめてくる紫子に、首をかしげる。

「私がこの赤毛を黒に染め直すと言った時は反対なさったのに、ご自分は染められたのですか?」

 赤い眉をひそめそう言われ、ああと思い当り、どう説得したものかと思い悩む。

 そして上目づかいで怒りの眼差しをむけてくる紫子の赤い髪を、ひと房すくう。

「貴女の、この薔薇のような髪を染めてしまうなんて、とんでもない。こんな美しいものを損なうなんて」

 その言葉には赤面しながらも、髪を取り戻す。

「じゃあなんでご自分は染められたのですか!!私は貴方の御髪の色も、綺麗だと思いました。それを、何もおっしゃらず染めてしまうなんて」

 ひどいです。そう肩を下げる少女にどうしたものかと、心の中だけで頭を抱えた。

「私の髪の色なんて、そんな良いものじゃありませんよ?あんな色、白髪みたいでしょう。この国の人だってみな年を取ればあんな色ですよ」

 年増に見えるのは、ごめんですなどと言い微笑む。

「それに、軍部でね。うるさいんですよ、色々と」

 飴色の眼を見開き、一気にしゅんと沈んでしまうのを申し訳ない。本当にこの人は。

「――――――優しい、人ですね」


***


 見に行くことになった歌劇は『オペラ座の怪』というらしい。

 そうなればそれに見合った、着ていくものを見繕おう、そういって女学校帰りの紫子を誘い薫は洋装や着物が大量に広げられた部屋へと赴いた。その量に紫子が驚きしり込みするのは毎度のことである。

 衣服を手に取り顔映りを確かめながら、薫はころころと笑い、休みなく囀るように言葉を紡ぐ。

「『Das Phantom der Oper』はですね。ああ、えっと・・・・・・こちらの言葉では『オペラ座の怪』でしたか?このお話、歌劇になったのは最近でも、元の小説が出版されたのは二十年近くも前なんですって」

 歌劇場で語られた話はもっともっと、気の遠くなるような昔から、密やかに怪談めいた話としてそのオペラ座に伝わっていたと聞く。

「母さまのお気に入りの小説の一つだったの」

 生前のままに残された母の部屋に、たしかにこの本は栞を挟んで置かれていた。

「でも、母さまはいつもEndeだけは好きになれないと、言っていたって」


『なぜ、歌姫は仮面の怪人の手をとってあげなかったのかしら。

 幼馴染みの貴公子は家柄も財力もその優れた容貌も持っていたのに。たくさんのものに恵まれた子爵家の御曹司。それに対して醜い顔をした仮面の怪人には、彼女と彼女の歌声しかなかったのに。

 たった一つしか持たない淋しい怪人を選んであげなかったら、彼は本当に独りになってしまうのに。

 二人に恋していたのなら、何故なの?』


 そして、思うのだ。


 レイチェルのと父と、アロイスの父。

 二人に恋した母にとってどちらが貴公子で、どちらが怪人だったのだろうか。


「薫さん?」

 無言をいぶかしんだ紫子の飴色の眼に我にかえる。

「Endeはお話してあげるわけにはいけないわ。楽しみが無くなってしまうもの」

 青色の強い青灰の眼を細め、薫は回想を打ち切った。


***


Ende(独)・・・エンディングです。

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