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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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仮面の告白 *奏嘉

「もうっ!どうしてそんな意地悪言うんですか?兄様だって観たいはずだわ!」



数日後、東郷の屋敷にて上がった声に、自室にて読書をしていた紫子は顔を上げる。



どうやら彼女の私室から一部屋を経た将臣の部屋から上がったのであろう少女の声に、首を傾げた。




「今の私とでは目立ち過ぎるんだ、それでお前達が危険な目にでも遭ったらどうする。…御婦人方だけで行ってきなさい」



「…Ich kann es nicht glauben!(信じられない)」



兄妹喧嘩へと発展してしまいそうなその会話に内心驚きつつも紫子は立ち上がると将臣の部屋へと向かう。



「……それなら、私の髪もでしょう?」



不意にかけられた紫子の声に、二人は顔を上げ障子へと視線を向けた。



そろりと顔を覗かせた紫子の姿に将臣は苦笑を浮かべる。


何かを答えようと口を開くと、今度は紫子とは逆の方向から成篤叔父が顔を出した。


「将臣ィ、お前この間足やらかしたって何で素直に言わねぇんだ?なんならおっちゃんがついてってやるぞーお嬢様方」


後の言葉より先の言葉に食いついた紫子は将臣へと詰め寄る。




「っ、…待ってください、大したことでは…本当に、…情けないことに少し挫いてしまったというか」



珍しく慌てた様子で弁明する将臣の姿に成篤はにやにやと笑うと薫へと視線を向けた。



「万が一のことがあった時に万全じゃないと護れないかもしれないだろ?」



成篤の言葉に頷きながらも将臣は盛大に眉を顰める。



「……私はただでさえ人によく思われていないんです、この姿では余計に反感を買い兼ねない」




連れて行くなら山縣か二ノ宮を、そう提案するように言いながら立ち上がれば、将臣は僅かに片足を少し歩きづらそうに擦りながら部屋を後にしてしまった。




「おいおい、綺麗なお嬢さん方からの貴重なお誘いを断るのかぁ?」




背にかけられた言葉に応えること無く、将臣は玄関のある方へと消える。





(あれほどまでにアロイス様が頑なに薫さんの誘いを断るなんて)



僅かな違和感に紫子は首を傾げた。



落ち込んだようにしゅんとしてしまった薫の姿に苦笑しながら、「桐子さんも誘ってあげましょう」と声をかけてやれば、その表情は直ぐに明るいものへと変わる。



「とてもいい考えです!桐子さんとも、わたしもっとお話ししてみたくて」



紫子の両手をなんの躊躇無く握りはしゃぐ薫は子供のようだ。



彼女の無邪気さはその行為を照れ臭く思ってしまうのがむしろ恥ずかしく思えてしまうほどで、紫子は不思議だった。





(…純粋で、本当の意味できれいなひと)




きらきらと、太陽のように。






もし、


―――――そう、もしも。




(もしアロイス様が同じように普通に、生活していられたら)




『普通』が何を指すのか、それすら自分にとって明確な基準もないのだけれど。


『皆と同じ』でないのが異端で、それがおぞましく汚らわしいと皆が思っていたのは明確だったから。



(薫さんと同じ環境でアロイス様が生きれていたら、あんなにも切ない人にはならなかったのかもしれない)




それはきっと、集団意識の強いこの国ならではのことなのかもしれない。




―――――そんなものひとつで、身内にころされる感覚は、どんなに悲しいものだろう。


同じ釜を共にした仲間がころされる景色は、どんなに恐ろしいせかいだったのだろう。





―――――私の生きたせかいより、もっともっと。



最も生を感じ、最も死に近く、それでも歩を止めなかったかなしいひと。


けれどそれは決して強さではなかった。





「諦め」、それだけの虚しい感情。







「あのひとは未だに、時折不自然にわらう」



誰にもわからないように密やかなそれは、紫子の胸をざわつかせて。







「…薫さん、私…アロイス様を、お誘いしたいんです」



突然紫子から漏れた声に薫は瞳をぱちくりと瞬かせたあと再び表情を和らげた。




「紫子さん、同じです!わたしもそう。兄様と歌いたいの」




その華やかな笑みは、どこか彼に似ていて。




紫子は何故か涙が溢れそうになり唇を噛んだ。




*********




春に咲く桜にしては遅くに咲き誇る八重の桜はその房をゆっくりと揺らしながら小さな花弁を吹き荒れる風に溢れさせた。



頬を切り身体を掠め流れる風、無数の花弁に、青年は目を閉じ堪える。






「今度は君をころさねば」





責めるように薙ぐ風が青年を包み、彼はひとつ溜息を吐いた。




「女性の好みまで似るなんて、偽物としては上出来じゃないか」



まるでそこにいる誰かにでもかけるようなその言葉。



青年は瞳を細め、苦笑を浮かべた。




「自分の居場所を喰い漁った鬼が憎いんだろう?」




突如吹くのは、供えるためにと用意された菊さえその手から零れ庭の端へと飛ばされてしまう程の強風。




「……前より、殺し甲斐があるのだろうね」



青年は癖のようにその首に残った傷を抉った。


血が滲むことすらどうでも良い、そんな様子で。





「君らしいな。実の母すら愛してはいけないかい」





よく似た彼女からの芝居への誘い。

母に似た歌声は懐かしい記憶を真新しく刻みつけて行くのだ。




「わかってる」





十数年経とうとも彼をころすことを、未だためらってしまう。




「もう、君を殺さないから」




ちぐはぐに縺れたその言葉は再び青年を暗がりへと手招いて行く。





「約束する。……だから、どうかせめて」







―――――懇願するように、零したのは。





「彼女にだけは、普通の幸せを許してあげるべきだ」



またいずれ、自らが体の良い仮面を被ろうとも。

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