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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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鬼の半身と甘い袖の香り *奏嘉

「悪かったねぇ山縣さん」



一通りの片付けを終えれば怪我人の怪我の具合も大したことはなかったらしく、近くにいた町人は砂や埃で汚れてしまった山縣にひどく申し訳無さそうな声を掛けた。



「なに、気にすんな。大した事なくってよかった」



ひらひらと掌を振った後、カラカラと笑って見せた山縣の腕に、突如鈍い痛みが走る。


「〜〜〜〜〜いってぇ!!」


思い切り声を上げてしまえば、そこには見慣れた気の強そうな瞳が二つ。

どうやら、腕をはたかれたらしい。

周りの人々はあまりに突然のことに固まったままその様子を見つめた。




「ほら見な。何が大したことないんだい?腕見せな」



「へ」



青年が間抜けな声を漏らせば、鈴は山縣の腕を無理矢理掴み上げるとその着物の袖を捲り上げる。



古い無数の傷が残る腕には、倒れてきた木材にでも当たったのか真新しい大きな青痣が浮かび上がっていた。



どうやら必死になっていて本人でさえ気付かなかったらしく、山縣も少し驚いた表情を浮かべる。



「…よく分かったなぁ、おりんちゃん」



素直な感想を述べれば、鈴は深い溜め息を吐くと再び薬箱を開けてくれた。



「…動きが少し変だと思ってね。……痛くされたくないなら動かないで」



出際良く包帯などを取り出すと、てきぱきと処置を施していく小さな掌が、なんだか少し不思議なもののように感じた。



するりと肩から滑り落ちる鈴の髪に、視線を絡め取られ縫い付けられる。

鈴の顔をほとんど近くでは見たことがないためか、山縣は魅入るようにただただその初心なかんばせをぼんやりと眺めた。


鼓膜をくすぐるのは、包帯が漏らす衣擦れの音と微かな喧騒のみ。




瞬きに合わせて震える睫毛や想像以上に細いその体の線や輪郭に、儚ささえ感じて青年はひどく驚かされた。



「………、」


不意に伸ばした手が少女の髪を掬い、優しく肩へと流すように撫で付ける。


風に舞う葉のように弱々しく落ちた髪、驚きに小さく跳ねるその肩。




(こんなにも細っこい女の子すら、また俺は護れないのか)




―――――それは、後悔なのかそれとも懺悔であるのか。





(……まさか、)



どちらに対しても、その答えは否だった。


青年は自らの誓いを再び噛み締める。




「……はい、終わり」




簡単に湿布等で手際良く手当てをすると、鈴はその腕から手を離す。



「…ありがとな、鈴ちゃん」



温もりが離れる感覚に少し淋しさを感じたのは、何故なのだろうか。


何を思ったのか、山縣は小さな頭を軽く鷲掴みにするように掴むとそのまま一太郎にでもするかのように乱雑に髪を撫でた。




ぽかんと目を丸くする鈴と視線が重なればおかしいといった様子で山縣は笑い再び礼を言う。



「……少しだけ、聞いてくんねぇかな」



突然浮かべられた屈託のない笑みに、鈴は僅かに狼狽し固まる。


離されかけたその手を掴めば、山縣は彼女の手の甲へと額を寄せた。



「…鈴ちゃんと一太郎だけは、何があっても俺が生涯をかけて護る」




―――――罪悪感から吐かれた言葉であると言うのなら、真っ先に否定をするつもりだったのだろう。


しかし鈴がその開いたままの唇から言葉を紡ぐよりも早く、山縣は話しを続けた。



「薄情だが、これは親父さんへの償いじゃねぇ。身勝手な、俺自身の感情なんだ。振られたって構ゃしない。当たり前だってわかってる」



ぐ、とその掌を握れば、亜麻色の目で彼女の黒い瞳を見据える。


そもそも軍人嫌いである彼女にとって、自分は最初から嫌悪の対象でしかなかったのだ。



罵られるのも、殴られるのも、例えば馬鹿にされることだって覚悟の上だった。




あまりに静かな声が喧騒の中、外界を断ち切るかのように澄んで響く。




「俺は鈴ちゃんを好いてる。勿論、一人の女の子としてだ」






鈴の喉から、息を詰めたような音が微かに漏れる。




「ほんの少しでも、鈴ちゃんの中に可能性があるなら。……俺の事、軍人とか関係なく一人の男として見てくれねぇかな」




相変わらず華族にしては粗暴なその言葉の羅列が、本心であることを表すようで。




(どうして、そんな悲しそうな顔で)




感じたことがないほどに胸を締め付けられるような感覚に、彼女は瞳を潤ませた。


ただ惹かれるように、求めるように。

鈴は、徐にその手を伸ばした。

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