鬼の花嫁 *奏嘉
彼女のあの凛とした強さは、何処へ姿を隠してしまったのだろうか。
それともやはり、彼女も自分と同じように仮面を被っていただけなのだろうか。
凛とした姿の中、垣間見えていた儚さや寂しさは、彼女の想像を絶する悲しみや絶望の賜物だったのかもしれない。
白い小さな手を優しく握り返して、将臣はひとつひとつ言葉を選び紡いでいった。
「……私の眼は、母譲りなのでしょう。しかし髪は、両親のどちらにも似ていませんでした」
何を言っているのか分からないといった表情で、紫子は首を傾げる。
青年の額にかかる髪はどうみても漆黒に近く、実父の修雅に酷似しているのだ。
「……お借りします」
青年は苦笑を浮かべると、少女の枕元に置かれていた熱冷ましのための水を張った手桶を片手で持ち上げ、不意に障子を開け部屋を出た。
「アロイスさま……?」
少女は視線で青年の背を追い、小さく声を漏らした。
そして下駄を履き庭へと降り立つと、あろうことか青年は突然その水を思い切り頭から被った。
目を見張り悲鳴にも似た声を飲み込み、驚く少女を他所に青年は片手で懐から手拭いを出すと髪をこするようにぐしゃりと掴んだ。
「何千という無数の人間が交差する戦場で、この瞳だけを認識する余裕など誰にも無いでしょう」
手を離すと手拭いに移った、黒い染みが少女の目に入る。
風に揺れた髪が雪の光を受け、その箇所だけが灰や銀に近い色を帯びた。
「お忘れですか?……私が今も尚、鬼と呼ばれる理由です」
少女の飴色の瞳をまっすぐに見つめると、青年は不敵な笑みを浮かべる。
「自慢ではありませんが貴女が不幸にしてきたという人の数より、私が人を不幸にした数は幾分も桁が違う。理由だって全て明確なものだ」
彼女の迷信じみた物とは全く違う罪の数々。
例えば、戦場で討った敵の数。
例えば、改革に振り落とされた上司達。
例えば、護り切れなかった同胞。
例えば、町の、罪なくして殺された甘味屋の主人。
そして、血を吐き散ったのだろう美しかった母。
「人を喰らい不幸を与えてきた鬼が、貴女の不幸程度喰い尽くせなくてどうします」
初めて心から人を愛して、かつてない幸せを与え続けてくれる最愛のひと。
「貴女が私に不幸を与えるとして、私にこれ以上の不幸が訪れるとするのなら、貴女を失うことだけだ」
 




