忌み子の、赤 *矢玉
眠っていたはずなのに何故だか、息が上がっていた。紫子の吐いた息が、白くもやになる。弾んだ息を、徐々に整える。
いくつもの、夢を見ていたような気がする。
死の床で尚、微笑んであの和歌を詠んでいた藤乃の母。あの日、雪山へ登ったこと。
尼さまの言葉。家へ帰ると胸を押さえて倒れていた明代の母。
「鬼子は、山に捨てなけれ、ば」
そして、見たこともないお堂で幼い自分と青年が逢っていた、夢。
「アロイス様・・・・・・」
紫子さん?そう襖越しに声を掛けられ、驚いた。
「起きていらっしゃるんですか?」
「アロイスさま、こそ」
部屋はまだ夜の帳に包まれている。障子の向こうは白く明るいが、きっと降り積もった雪のせいだろう。
入ってもいいですか?という声に、何も考えずに是と応える。夜着に羽織を羽織った姿の青年が紫子の枕元に座るのをぼんやり眺め、身を起こそうとすれば眩暈が。枕からほんの少ししか頭を浮かせていなかったのに。
紫子の様子がわかったのだろう。そのままで、そう言われ紫子は頭を枕に預けた。
「すみません、声が聞こえたもので」
声というと、どちらだろうか。
最初から、だろうか。
青年の厳しい面持ちが、答えだった。自分を責めるような、鋭いまさなし――――――青灰の美しい瞳。
それに紫子は恥じたように目を伏せた。
「らちも無い事を、そう思われたでしょう」
涙でにじむ、その顔は自嘲で歪む。
でも怖いのです。
「私などが幸せに、なれるのか」
あまりに否定の言葉ばかりかけられてきたから。
――――――『赤毛の鬼っ子!!』
「この赤毛が、不幸を呼び込むって」
――――――『あんな子さえ産まなけりゃ、藤乃のお嬢さんもお幸せだったろうに』
「赤毛は忌み子のしるしだから、赤いんだって」
――――――『明代さまもなんであんな気味の悪い子ども引き取ったんだか。いくらお優しいからといって限度が』
「だから私は、赤毛に産まれついた」
――――――『この間、火事が出た家の前をあの子が通ってるのを見たんだよ』『あの子がきてから、はやり病が増えた気がする』
幸せに、なれるのかとほのかに思えば、ぽかりと足元に空いた大きな穴に呑み込まれ気がして。
『お前のようなものが、幸せになどなれるはずがない』と
――――――忌み子、鬼の子、親殺し。不吉な、子。
「アロイスさまのその瞳は、母君から受け継がれたものです」
でも私は違う。
「私の赤毛は、何故だかわからない。人の言うように、災いを呼ぶしるしなのかも、しれない」
だって。
「この赤毛のせいで少なくとも、母たちは不幸になった」
藤乃は、恋した逢崎の元を追い出され、己を産んだせいで死んだ。
その遺児を引き取り育てたせいで、明代は病床にありいつ死ぬか、わからない。
「この髪を恥じたことはなくても、重荷でした」
私にとって。そう呟く声は寂しげにかすれた。
こわい、こわい、大切な人を、不幸にするのが、何よりいちばん、こわい。
ひとりぼっちより、ずっと。
「ずっとお傍にいたいです」
でも――――――
「怖いんです。私の不幸が、アロイス様まで不幸にしてしまったらと、思うと・・・・・・怖い、の」
濡れたような、すがるような飴色の瞳を、青年に向ける。
「私があなたを不幸にするようなことが、あれば。わたしを、すてて。おねがい」
熱に浮かされたうわ言だとしてもそれはあまりにも。
ためらいがちに伸ばされた手。それがあの夢で幼子が伸ばした小さな手に、重なる。
その白い手を将臣は強く握った。




