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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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どうか、あなたのとなりを *奏嘉

自分が『男』であることを後悔するのは、きっとこんな瞬間だけに違いない。



心臓が耳障りなほどに高鳴り鼓膜を震わせ、喉がカラカラに渇いていく。



元より視覚的なもののように直接というよりは、仕草や面影に言い表せないような魔性に近い魅力を持った彼女を、ほんの少しだけ恨んだりもした。


彼女のとろりと潤む煽情的な飴色の瞳は、青年を責めるかのように見つめたまま涙をはらはらと零し続ける。


吐息すら聞こえるその距離に眩暈すら覚えながら、青年はその小さな体を掻き抱いた。

壊れてしまうのではないかと恐怖を覚えてしまう程に脆弱だと感じてしまうその体の細さに毎度驚かされる。



「……アロイス、さま」



普段では決して聞くことができないような、言葉尻の震えた甘えるような声音。


すぅ、と吐き出された彼女の小さな吐息が青年の喉元を擽った。


それだけの事に酷く動揺するのがあまりに情けなく、青年は眉を潜める。



「大丈夫です」



まるで子供でもあやすかのように背を軽く叩いてやれば、しゃくりあげていた喉の音が少しづつ小さくなっていく。


暫く嗚咽が止むのを待ち、青年はいつものように涙のあとに唇を寄せた。


初々しくも驚いたように目を見張り青年を見上げた彼女の頬を、彼女より幾分か大きな手でそっと撫でる。




「…俺は貴女を置いて逝ったりなどしません、絶対に…母の愛した『神』に誓ったって良い。……だって、まだ貴女の花嫁姿も見れていない」




優しい声音で囁かれた青年の言葉に、少女は子供のように首を振ると小さな声で「うそつき」とだけ漏らし再び涙を瞳いっぱいに溜めた。



「では、わたしとの結婚が済んだら、いなくなってしまうのですか」



青年は突然の切り返しにきょとりと目を丸めたあと、再び微笑み彼女の小さな手を取ると傷の残る右の首筋へと手を導く。



「俺が生きようとしている事は、これで判って頂けますか」



そこからは、彼の強い鼓動の音が触感となって伝わり、彼女は不思議そうにその手をじっと見つめた。



「念願の貴女の花嫁姿を見れたら…そうですね、今度は貴女との子を抱いてみたい。勝手な理想に過ぎませんが、きっと何よりも…貴女と同じくらい、大切になるのでしょうね」



何年後になるかも、自身が生きているのかも分からない未来。

例えば戦場で、例えば街中で、自分は命を落とすかもしれない。


しかしそんな可能性は、誰もが持ち得るものでしかないのだ。


―――――それ以上に彼女を不安にさせたこの事実は、やはり自分の落ち度なのだろう。



傷を減らすためにと習ったはずの剣技も、結局は彼女に誤解を生ませてしまったのだ。







「………そのあとは…?」



青年が深く反省する中、再び純粋な瞳で問う少女。

少しづつ引いていく彼女の涙に安堵しながら、青年は想像を膨らませ丁寧に答えていった。



「成長する子供達の姿を見て…例えば女の子なら他所の家へと嫁に行くのを、怒ったり泣いたりするくらいに惜しんでみたり。…ぁあでも、伊織の結婚が先かな」



『家族』らしい事を一度でもいいから味わってみたいと思うのは、やはり自分の我侭だ。

あの幸せの形を、――――できることなら貴女の隣で、最近はそう思えるようにまでなっていた。




「貴女が俺を許してくれるのなら……できることなら貴女と歳を取って、最後は貴女の隣で眠りにつきたい」






彼女の小指を絡めれば、約束をするように軽く揺らしてみせる。




「…本当に…?」


首を傾げる彼女に深く頷く。

やっと納得してくれたらしい彼女をゆっくりと布団へと寝かせれば、突然腕を引かれ青年は困惑した。



どうされたんですか、―――――そう問うよりも、先か。


「あなたの匂い、大好き」




寝惚け眼の彼女の唇から零れたその一言。

それは、彼の理性を殺すにはあまりに十分だった。

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