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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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寂しい椿 *矢玉

◆正月編、開始です

「そんなことが、あったのですね・・・・・・」

 将臣から事の顛末を聞き終えた紫子は、憂い顔で眼を落とした。

「今度こそ、罪を裁いて見せます。私たちの手で。それが――――――せめてもの償いです」

 あの時、無力だった自分の。

「山縣さまが思いとどまってくださってよかった」

 ふとこぼれるように呟かれた紫子の言葉に、将臣は瞠目した。

「大切な人が自分の前からいなくなってしまうのは、とてもかなしいですから」

 小さな、小さなぽつりと雫のように落とされたそれに、なぜか言葉以上のものがあるような気がしていぶかしむ。

「紫子、さん?」

 呼びかけに気づかない少女はどこか遠い眼をして虚空を見つめていた。

 己の怪我の後から、紫子は時々こんな顔をする。

 儚くて、淡雪のようにとけてしまいそうな憂い。

 そんなに心配をかけたかと思うと頭を抱えたくなるが、どうやらそれだけというわけでもないらしい。本人に尋ねれば、ただの気鬱です。とだけ返答されてしまう。

 外出もあまり気乗りがしないようで、誘ってもやんわり断られるのだという。女学校が冬季休暇に入ってしまってからはますます家にこもり、塞ぎがちだと薫が言っていた。

「そういえば、今は何を作って見えたのですか?」

 紫子の部屋を訪れた際に、彼女は針仕事をしていたのだ。

 我に返ったように紫子は己の手元に眼をやる。色とりどりの、糸やこまごまとした針や握りばさみといた裁縫道具。

「お年賀に、皆様に色々お渡ししようと思いまして。新年にひとつ、新しい物を身につけると縁起が良いと言いますし」

 細かな刺繍をほどこした、手ぬぐいほどの長さの布。それには可愛らしい小鳥と、丸い鈴が丁寧に縫い取られている

「これはりんさんに。あまり大げさなものでは驚かれると思いましたので、半襟にしようかと」

「半襟?」

「ええ、こう、襟の襦袢の所につける飾り布です」

 首元にあてて見せてくれる。襟元から着物の隙間から、ちらりと模様がのぞく。

「ちょっとした贅沢品です。あまり着物は何枚もあつらえる事なんてできませんから」

 こういった小物で庶民はおしゃれを楽しむのだという。

「薫さんと、桐子さんにも半襟を。弥生さんにはストールを、母には肩掛けを編みました。でも、男の方への贈り物がなかなかこれというのが思い浮かばなくて」

 鈴の弟の一太郎にも、義父になる修雅にも、よくしてくれる山縣にも、もちろん想い人将臣にも。

「私にもくださるんですか?」

「・・・・・・あまり期待しないでください。本当に」

 恥ずかしそうにうつむいてしまった紫子。その赤い髪に思わず手を伸ばす。

 つややかな赤い髪が、柔らかく手のひらをくすぐる。

 驚いたようにまたたかれる飴色の瞳。その澄んだ色。

 その向こうに透けて見える、憂い。

 ――――――さびしそうな、色。

 問いたいのをぐっとこらえ、飲み込む。なぜか、今は聞かない方が良い気がした。

「もう、そんな時期なのですね。年の瀬だというのに、この頃なにかと忙しなくて、忘れていました」

「はい、そうですね。もう新年まで間がありません」

 急がなくては。そう言って。

 実は、将臣以外の人々に贈るものはだいたい決めてあるのだ。

 一太郎には、その小さな手にあかぎれなど作らないように手袋を。

 修雅には病床のなぐさめとなるような、小さな縮緬の下げ飾りを。

 山縣には、襟巻などどうだろうか。


 けれど、将臣だけが何を贈っていいのか決めかねている。


 本人に告げるわけにはいかず、紫子は曖昧に微笑んだ。

「あぁ、アロイスさま見てください。また、雪が」

 ふわりふわりと、羽のように舞い落ちる雪が先日から降り続いて、帝都中をましろに染めていた。東郷家の庭も、みごとに雪化粧をしている。

 こんもりと、綿帽子をかぶせたように葉に雪をのせた枝から、一輪ぽとりと赤い椿が落ちた。

 一面の雪に、真紅の一輪だけの椿。それは美しいがどこか、寂しかった。

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