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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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縁は異なもの味なもの *矢玉

とりあえず場を座敷に移し、改めて挨拶をする。

「ご無沙汰しており申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる少女に、成篤叔父は快活に笑った。

「いやいや元気そうで何よりだ。えーと、紫子さんだったか?」

 ふとあることに気が付き、紫子の息は束の間止まった。

 この方と最初に会った際に自分は“逢崎紫子”と名乗っていた。今更ながらそれを思い出す。

 紫子の不安げな眼差しを受け、将臣は心配そうに言った。

「紫子さん、どうしたんです?」

「あの、アロイスさま。私の身の上の本当の事をこの方にお伝えしてもよろしいでしょうか?」

 できれば、このように親しい親類となる人に。それもここまでこの青年と気のおけない仲である身内に嘘は言いたくない。

「かまいません。というより、そんなに気になさらなくてもいいですよ。いちいち私に相談などしなくても」

「いえ、アロイスさまの評判に障ったりしたら私が自分を許せなくなります」

 そんなやりとりを茶菓子の饅頭をほおばりながらまじまじと見ていた男は、口の端を上げにやにやと笑う。

「何だかもうすでに夫婦だなぁお二人さん。もういっそ今日にでも籍、入れてくるか? 将臣のこんな顔、俺は初めて見たぞ!!」

 何故だかその発言に、心底嫌そうな眼で毛虫でも見るように青年がその青灰の瞳を光らせるのを不思議に思いながら、紫子は緊張した面持ちで口を開く。

「改めてご挨拶申し上げます。私のまことの名は桐生紫子。逢崎ではありません」

 ひどく驚き目を見張る顔にかすかに痛む心を押し殺し、飴色の眼に真剣な色を浮かべる。

「先だってのお見合いの席では、逢崎に言われそう名乗っておりました。偽りを述べ、まことに申し訳ありません。そして私は逢崎の本妻の子ではありません。あの男の子ではあるはずですが・・・・・・母、藤乃は妾でした」

 ふさわしくない嫁といわれ、罵倒される不安を抱えながらも必死に言葉を紡ぐ。

「私がこのとおりの髪の色をしておりましたので、あの男は母と私を捨てました。私も半年前まで顔も知らず、父親は無いものとこの歳まで生きてまいりました。今でもあの男の事は私は父とは思っておりません。私の二親は、産みの母の藤乃と、育ての母の明代だけです。今は元の桐生の姓に戻り、身の上は士族です。この東郷のお家にはふさわしくない身分ではあると思いますが――――――」

 悲痛なまでに真剣な面もちで言葉を紡いでいた紫子を止めたのは、成篤叔父の爆笑だった。それに驚き動作が止まる。

「逢崎のひでぇ言われよう!!!まあ仕方ないよなあの馬鹿なら!!馬鹿だしな!!ぷ、くくくくッ、しかし藤乃さんの娘にここまで言われてやんの」

 文字通り腹を抱えて笑い転げ、畳をばんばん叩く成篤に紫子と将臣の眼が点になる。

「そっかぁ、藤乃さんの娘さんか。そういや顔もどことなく。というかうん、生き写しだな!!うん!」

「あの、母をご存じなのですか?」

「ああ知ってる知ってる。あの堅物の逢崎が心底惚れ込んでたあの綺麗なお嬢さんだろ、今もお元気か?」

「いえ、私の幼い時分に他界しました」

 表情を一瞬でひきしめ、乱雑に頭をかくと潔く頭を下げる。

「悪かったなぁ。無神経なことを言ったな」

「いえそんな!あの、頭をお上げください!」

「それより叔父上、本当に紫子さんの母上とはお会いしたんですか?叔父上の妄想とかではなく?」

「おいおい妄想はねぇだろ!どんな奴だよ俺は!逢崎とはこれでも結構古い仲なんだぜ俺は。いや、しかしなぁあいつ、若いときはあんなに馬鹿じゃなかったのに。今じゃ、な。自分で藤乃さん追い出しておいて自分が一番傷つくとか馬鹿だよなぁそれも救いようもない方の」

 しみじみ語られても正直二人ともあまりの意外な事実についていけない。

 ふと我に返った将臣が尋ねる。

「そういえば、今日の用向きは?」

「ああ、忘れるとこだった。お前の、お前と紫子さんの仲人なんだが俺が引き受け――――――」

「お断りします」

「最後まで言わせろよ・・・・・・」

「みなまで聞く必要すらありません。誰が自分の婚礼の最中に妻になる人を口説きにかかるような仲人を頼みますか」

「いや聞けって。俺がやるって言ったんだけどなぁ、篤康あつやすが『兄上が本家の婚礼の仲人など断じてつとめさせられません』とか言いやがって篤康がやることになった」

 茶をすすりながらのその言葉に将臣は一瞬、青灰の眼を見張ったもののうなずいた。

「妥当ですね。成篤叔父より篤康叔父の方が安心です」

「・・・・・・そんなに嫌か俺の仲人。お前篤康と仲悪い癖に」

「あちらが私を嫌っているだけでしょう。私自身はとくに篤康叔父に思うところなどありませんから」

 ふうんと呟き、成篤は再び茶をすすりそのまま飲み干す。

「つーわけだからお二人さん。近いうちに結納の日にち知らせるから空けといてくれとさ、まああいつ当日もぐちゃぐちゃくだらんことぬかすだろうが気にすんなよ」

「わかっています」

「じゃな、紫子さん今度一緒に飯でも食いながら将臣の昔話でも――――――」

 絶妙な角度で将臣のこぶしが成篤の腹に決まる。悲鳴を呑みこんだ紫子が血相を変えて問いただす前に、地を這うようなおどろおどろしい声が響いた。

「とっとと帰れ」

「・・・・・・うげ、げふぉ。お前、多少は加減しろ、そして年長者は敬え」

「敬うような行動してから言ってください」

 切り捨てるような物言いに、紫子はますます驚き事態が込みこめず柳眉をさげて困惑した。

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