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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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嵐の来訪 *奏嘉

柔らかな陽光が部屋に差し込み、吐息は僅かに白む肌寒い冬の日。


その日はピアノのレッスンの予定も無く、女学校も休日で、紫子は久方ぶりに自分の時間を過ごしていた。


普段は紫子の部屋に入り浸っている薫も、今日に限ってはどうやら外出しているらしくあまりに静かだ。



正午にさしかかろうとしたその時、東郷の屋敷に響いたのは穏やかなその日にはあまりに不似合いな盛大な物音と侍女の一人の甲高い叫び声だった。

私室として用意された部屋にて白い鍵盤へと指を滑らせていた紫子は、その音に飛び上がり手を止める。


慌てて弥生の用意してくれた真新しい薄紅の羽織りをその肩へと羽織ると、その物音のした方角へと部屋を飛び出した。




*********




紫子の目にまず映ったのは、庭へと飛ばされてしまった障子数枚とそこから見え隠れする男の片足らしきもの。

その横、廊下に佇むのは真っ青になり狼狽した若い侍女と見慣れた背の高い青年の後ろ姿だった。




「君、塩を撒いてくれ」





鍛錬をしていたのか紺の道着を身に纏った将臣は、右手に竹刀を持ちながらあまりに平然と侍女へと指示を出している。




「何事です?!」



状況が理解できず将臣へと早足に駆け寄ってきた紫子の姿に、青年は更に盛大に眉を潜めた。

自分に向けられたその表情があまりに珍しく少女はびくりとその足を止めるが、青年は彼女を背に隠すように身を翻す。



状況を問おうと唇を開きかけた紫子より先に、低い男の声が将臣とは違う方向から上がり紫子は視線をそちらへと向けた。




「相変わらず容赦無ェなあ、怪我したらどうする!」




豪快な笑い声と共に障子を退けながら姿を現したのは、見覚えのある初老の男。



――――――それは、いつかの見合いの席にてこの青年の隣に腰掛けていた人物の姿だった。




「……アロイス、さまの…叔父上さま…?」




少女は驚きに声を微かに震わせながらも言葉を紡ぐ。

当時蓄えられていた髭は綺麗さっぱり無くなっており、その顔はあまりに若々しく少女が最初こそ思い出せなかったほどである。


しかしそうだとしても、この惨状と目の前の将臣の只ならぬ威圧感は何だというのか。




「おお、逢崎の!何か雰囲気が変わったか?」



男の軽すぎるほどのその挨拶に、紫子は目を丸くするも慌てて深々と頭を下げた。

仕方が無いといった様子で将臣は男を紫子へときちんと紹介するべく一度咳払いをする。



「……紫子さん、こちらは私が十代のころの後見人で分家の…」



「どうだ俺の見る目が良かっただろ!感謝するならしていいぞ将臣ィ!」



……しかしその紹介の言葉を待たずに喋り出した男は、将臣の背を無遠慮にバシバシと叩き笑って見せた。



「なァにお礼なら今夜…ゴホッ!」



尚も自分のペースで喋り続ける男の腹へと将臣は容赦なく拳を叩き込み、男は咳き込み片膝をつく。




「……分家の、東郷成篤殿です」



それをも気にしないといった様子でつらつらと紹介を続ける将臣の姿に、侍女も紫子も呆然とする。




「どーも…よろしくなぁ」



紹介も終え痛みからも復活したのか、成篤も片手をひらひらと揺らし笑って見せた。

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