「しかし、君」 *奏嘉
「恋は、罪悪ですよ」※正直初版すら出てない時代背景ですがなんちゃってなので(震え声
昼間にも関わらず障子は締め切られ、薄暗い室内。
日の光に背を向けているがために、青年の視界は酷く暗い。
その部屋の中ひとり、机に広げられた真っ白な原稿用紙を前に、未だ僅かにその面影に幼さを残した青年はぼんやりとした表情で項垂れていた。
だらりと膝に置かれた手に無気力に握られたままのペンは、青年の薄紺の着物を青黒く染めている。
(知っていたはずだ)
しかし、自己防衛に違いない。
今更ながらに体裁云々を気にする浅ましい自分は、それを見て見ぬ振りをしてきた。
確かに求めていた。懇願するほどに――――――想像するのさえ、おこがましいと殺してきた、その感情。
例え彼の感情の気まぐれであったとしても、少しなりとも求められたその事実は、本当に心から嬉しかった筈なのだ。
それなのに、この身に残ったのは大きすぎる罪悪感からくる痛みでしかなかった。
(苦しい)
こんな感情を感じたのは、きっと生まれてこのかた初めてに違いない。
絶え間なく体を襲う倦怠感と苦しみ。―――――そして、耐えられず胸を掻き毟るほどのほどの切なさ。
何度も心を落ち着かせようと、死に物狂いで何十枚もの原稿用紙へと意識を向けた。
しかしどれだけ思考を巡らせても、あの美しくも艶かしい『悪魔』の姿を、感触を。
――――――――記さずには、いられないのだ。
青年は突き動かされるように、そのペンを無気力に手放し部屋を出た。
縺れるような足をふらふらと動かせば、先ほど嫌というほど目に焼き付けられたあの美しい世界から逃げるように屋敷を後にする。
その道中珍しく家人には一人として出会わず、すんなりと青年は外界へと歩を進めた。
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常日頃ながら、耳障りなほどにざわつく帝都。
夜会慣れしているが為にその品を感じぬ喧しさに多少苛立ちながらも、「薔薇」は華やか過ぎるほどの微笑を浮かべその街を見回していく。
「薔薇」はその美しい夜露に濡れたような黒髪を彩るためにと、それに見合った髪飾りを探すためにその中を優雅に歩いていた。
その相貌は異名に違わぬほどにあまりに目立ち、辺りの人々を自主的に避けさせていく。
(失礼なこと)
―――――――「薔薇」であろうと決して、それが優越というわけではないのだ。
見慣れた風景、――――その開けた、道の先。
――――――――――辺りとは間逆な反応をした青年が、ふらりと「薔薇」の目の前へと現れた。
その表情は、あまりにも虚ろ。
歩いていることすら不思議に思わせるようなその表情に、「薔薇」は目を丸くした。
(あれは、確か)
そう気付きながらも、一応は初対面ではあるために薔薇はその表情を柔らげる。
「もし」
声をかけてやっと、その青年は薔薇の存在に気が付いたようだった。
丁寧すぎるほどに恭しく謝罪をした青年に、薔薇は微笑みかける。
「失礼ながら、なんだかとても苦しそうね。…見知らぬ私でよろしければ、…貴方の苦しみの捌け口にさせてくださいな」
悪趣味にも感じるその言葉、他人への深すぎる干渉。
戯れのような、泡のように軽やかなその提案。
しかしその言葉にすら甘えてしまうほどに、青年は苦しみ喘いでいた。