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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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赤い蝶と黒い蜘蛛 *矢玉

注◆本編中である人物があぶない発言してますが、けしてそういった思考を肯定するつもりはありませんのであしからず。中将の鉄拳がとぶよ!!

 肩を貸していた男を西洋長椅子(ソファ)に横たえる。その途端、傷に衝撃が走ったのか総一郎は顔を歪めた。

「って」

「自業自得ですよ馬鹿ですかあなたは」

 しかめっ面で睨みつけてくる顔に、勢い良く濡らした手巾を当ててやる。低く呻いてクッションに顔を埋めた主を呆れた眼差しで見やり、少年は考え込んだ。痛み止めをひつようしたほうがいいだろうか。

「歯がぐらぐらしやがる・・・・・・あの軍人、いつか眼にもの見せてやる」

「無理ですよ。中将閣下ですよ?」

「はッ、親の七光りの青二才だろあんなの」

「あなたもね」

「俺はそんなものに頼っちゃいないさ」

 薄ら笑いをうかべる男の顔は悪童のようだ。無邪気で、だからこそ何をしでかすかわからない。

 乳兄弟として共に育った自分だからこそ、この男の“歪み”はよく理解していた。

 綺麗な蝶を、綺麗だからこそその翅をむしるように。気に入った猫だから、それをいたぶり弱るそのさまを愉しむような。そんな無残なことが大好きなのだ、この男は。

 そんな男が、くちの端をゆがめながら、ひらひらと白いものをもてあそんでいる。

 白い、白い、繊細な透かし彫りを施した、真白のカード。

「坊ちゃん、それは・・・・・・」

「そ。あの男があの女に寄越した六鳴館の招待状さ」

「摺ったんですか・・・・・・」

 というか、どこでそんな技術を身につけてくるのか。子爵家の御曹司のくせに。

 干渉すれば面倒なことになることはわかりきっていたため、無視して廊下の女中へ痛み止めと水を用意するように言いつける。

 片手で中を開けば、中からは美麗な飾り文字が。ふわりと香るのは焚き染めた香か。

 犬のように鼻に皺を寄せ、くしゃりと紙に爪がうまる。

 あの男が、気軽に寄越した舞踏会の招待状。あれを手に入れたいと思うものなど、地獄の餓鬼ほどいるのだ。持つものは、持たざるものの餓鬼のごとき妄執、妄念など理解できぬのだろう。

 いかにも誠実そうで、品行方正な何の裏もない青年。

「虫唾がはしるな・・・・・・」

 それにひきかえあの女はよかった。


 ――――――己にぶつけられた言葉に凍る顔、打って変わって身内を罵られた時の火のような怒り。

 気丈な、娘。


「なんで父上はあの女の母親を手放したのかな」

「藤乃さんのことですか?」

「なにお前知ってんの?」

「母から少し話は伺っています。母は、親しかったようですので・・・・・・紫子さまは生き写しだと。よく似ていらっしゃるようです」

「ふうん」


 印象は、そう罅のいった玻璃細工。今にもほろほろと崩れてしまいそうな、そんなさま。


 それが崩れるさまは、きっとぞくぞくする程に美しいだろう。

「あの女に似ているなら、さぞや面白い女だったろうに」

 外道な発言を繰り返す主に、従者は顔を嫌悪に歪め苦言をていす。この人格破綻者と違い、自分は真人間なのだ。

「龍陽主義はどうされたのですか?」

「飽きた。背徳だのたんだの言っているが、あんなものじゃぬるすぎぬ」

 もっとサディスティックでデカダンなほうが心惹かれるのだ、己は。

 喩えば、そう喩えばそう。

 くくく、と喉が鳴る。

 猫のようにその目を丸め、クッションに頭をこすり付ける。

 ――――――異母兄に無理強いされたりすれば、あの顔はどう歪むのだろうか。

「そもそも本当に父上の子かもわからないんだろ?かまやしないさ」

 男のいわんとすることを察した少年はさすがに露骨に顔をしかめた。

「貴方のそういう所が鳥肌がたつ程嫌いです」

「お褒めにあずかり恐縮、と」

 そして瑕物の娘は伯爵家に嫁げず、あのいけすかない将校はあの女を喪うのだ。

「おもしろいなぁ」

 悪童のような満面の笑みで、総一郎は猫のように眼を細めた。





 さて、赤い蝶を捕えるのは、誠実か狂気か。いかに。



***


◆上に出てきた『龍陽主義』ですがあれです。今で言う、びーえるです。男色です。

おさっしください

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