07、あひひゃわ、ひゃうぇ、ヒック
向き合って座った。片方は正座で俯いて、もう片方は女子の制服を着たまま胡坐をかいて。
「整理すると、秋川に柊あんじぇらという恋人が居て、僕が着ているこの制服は柊って子のもので、柊さんが消えたことを、江夏と秋川しか憶えてないってことか? そんでもって、一生幸せになれない呪いなんてもんをかけられたと」
「あ、ああ」
「だからって、江夏と駆け落ちする理由にはならんだろう。江夏の親のこととか考えろよ。行方不明になったってんで大騒ぎだったんだから」
「あ……」
「まったく、しっかりしろよな。恥ずかしくないのか。見たところ聞いたところによると、江夏の稼ぎで食ってるんだろ。状況だけ見たら、今の秋川は、放し飼いにされてる犬だぞ」
「お、お前に何がわかるんだよ!」
「うーん、あんまりわからないけどな。もしよかったら紹介しようか?」
「紹介? 何を」
「占い師」
「何で」
「秋川に、本当に幸せになれない呪いなんてものが掛かってるのかどうか。僕としては、秋川が勝手に呪われてると思い込んでいるだけだと思うけどね。とにかく有名な占い師に見てもらえば大きな気休めくらいにはなるんじゃないかな」
「あてに、なんねぇだろ」
「かもね。でも……」
そう言って、春木は自分の名刺を取り出し、余白に占い師の名前と電話番号と住所を書いた。
「秋川、よかったら、ここに行ってみてくれ」
春木は身を乗り出し、名刺を四角いテーブル上で滑らせ、秋川の目の前に置いて胡坐の姿勢に戻った。
秋川は名刺に手を伸ばそうとしたのだが、そんなときだった。
ガシャンと植木鉢を倒すような音が響いたかと思ったら、聞き覚えのある声が響いた。かと思えば、今度は遠くの扉を叩く音がする。
午前一時台の真夜中であり、明らかに近所迷惑級の騒ぎようであった。
「たしゅけれ、あきかわー!」
畳の上の二人は、顔を見合わせた。
そして二人が立ち上がった時、玄関の扉がコンコンと優しく叩かれた。
「は、はーい」
秋川はノックに返事して、すぐに扉を開けると、男の人に肩を抱かれた赤い服の女が居た。
「あ、こんにちは。隣の大島です。なんか、べろんべろんになって、間違ってうちの扉叩いたみたいだから」
「わ、す、すみません。こんな夜中に」
ぺこぺこと頭を下げて、酔っ払いを受け取る。
酔っ払い女は、秋川の姿を認めるや否や、彼に抱きついた。
送り届けてくれた大島さんは、深夜で明らかに迷惑だったにも関わらず、嫌な顔ひとつせずに、「それじゃあ」と言い残して去っていく。
「あ、ありがとうございました。すみません、夜遅くに」
「うん、それじゃ」
そして扉は閉じられた。
「ど、どうしたんだよ、江夏」
秋川は、江夏の頭を撫でる。
「あひゅ、あひひゃわ……ひゃうぇ……ヒック」
言葉になってなかったし、しゃっくりしていた。
「ていうか、いつもは朝帰りなのに、今日は早いな」
「……なんっれ! あー……なんらっけっけ」
「大丈夫か? 顔赤いし、すっげー酒くさいけど。どんだけ飲んだの」
「ふふーん。いっぱウィ、ヒック……」
「何世代か前の酔っ払いオッサンみたいになってんぞ。何でこんなに、酒なんか……」
その時、奥の部屋に居た女子の制服を着た不審な男が歩み寄ってきて、
「お前が何もしてくれないから、ストレス溜まったんじゃねーの?」
「何も……って……」
すると春木は、真顔で言うのだ。
「えろいことに決まってんだろ」
「ばっ、俺と江夏は、そんなんじゃ……」
「ん、お前それ、マジで言ってるのか?」
「え……」
「江夏の気持ちも、考えてやれ」
格好よくそう言い残して、制服姿の男は去ってゆく。
扉が、バタンと閉まる音。
「ちょ、ちょっとまて、春木!」
江夏なつみを部屋に置き去りにして、春木を追いかける。
アパートを出ると、裏に駐車場がある。春木は、自分の車に向かって歩みを進めていた。
「春木ぃ! まてよ!」
「おわ、何で追ってくるんだよ。江夏のそばに居てやれよ」
追いついて、声を掛ける。
「制服、かえせよ!」
「うわ、しまった! こんな格好じゃ帰れない!」
ふと秋川が、自室を見上げると、明かりのついた窓を全開にして、指差して「あはっはははははは!」とまたしても近所迷惑レベルの笑い声を撒き散らしている女が居た。
「やっぱ、笑い上戸なのな」
「みたいだね。でも、あんな江夏、初めて見るよ」
「なあ、秋川」
「うん?」
「秋川は、江夏のこと、好きか?」
「……ああ、好きだよ」