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6、コンゼツ根絶計画  作者: 黒十二色
第一章 いじめ根絶計画
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06、深夜の訪問

「悪いな、こんな時間に。仕事終わってから来たもんだから、こんな時間になっちゃって。しかもちょい道に迷ったからな」

 部屋には、二人の男が居た。片方は正座し、もう片方は胡坐をかいている。

 畳の上に正座する秋川あきひとは困惑していた。深夜一時に突然高校時代の友人、春木すばるが訪ねて来たからだ。

 正座した男の記憶によれば、秋川が遅刻を繰り返したせいで、友人が部長を務めていた卓球部は無期限活動休止に追い込まれた。そういったところで、正座している方は普段にもまして小さくなっている。とても自分の暮らす家に居るとは思えないほどに。

 それでも、静かすぎるのも気まずいと思い、秋川が声を出す。

「ご、ごめんなさい」

 いきなり頭を下げた。

「ん? 何だよ、いきなり。何に対して謝ったんだ?」

「い、いろいろ。遅刻、しちゃって」

「そんな遥か昔のこと、もうどうでもいいっての。それよりもお前、その制服……」

 友人の春木が視線を送っていたのは、高校時代の女子の制服だった。江夏なつみのものにしては、少々大きいように思える。

 これは、秋川のために、江夏なつみがわざわざ秋川から家の鍵を預かって、こそ泥のように誰も居ない秋川家に忍び込んで持ち去って来たものであった。

 つまりは、柊あんじぇらの制服さえあれば秋川が更生して人間に戻れて、万事うまくおさまると秋川の同居人は考えたけれど、全然上手く行かなかったということである。

 桜並木の下を自転車で二人乗りをして明日を目指そうと心に決めた秋川だったが、あるとき、ふと気付いてしまった。何気なくテレビを見ていて、アメリカの地図が出て来た時だ。

 ニューヨークは、テキサスには無かった。

 桜並木の下で、江夏なつみは、自転車の後部から焦ったような震えた声で、「あんじぇらはニューヨーク州のテキサスに行ってしまった」などと言ったのだが、そんな優しい嘘がすぐバレて、脆弱な秋川はふさぎ込んでしまった。

 そういったわけで、仕方ないと肩を落とした江夏なつみは水商売に走り、秋川の家にも侵入し、一縷の望みに賭けるように制服も取って来て、「ほら、あんじぇらのだよ」と語りかけた。

 それ以後、秋川はその制服を見つめながら「あんじぇら……」と呟くのが仕事かのようになっていた。

 腐ったヒモ生活。

 無理も無いのかもしれない。あの冬の日、目の前で、恋する人が消えてしまったのだから。それも自らの遅刻が原因で。

 さて、春木は、そのあんじぇらの制服を指差したのだが、秋川は俯いたままだったので、それに気付かなかった。

「おい、きいてんのか、秋川」

「ひぃ、ごめん……」

 何故だか泣きそうになっていた。

 さほど汚い格好というわけでもなく、それなりに良い服も着ているし、栄養が足りてないようにも見えない。

「別に、もう何も怒ってないって言ってるだろ。昔のことだ、高校なんて。そりゃ、あの時は一緒に旅行ツアーに飛行機で行くってのに秋川が遅刻して行けなかったんだから、愛想つかした僕の判断は間違ってないと自信を持っていえるけれど」

「え、卓球部は……?」

「卓球部? ああ、たしか二年のときに何かの不祥事とかで廃部になっちゃったんだよな。残念だった。ていうか、何でいきなり卓球部出てきた?」

「え……いや……」

 秋川と春木とでは、記憶が違っていた。秋川は、自分が遅刻したせいで色々と悲しいことが起きて、春木との仲が悪くなったと思っていて、春木は一緒に旅行に行くことにしていたのに遅刻が原因で行けなくなったことで仲が悪くなったと思っていた。

「でも、まぁ、そればっかりが原因ってわけでもないだろうけれど、僕こそ謝らないといけないね。あの時は、ごめん。僕にも我慢が足りなかった」

「そんなこと……」

「ま、とにかく、お互いに落ち度があったってことで、そんなにお前が謝りまくるようなことじゃないよ」

「…………」

 再び流れた沈黙。

 秋川はものすごく重たい空気に感じてしまって、かつて仲違いした友人との再会にビビリ通しだった。それはもう、緊張でトイレに行きたくなるほどに。

「すまん、と、トイレに……」

「お、ああ」

 秋川はトイレに消えた。

 置いていかれ、暇になった春木は、懐から取り出したタバコをくわえた。が、すぐに何か思いついた顔で口からタバコを離し、机の上に無造作に置く。

 おもむろに立ち上がった春木すばるは、服を脱ぎ始めた。そして、あろうことか、押入れの前に掛けてあった制服に袖を通した。

 ぴっちぴちだった。かなりきつかった。

 春木は、首を捻りつつ、ううむと唸る。

 そんなタイミングで、秋川がトイレを出て来た。

「おう、秋川。この制服、江夏のサイズじゃねぇな。さては、『ぶかぶか制服プレイ』にでも興じてたのか?」

「な、何してんだ!」

 秋川は怒った。

 その制服は、あんじぇらのもの。秋川にとって、とても大事なもの。他人が勝手に着ていいものではない。まして男が。

 狭い部屋、拳を握って駆け出した。

 畳に裸足の跡がつくくらいに、強く踏み込んだ。

 しかし拳は空を切った。

 元卓球部部長の春木は、フットワークを生かして回避したのだ。スカートがひらりと揺れる。トランクスがのぞく。

 勢い余った秋川は、押入れ下段に突っ込んだ。

 衣服の入ったケースに頭を直撃し、プラスチックケースの方にヒビが入る。

 うぅ、と呻きながらも、また立ち上がり、獣のようにフゥフゥと息を吐いて、攻撃性を失っていない。

「落ち着け、秋川、何があったんだ」

「うるせぇよ……何も、憶えてないくせに」

「ん?」

「あんじぇらのことなんか、何も……」

「江夏がどうかしたか?」

「そっちじゃねぇよぉ!」

 殴りかかったが、春木はしっかりと受け止めた。

「説明しろ、バカ」



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