04、時田まこと現る
赤い服のアンジェラが、「ありがとね。また来てね、春木くん」と言いながら店の出入り口の扉まで見送りに出た。街へと消えていく背中を見つめながら一つ息を吐いて踵を返した時、アンジェラは脳裏にバチッと電流が走ったような感覚に襲われ、僅かに体を弾ませた。
「この感じは……時田まこと……」
それは、以前にも感じたことがあった。
忘れもしない、卒業式の日の感覚。
時田まことによって柊あんじぇらが消され、誰からの記憶も居なくなってしまった。秋川あきひとが遠くの町に逃げ出したことも、江夏ですら忘れていた。この感覚は柊あんじぇらが残していたアイテムに触れることで、柊あんじぇらに関わる全てのことを思い出した時の感覚に似ていた。
つまりは、また、時田まことか、あるいは時田まことのような存在が近くに居るということである。
アンジェラの勘は当たっていて、確かに時田まことは彼女の近くで様子を伺っていた。
アンジェラは、ネオンの煌きを見上げながら、気配の出所を探る。
しかし、どこに居るのか、さっぱりわからなかった。それでも、時田まことが近くに居るに違いないと踏んで、呼びかける。
「いるんでしょ。出てきなよ」
すると、人混みの中から、以前と変わらない姿の時田まことが歩み出て来た。
時田まことは、俯いて、何も言わなかった。
アンジェラは、さほど身長が高くない。むしろ小さい方。いじめ首謀者のナンバーワン女と並ぶと、まるで娘と親のように見えてしまうくらいだ。しかし、この時田まことは、そのアンジェラよりもさらに頭一つ分くらい小さい。
なお、アンジェラが、江夏なつみではなくアンジェラとして時田まことと対峙するのは、これが初ではない。
ダンボール小屋の中で料金滞納のクズに酷いことをされかけた時以来である。
その時のアンジェラは裸足のままアスファルトの上に立っていた。現れた時田まことが一方的に何度も謝罪して、アンジェラは何の言葉を返すことなくただ涙を拭っているだけだった。
だから、実は直接会話するという意味では高校時代以来、ずいぶん久しぶりのことだ。
「久しぶりね、時田まこと。何の用? またあたしたちの邪魔をしようっての? あんたが出てくる前後には、いつも良くないことばかり。死神みたいよね」
しかし、制服少女は無言を返した。
「何か、話があって出て来たんでしょ。ほら、言いなさいよ。『話が早いですぅ』とか言って本題に入りなさいよ。こっちは仕事で忙しいんだから」
すると、少しの沈黙の後、時田まことは口を開いた。
「江夏さん。そのお仕事、やめてくれませんか?」
昔と変わらない、可愛らしい高い声だった。
「は?」
「ですから、今やってるお仕事を、やめて欲しいんです」
「何? 何言ってるの? またあたしの邪魔をするの? 何が目的?」
「いえ……その……」
「歯切れ悪いわね。何よ。言ってみなさい。ほら、言いなさいよ」
すると意を決して、時田まことは叫んだ。
「私は、あなたに幸せになってほしいです!」
繁華街に響き渡った。しかし、アンジェラの心には響かない。
「なんの嫌味よ!」
つかつかとアスファルトをヒールが叩き、手と頬がぶつかり、乾いた音。
「ごめん……なさいです」
殴られた方が謝った。
通行人は、「おーこわ」「女の戦いだわ」「あらやだ、片方高校生じゃないの」といったヒソヒソ話をしていたが、そんなものを気にすることなくアンジェラは言う。
「もう二度と出てこないで。あたしと秋川の邪魔しないでよ!」
時田まことは答えず、俯いたままスゥっと闇に溶けて消えた。