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therapy-3

 自分を迎えに行ったとすれば、彼はあそこに行くにちがいない。

 ――そう考えたユファは、自分が乗ったコロニー発のシャトルが最初にエンジェル・フィールドに着いた場所を目指した。

 が、それが目指した「つもり」だったことにユファは気がついた。いつの間にか、見たこともない景色の中を歩いていたのだった。コロニーから来た時は地図任せだったので、道そのものをよく覚えていなかったのだろう。地図を持っていない今では、これ以上行く道も戻る道も判らなくなっていた。

「……どうしよう」

 動き回るといっそうやっかいなことになると感じたユファは、とりあえず立ち止まってみることにした。

 すると、運の良いことに、こちらへ向かって歩いて来る人影が見えた。その人に道を訊こうとユファは心を決める。

 最初になんと話しかけるための言葉を用意しようとして、ユファは、ふと考えこんでしまった。いちばん知りたいのは自分を捜している少年がいる場所なのだが、そんな訊き方は、できない。相手が知っているはずがないのだから。

 「港」への行き方を訊けばいいと考えついて、また困ってしまった。確か地球では、「港」という言い方では通じないのだ。地球では別の言い方があったような気がしたが、今はコロニーでの言い方しか思いつかない。

 焦っていると人はどんどん近づいてくる。

 近づいてきたのはユファと同じ14、5歳の年格好の少年だった。色褪せてはいるが、よれていないジーンズ、太陽を照り返して眩しい白い半袖のTシャツ。強烈な夏の光の中で少年は、すべてが空気にとけてしまったような透明な感じがした。実際、少年は顔形や服装、まとっている気配、すべてにわたって嫌みやクセがなかった。悪く言えば個性がないのだ。

 言いよどんでいるうちに少年はすれちがっていく。自分のふがいなさにユファがため息をつきかけた、その時だった。

「あの、余計なお世話なのかもしれないけど」

 後ろから思わず声をかけられ、ユファは振り向いた。少年が右手の人差し指を立てて言う。

「そんな所に立ちっぱなしでいると、日射病になるよ」

 少年は空を指差したのだった。

 ユファは視線を空に向けた。そこには細く白い真昼の月が浮かんでいる。夜はあれほど存在感のある月も、太陽と同じ空では注意して見ないと雲にまぎれてしまう。

 月からさらに目を上げたところ、ほぼ真上に太陽はあった。視線をカラータイルが敷きつめられた地面に落とせば、影は短く足許にわずかにわだかまっている。

「確かにあなたの言うとおりね」

「だったら、そこ」

 そう言って少年が目配せした所には、日よけにうってつけの葉をいっぱいに繁らせた枝を広げる街路樹があった。ユファは少年の言うことを受け入れ、そちらに体を向けかけた。

「その前に、聞きたいんだけど」

 少年がユファを呼び止めた。

「なんでしょう?」

 ユファが問い返す。少年はいかにも言いづらそうに視線を一度、地面に落とすと口を開いた。

「まちがっていたら悪いんだけど、あなたの名前、ユファ・リーっていいません?」

「あ、はい」

 嘘をつく理由もないので、ユファは素直に答えた。すると少年は思いもかけないようなことを言う。

「じゃ、戻りましょう。俺、道、知ってるから」

「え?」

 少年はしかし、聞き返したユファに答えを与えなかった。

「俺、高科たかしなソウっていいます。あ、これを見て」

 ソウと名乗った少年が差し出した彼のてのひらの上で、コインが鈍く光っていた。コインには数字の10が刻まれている。昔は色々な人の手を渡っていただろう。が、クレジットと呼ばれる電子マネーが流通する今では、何の役にも立たない古道具だ。

 ソウはユファの瞳をのぞきこみながら楽しげに言う。

「こっちが裏、こっちが表。……じゃ、それっ」

 コインはハープの弦を弾いたような澄んだ音を立て、空中で回転しながら弧を描き、ソウの右の手の甲に落ちた。と、同時に右手の主が左手でコインを素早くおおう。

 ユファの前に、ソウはそのまま腕を突き出した。

「表か、裏か」

 ソウの面白がっている気持ちがユファにも伝染してきていた。ユファはソウの仕掛けてきたことに、乗ろうと思ったのだ。

「裏」

 ユファはソウの問いに間を置くことなく答える。

 おそるおそる左手を持ち上げるソウ。手の甲と手のひらの隙間から、コインの、10の文字を刻んだ面が見えた。

「あ、裏だ。ユファの勝ちだ」

「みたいね」

 先に歩き始めたソウに肩を並べるため、跳ねるように小走りをして追いついたユファはどこか嬉しそうだった。コインの勝負に勝ったからではない。そもそも、ユファは今のコイン投げに勝ち負けがあったことも知らなかったのだから。

 ユファはソウが楽しそうに話すのを見ていて、なんとなく嬉しくなったのだ。

 それでも訊かなければならないこと――例えば、どうしてソウが自分の名前を知っているのか――は訊いておかなければならない。しかしユファが質問を口にするよりも早く、まず、ソウの口が開いてしまった。

「さて、ここに部屋が二つあります。一つの部屋は東向き。朝、眩しい朝日が入ってきて気持ちよく目が覚めます。もう一つの部屋は西向き。夕日が見られます。どっちがいい?」

 何気ない質問の答えから、その人の深層意識を探るゲームがある。ユファはソウの問いをそんなものだと思った。そういうものはユファは好きではなかった。

 心の奥に秘めたことを人前にひきずりだされるのはいい気持ちがしないし、第一、不意打ちみたいでアンフェアだから。――そう思いながら、周りの雰囲気は意に介さず答えることを拒絶するのが今までのユファだった。

 しかし、今は違っていた。

 ソウがあまりにも楽しそうなのだ。その楽しそうなソウに合わせてみたいと思う気持ちの方が、ユファの心をいつもとはちがう向きに動かした。

「東向きの部屋」

「じゃ、決まった。ユファは東向きの部屋、俺は西向きの部屋ね」

 まるでこれから同じ家で暮らすような口ぶり、そう思って初めてユファは気づいた。

「あ、そっか」

「何が?」

 ソウにはユファの言ったことが意外だったらしい。きょとんとした顔をユファに向ける。

「ソウがあたしを捜している、今日からフォウス・リーフに住む人でしょ?」

 そう考えれば、自分の名前や帰り道を知っているわけも、部屋を決めたわけも判る。ソウはというと、あいかわらずきょとんとしたままだ。

「……言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

 ソウはユファの顔から視線をはずした。頬が赤くなってくる。

「ごめん。話、合わせてくれてたんだ……」

「ううん、無理に話を合わせたんじゃないの。なんか、ソウの勢いに押されちゃった」

「今度から気をつけるよ」

 本当にごめん、という言葉をフォウス・リーフに着くまで何回聞かされただろう。ソウがあまり謝るので、いつしかユファはとりつくろうのではなく、心の底からこう言っていた。

「そんな気にしないで。あたし、本当に楽しかったんだから」

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