白い騎士
改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.4.29)
「最近、野盗の集団が多くなったなあ」
「この間なんて、ベンの店が襲われたらしいぜ」
「サドルんとこも、被害に遭ったんだと」
「立て続けに? 物騒な!」
「国交が盛んになって、国が大きくなったのはいいが、流れ者どもにも目をつけられるのは、ごめんだな!」
「まったくだ!」
「だけど、いい奴も現れたらしいじゃないか」
「ああ、『白い騎士』だろ? 噂では、白い甲冑を着た、まだ若い青年ということらしいが、本当にそんなやつ、いるのか?」
「トールのやつが、アリア通りで、野次馬の人垣が出来てたんで覗いてみると、野盗の集団が骨董品屋を襲っていたらしいんだ。そこに、現れたんだってさ」
「白い騎士がか?」
「そう。白地に金色の模様の入った甲冑姿で、すごい美少年だったらしい。軽い身のこなしで、一気に二、三〇人の野盗どもを、やっつけたそうだ」
「へえ! そんな奴が、このアトレ・シティーにいたとはなぁ!」
「まさに、神が遣わした正義の騎士だって、トールは言ってたぜ」
街の食堂兼酒場の、後ろのテーブルからは、噂話が聞こえていた。
ケインは骨付き肉をたいらげ、木の実酒を一口飲んだ。
(マリスのヤツ、結構有名になっているらしいな)
町外れの鍛冶屋で作り直した甲冑姿で、予告通り、思いっきり暴れているのだろう。ハデに『遊んでいる』せいか、すぐに噂になったらしいと、彼には見当が付いた。
銀色の甲冑のままだった時に、目立たないよう抑えてきた、そのうっぷんを、今ここで晴らしているように思える。
食事が終わったケインは、宿屋へ向かい、マリスが一人で宿泊している部屋を訪ねるが、留守だった。
部屋のドアに寄りかかって、彼女の現れるの待つうちに、剣を抱えて座り込み、うたた寝していた。
ふと、階段を上る足音に気付き、顔を上げる。
「ケイン?」
身体にぴったりとした黒いドレスの女が、そこに現れた。「どうしたの?」
思わず目をこすりながら、ケインが慌てて立ち上がる。
「ちょっと伝言があって。すぐに済ませて帰るから」
夜に、女の子の部屋に上がりこむことを気遣ったケインに対し、マリスは、そんなことはおかまいなしな、好意的な笑みを浮かべる。
「ね、さっき、これ買ったの。一緒に飲まない? あたし一押しのマラスキーノ・ティーよ」
マリスが、紅茶の入った袋を見せた。
武遊浮術を極めた彼女に、怖いものなどないかと、ケインは思い直した。
マリスとヴァルドリューズの宿敵グスタフを倒してからというもの、二人が話をするのは初めてだった。
ケインは、マリスの部屋で、彼女の淹れたマラスキーノ・ティーを、ご馳走になる。
マリスは、露出した肩の上に、白い絹をはおり、黒い薄布を口にくわえると、長い髪を横に持っていき、一本の三つ編みに編んでいった。
その様子を見ていた彼は、ふと不思議に思った。彼女は、こんなに髪が長かったのか、と。
いつも、頭の上の方でとめていて、降りた部分が、ちょうど肩につくくらいの長さだったのだ。本当は、背中を覆うほどもあったのかと、初めて気が付いた。
「今日はよく働いたわ。野盗の集団を三つもやっつけたんだもの。ああ、お茶がおいしいわ!」
くわえていた黒い布で髪を結わいてから、マリスは嬉しそうに紅茶に口をつけた。
「とても、そんな後には見えないけどな」ケインが笑う。
「白い騎士は、青年だと思われてるからーーって、あたしがそう振る舞ってるんだけどね。少年服だと、すぐに正体バレそうだから、こうやって全然違うカッコしてるのよ。おかげで、まだ誰にも気付かれてないわ」
見た目は美しく、近付き難い外見の彼女であったが、砕けた口調と、口ほどに喋る輝く瞳が、人好きのする印象を与える。
これまでの短い付き合いの中でも、少年服、甲冑姿、前回の白いシンプルなドレス、目の前の黒いドレス……と様々な変装を目にしてきたが、どれもまったく違う雰囲気であるのに、不思議と、彼女の魅力を損なうことはなかった。
いろいろな表情を持つ彼女の、またひとつ違うタイプの変身に、ケインは脱帽し、感心してもいた。
「それで、伝言て、何なの?」
「ああ。アイリス王女が、『白い騎士』に会いたがってるんだけど、どうだ?」
マリスは、紅茶の入った器を手にしたまま、まじまじとケインの顔を覗き込んだ。
「お姫様が? なんで?」
神殿で野盗を捕えてからその後、王女は白い騎士の話ばかりしていた。
『あのような方が、このアストーレにいらしたなんて……! しかも、わたくし、あんなに美しい男の方は、生まれて初めてですわ!』
『わたくしは、武道のことはよくはわかりませんが、おそらく、相当訓練なさったのでしょうね。あの方とケイン様では、どちらがお強いのかしら? ケイン様は、どう思われまして?』
『今どちらにいらっしゃるのかしら……。こんなことを頼めるのは、あなたしかいないの。お願い、もう一度、あのお方に会わせてくださらない?』
などと、こんな調子であることを、ケインが伝えた。
マリスは、マラスキーノの香草を、箱の中から取り出し、熱い湯の入ったツボを傾ける。
充分に色と香りを出してから、ケインの器に注ぎ足し、自分の器にも注いだ。
「なんだか、面倒ねぇ~。さっさと『白い騎士』の正体をバラしちゃえば?」
「あんなに楽しそうにしてるのに、そんなこと、俺に出来るわけないだろ?」
「どうして? 『白い騎士は、殿下の思い描いておられるような者とは違います。ヒマつぶしに、正義の味方ごっこをしている、ただの女戦士なんですよ』って、教えてあげればいいじゃない? そうすれば、もう『白い騎士』には何の興味に抱かなくなるでしょう? それとも、姫の夢を壊したくはないとでもいうの? それって、なんか違うんじゃないの?」
マリスは、椅子の背にもたれかかり、紅茶を口に含んだ。
しばらく考えていたケインが、頷く。
「そうだよな。こういうのって、やさしさとは違うよな。ああ、だけど、本当のこと話したら、王女様、ショックを受けるだろうなぁ」
じっと見ていたマリスが、いたずらっ子のように瞳をきらめかせて、ガラッと口調を変える。
「ケインて、ああいう子がシュミだったの? へー、意外だわ~。でも、なかなかお似合いじゃない?」
「ちっ、違うよ! もー、なんでみんな、俺と王女をくっつけようとするんだか」
頬に赤みが差しているケインを見て、マリスは、ふふふと笑うと、棚から酒のツボを取り出し、二つの杯に注ぐ。一つをケインに渡し、もう一つを手に取った。
「ま、考えとくわ。それも、ケインの仕事なんだったら」
といって、杯に口をつけた。
「お前に雇われてるのに、……悪いな」
「いいの、いいの。適当に稼いでてくれていいって言ったの、あたしなんだから」
マリスは気にも留めていないように、けろっと言った。
「今度、カイルもクレアも呼んで、飲みたいわね。皆といると、士官学校の仲間と、いろいろ暴れた時のことを思い出すわ。ケインみたいに、剣が得意で強かったダンや、クレアみたいな巫女見習いの――今は、もう巫女になったと思うけど、マーガレットって女の子もいたのよ」
「そう言えば、グスタフが、お前のこと『隊長』とかって言ってたよな? 士官学校にまで行ってたのか。ベアトリクスの騎士になるために?」
マリスは、笑った。
「貴族も平民も入り混じっていた学校でね。ベアトリクスは、知っての通り、軍隊に力を入れているから、小さいうちから、その手の学校に行くのが当たり前なのよ。優秀な人材は、貴族だろうと平民だろうと、平等に扱っていたわ、少なくとも、学校内では。もっとも、女の子で通う子は少ないけど、兄達が行っていたから、あたしはそれが当たり前だとも思っていて」
それで、巫女と貴族を両親に持つ、お上品な生まれである彼女が、『イン◯ン野郎!』や『ケツの穴』などという、下品な言葉を知っていたわけだと、ケインは勝手に納得した。
「よく暴れたわー。ダンと一緒に他の子たちを仕切って悪さもしたし……そうそう! 『野盗狩り』もその時に味占めちゃって、未だに続いてるくらいだし」
マリスは、単純にころころと笑っていた。
(きっと、そのダンてヤツが、彼女に悪い影響をもたらしたんだな。責任取れよ、ダン!)
罪悪感の微塵も現れていない彼女の、その笑顔を前にして、ケインは、そんなことを考えた。
「その、野盗狩りしてたのって、いくつくらいの話?」
「そうねえ、士官学校は一三歳で卒業しちゃったから……十歳前後だったかしら」
「そ、そんなときから、賊を相手にしてたのか!?」
「やあね~、集団だから勝てたのよ。あたしひとりじゃ、とてもとても」
彼女は、ころころ笑いながら、手を振ってみせた。
「そんな小さい頃から、賊を苛めて快感を覚えていたとは、恐ろしいヤツだな!」
ケインが、冗談めかして言った。
「そっかぁ、あたし、ケインのことは、なんだか初めて会った気がしないと思っていたけど、それって、ダンに感じが似てたからだわ。見た目は全然違うのに」
マリスが、懐かしそうな顔をした。
「元気で、わんぱく坊主なダンとあたしは、いつも教官を困らせていたわ。野盗だって、軍隊だって、ダンとあたしがいれば、負け知らずだったんだから。ケインも小さい頃は、暴れん坊だったんじゃないの? だからこそ、今は、落ち着いちゃってるとか?」
「お前と一緒にするなよ。俺は、そんな風に、気楽に学校なんか通ってたわけじゃないんだからな。いきなり実戦だったんだ。快感なんか、感じるどころじゃなかったぜ」
わざとしかめっ面をして見せるが、彼女は面白そうに、彼を見ているだけだった。
マリスは、アイリス王女と違って、彼のことは全然怖くないようだった。
どうも、王女の前では、嫌われないよう気を遣い過ぎていたのかも知れないと、ケインは思った。
話す時は笑顔で、言葉遣いにも気を配り、ガサツにならないよう物腰は丁寧に……などと努めていたのは、かなり窮屈であったと、改めて感じられたのだった。
戦士であるマリスの前では、例え彼女が貴族の出であったとしても、対等に話せるーーそれが、雇われる時の条件でもあったのだから、雇い主と雇われ人という関係であっても、気兼ねはしなかった。
唯一、『武遊浮術』の『愛技』さえ、使わないでくれれば――彼は、そう願っていたし、マリスも、初級編を披露してみせて以来は、少なくとも、彼にはそのような素振りはもう見せなかった。
野盗を退治した時の話や、士官学校の話、友達のことなどで、話の尽きることはないかに思われた時、マリスが、ふいに眠気に襲われ、欠伸をした。
「あら、もう寝酒がないわ。や~ね、いつの間に、そんなに飲んじゃったのかしら? そうだ、ケイン、悪いけど、片付けておいてくれない? あたし、もう眠くて眠くて……。はー、さすがに、野盗団三つ撃退の後は疲れたのか、酒の回りが速いみたい」
欠伸混じりにそう言うと、マリスは、床にバタンと、俯せに倒れ込んでしまった。
なんてマイペースなヤツ、と呆れながらも、一応、声をかける。
「そんなところで寝てると、風邪引くぞ」
反応がないので、ケインは、彼女のことはそのまま転がしておき、酒などのツボや杯を元通り、壁際の低い棚の上に戻し、そのまま部屋を去ろうとして、ふと思い出した。
(そういえば、寝る時は、インカの香を炊いてるんだっけ?)
ヴァルドリューズと離れている今、魔道士の使うインカの香を炊いて、結界としているのだと聞いた覚えがある。
「おーい、マリス、インカの香は、どこだ?」
なんとも返事がない。
実は寝た振りをしていて、いきなり襲いかかられ、『愛技』を使われたら……と、一瞬、その考えがよぎると、近付くのは怖かったのだが、そのうち規則正しい寝息が聞こえてきて、どうやら完全に彼女は眠ってしまったらしいとわかる。
「せめて、ベッドで寝ろよな。しかも、靴くらい脱げよ」
肩を揺さぶってみても、起きる気配はない。マリスのブーツを脱がせてから、そうっと抱きかかえ、アイリス王女よりも多少の重さを感じながら、マリスをベッドまで運ぶ。
「……セルフィス……」
ふと、マリスの口から、小さい呟きがこぼれた。
「マリス、起きたのか? インカの香はどこに……?」
彼女の顔を覗き込むが、何の反応もない。
(寝言か……。誰のことだろう? 俺に似てるってヤツの名前は、確かダンって言ってたけど)
『セルフィス』とは、女にも男にも取れる名前だった。
窓の近くの棚を探すと、香炉はすぐに見付かり、引き出しには、香の袋がいくつかある。
香りも、それぞれ違っていて、インカの香なのか、普通の香なのかわからなかった。
炊いていて、結界にならなければ、意味がない。
ヴァルドリューズと彼女は、いつも同じ部屋だった。夜でも、彼が、彼女を『魔』から守るために。
迷っていたケインが、完全に寝入っている彼女の、まったく大人だか子供だかわからないあどけない寝顔を見ているうちに、心は決まった。
マスター・ソードを抱えると、ケインは、彼女の眠るベッドの下に座り込んだ。