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Dragon Sword Saga2『旅の仲間(後編)』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 青天の霹靂
3/19

王女と騎士

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.7)

「大昔に存在した神の遣いであるホワイトドラゴンの化石の一部が、今でもパルストゥール神殿で保管されているのです」


 神殿行きの馬車の中で、アイリス王女がケインに言った。


 侍女兼魔道教師クレアに教わり、初歩的な白魔法を身に付けられた王女が、神殿の祭司長のところへ、洗礼を受けに行くところで、馬車の中には、王女と護衛のケイン、クレアがいる。


 その他の馬車に女官が、外には、ウマに乗った警備の兵がぞろぞろと付き添っていた。


 貴族や神官以外は神殿には入れない。王女とクレア(まだ巫女の証明があったので)、女官たち以外は外で待つのは変わらずである。

 警備兵たちは、ウマに餌をやったり、手入れをしたりして、休んでいた。


 以前は、アイリスの誕生パーティーのために警備の人数を増やしていたので、国の親衛隊までが警備に加わっていたが、誘拐事件の決着が付いてからは、親衛隊は普段通りの訓練に戻り、警備は元通り警備兵のみになっていた。


 正規の騎士たちである親衛隊ならば神殿にも入れたのが、彼らはただの兵士なので、傭兵のケインと同じく、外で待たなければならなかった。


 パルストゥール神殿は、アストーレ郊外のそのまた山奥にある。

 ずっしりとした重みのある石で出来た支柱が支える、円形の建物だ。聖なる青い色の屋根は、日の光を浴びて輝きながら、天に向かって聳えている。


 特に気にも留めていなかった建物の奥の方には青や赤、緑、黄色などのステンドグラスが嵌め込まれていることに、ケインは気が付いた。その辺りが、礼拝堂なのだろうと思った。


「よお、ケイン!」


 いきなり、目の前の何もない空間から、カイルが現れた。


「カイル!?」


 彼の肩には、ミュミュが乗っていた。


「いやあ、ミュミュが神殿見たいっていうからさー、今日は休みで、俺もヒマだったから、連れてきてもらっちゃったんだよ」


「ミュミュも、ヒトひとりくらいなら、運べるの知ってるでしょー?」


 二人は、ヘラヘラ笑っていた。

 ケインは、急いで他の兵士たちを見回したが、幸い誰にも気付かれてはいないようだった。


「何しに来たんだよ? 見付かったら……」

「そのために、警備服の制服で来たんだから、だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 カイルは、ケインと同じく紺色の制服姿だった。


「ミュミュも、見付かったら大騒ぎになるんだから、おとなしく隠れてろよ」


「うん。ミュミュ、神殿に(まつ)ってあるホワイトドラゴンのウロコを見たら、すぐ帰るから、だいじょーぶだよ~」


 そういうと、ミュミュは直ちに神殿の中へと消えていった。


 神聖なる神殿に、ミュミュのような異種族が入っていいものかどうか、ケインの頭をよぎったが、まあ、知ったことではない、と思い直した。


「……で、お前はどうするんだ? 俺たちは入れないんだぞ」


 ケインは、まだヘラヘラしているカイルに言った。


「そうだなー、ミュミュの用が済んだら、アトレ・シティーにでも行って、茶でも飲んで来ようかな~」


 またナンパだな、とケインはすぐさま見当が付いた。


「さっき、ちょっと町に寄ったんだけどさ、『ドーラ産水牛のしゃぶしゃぶの店』ってのがあったから、そっちも行ってみたいしなあ……」


 カイルは、湧き出て来たよだれを、ごくんと飲み込んだ。


 こいつって、スマートな見かけによらず、よく食うんだよな、などとケインが思っていると、カイルが何かを思い出した。


「そう言えば、マリスのヤツはどうしてるんだ?」


「ヴァルの、フェルディナンドでの用が済むまでは、遊んでるって言ってたよ。因縁の宿敵を倒した後だから、ゆっくり羽伸ばしたいのかもな」


「じゃあ、やっぱ、あれはマリスだったんだな」


 カイルが、続けた。


「あいつ、珍しく黒いドレスなんか着て、めかしこんじゃってて、やっぱりイイ女だったんだなー、なんて思ってたら、……驚くなよ、男と一緒だったんだよ」


「マリスが?」


 ケインは、にわかには信じられずに、カイルの顔を不審そうに覗き込んだ。


「それさあ、ほんとにマリスだったのか? お前の見間違いじゃないのか?」


「いいや、俺が一度見た女を、間違えるわけないだろう?」


 ちょっと怪しい気もしたが、ケインは黙って聞いていた。


「あれは、普通の間柄じゃないと見た! すっげーカッコいい男で、マリスのヤツ、腕なんか組んじゃってさ。何だか、親し気だったぜ」


「それ、ちゃんと正面から見たのか? 女はマリスと同じ、紫色の瞳だったのか?」


「いや、後ろ姿だけだからな、そこまでは確認してねぇけど、あれは、絶対マリスだったぜ」


 ケインは、溜め息を付いた。少し、安堵が混じっていたようでもある。


「なんだよ、それじゃあ、マリスかどうかわかんないじゃないか」


 カイルは、ケインの真横に並んだ。その眉間には皺が出来ている。


「お前、マリスが男連れてたら変か?」


「えっ? いや、ただ、ヴァルと一緒にいるのが自然に思えて……」


「ケイン、お前って、つくづく恋愛には疎いヤツだなぁ! 俺にはわかる! あいつが操れるのは、何もロング・ブレードや召喚神だけじゃない。女ならではの武器だって、使いこなせるんだと……!」


 ケインは、呆れてものが言えなかった。

 アストーレに着いたばかりの時には、マリスのことを『お子ちゃま』発言してたくせに、と心の中で言ってみた。


「あの男、この国の人間じゃないような感じだった。あのガタイや身なりからすると、俺たちのような傭兵とは違う、どこかの将校の路線が強い気がするぜ」


「じゃあ、もしかして、ベアトリクスとか、どこか外国の情報でも掴むために、わざとそう振る舞ってるんじゃ……」


 情報のためとはいえ、マリスの操る武道の『愛技』を使っているのだとすると、居ても立ってもいられない思いがした。


 だが、その将校のような男は、必要な情報を聞き出されたら、マリスの言っていたように殴られ、気絶させられるのかも知れない、などとケインは想像すると、クスッと笑いが漏れてしまうのだった。


「お前、まだ信じてねえな!?」


 勘違いしたカイルが、ぶすっとする。


「いや。それで、お前は声をかけなかったのか?」


 カイルは、腕を組んで、ふてくされたように、そっぽを向いた。


「俺よりイケメンかも知れない男となんか、話したくもねえからな」


 ケインは、感心した。ただのナルシストではなく、一応、美的感覚はあったんだな、と。


「ケイン、カイル、大変だよー!」


 血相を抱えたミュミュが、現れた。


「ドラゴンのウロコは見つかんないし、礼拝堂には、なんだかヘンな格好の大きな男たちがいっぱいいて、お姫様もクレアも捕まっちゃってるよー!」


「なんだって!?」

「まさか、賊が入り込んだのか!?」


 貴族しか入ってはいけない掟だが、思わずケインもカイルも駆け出した。


「ドアからは入れないように、『かんぬき』がしてあるよ。だから、ミュミュが運んであげる」


 そう彼女の声がケインの頭に響いたと同時に、彼の身体はふわっと浮き、次の瞬間、目の前には、たくさんの野盗の集団と、取り押さえられている祭司長らしき法衣をまとった老人や、神官、巫女などが現れたのだった。


「うわっ、なんだ、こいつ!? どっから入ってきやがった!?」


 ケインの側にいたモヒカン男が声を上げた。

 どうやら、ケインは、今、礼拝堂の入り口にいるらしかった。

 ミュミュが空間を移動して運んだことなど、皆は知る由もない。


「ケイン!」

「ケイン様!」


 祭壇の奥では、クレアとアイリスが、賊にロープで縛り上げられているところだった。


 賊たちは、以前、王女を誘拐しようとした者たちではなく、全員が上半身に太いバンドを巻き付けた、典型的山賊コスチュームだった。


 誘拐事件は、もう片付いたはずだった。なのに、なぜまた……?

 ケインの思いは、そこにいる誰もの思いも同じであった。


「ミュミュ、カイルたちを呼んで来てくれ」


 彼は、辺りをさっと見回し、背に隠れているミュミュに、小声で伝えた。


「見たところ警備兵のようだな、小僧。どうやって入ったのかは知らないが、ひとりでどうするつもりだ? こっちには、人質だっているんだぜ」


 入口近くにいた賊の数人が、ケインに近づく。


 その時、後ろから走って来る足音が聞こえると、ドアが勢いよく開き、カイルが警備兵たちとなだれ込む。


 捕まっているクレアや王女を認め、カイルが小さく舌打ちするのが、ケインにも聞こえた。


「貴様たち、何者だ!」警備兵の隊長が問いただす。

「王女殿下と祭司長殿方を直ちにお放ししろ!」

「シッ!」


 ケインが隊長を遮ったのは既に遅く、賊たちの顔つきが変わっていった。


「ほう、この小娘は、アストーレの姫さんだったのかい? いいこと聞いたぜ、なあ、野郎ども!」


 賊たちは、「おう!」と意気込んだ。


「伝説のドラゴンのウロコとやらを盗んでトンズラするつもりだったが、王女がいるとわかれば、計画変更だ! アストーレの王に、多額の身の代金を請求してやれるぜ!」


「そうなりゃ、俺たちもしばらくリッチな生活が出来るぜー!」


 野盗たちは、勝手に盛り上がっていた。


「おーっと、警備のおっちゃんたち、そこを動くなよ。ちょっとでも動いたら、あんたらの大事な王女殿下サマとやらに傷がつくぜ」


「へっへっへっ、さあ、武器をこっちに渡してもらおうか」


 賊たちは、段平を手に、にじり寄って来る。

 警備兵たちは、なすすべなく、その場で固まっているしかなかった。


「おお! まさしく、青天の霹靂(へきれき)じゃあ!」祭司長が叫んだ。


「うるせー! じじい!」野盗のひとりが祭司長を蹴り倒す。


「貴様ぁ! 祭司長殿になにをする!」

「やめぬか! 無礼者ども!」


 警備兵たちが、わあわあ叫んでいたが、それ以上は何もできなかった。


「親分、どっちがお姫様なんですかね?」


 ケインたちが武器を取り上げられている間、アイリスとクレアを指差し、小太りの間の抜けた顔をした禿げ頭の男が、体格のいい、首領らしい、特に人相の悪い腕組みをした男に尋ねる。


 男は、ギロッと小男を見下した。


「バカ野郎! 豪華なドレスを着ている方に決まってるじゃねえか! ……いや、待てよ……」


 首領はクレアに近付き、彼女の顎に手をかけると、無理矢理顔を自分の方に向かせた。


「こっちの女官も、よく見るとなかなかの上玉だな。よーし、こっちは後で高く売るとするかぁ!」


「なんだと! てめえ、クレアから手を放せ!」


 カイルが叫ぶが、野盗はゲラゲラ笑うばかりで相手にしない。


「親分、この巫女さんたちも売ってはどうですかね?」


 ネズミのような、逆三角形の顔をした出っ歯の小男が、首領に提案した。


「おお、そうだな。巫女っつったら生娘のはずだ。こりゃあ、高く売れるぞ!」


 どうやら、野盗たちはたいした計画性もなく、その場の思いつきで何事も決めているようだ。

 当初の予定は、化石を盗むことだったようなので、それも仕方なかったのか。


「警備さんたち、ごくろーさん。そういうことで、アストーレ王によろしく」


 首領と、王女たち人質を連れた者と、取り上げた武器を持った連中は、奥の出口から撤退していった。


 それ以外の賊たちは、大きな段平を手に、殺気立った笑いを浮かべ、礼拝堂の中央に追いやられた警備兵たちをに、じりじりと歩み寄っていく。


 ケインは、この時を待っていた。


「ミュミュ、剣を!」


 ケインが叫んだと同時に、彼の目の前に剣が、ぼたっと落ちた。


 礼拝堂に残った賊たちは一瞬驚き、引き退いた。


 ケインが、すぐさま足元に落ちてきた剣を拾う。が、それが自分のマスター・ソードでないことに気が付く。


「ミュミュ、これ、俺のじゃないぞ」

「だ~って、すぐに見付からなかったんだもん!」


 彼女は、ケインの髪の中から、ひょいっと逆さに顔を覗かせた。


 まあ、いいかと、ケインは、正面から一気に、剣を横切りにして、野盗たちの剣を弾いた。


 突然の反撃に面食らった賊たちは、一瞬ひるんだが、すぐに応戦する。


 ミュミュが空間から一本ずつ剣を放り投げていて、それに疑問を持つでもなく、警備兵たちも、どんどん野盗に対抗していく。


 だが、兵士の数は、それほど多くはない。賊の方が二〇人ほど上回っている。

 ケインとカイルが、兵士たちの二、三倍の人数を受け持ったとしても、負傷した者もいて、ますます形勢不利になっていった。


 賊というのは、本来、情け容赦のない連中である。

 前回は、クリミアム王子の雇ったニセモノであり、彼がいいカッコしたかっただけなので、幸いケガ人はでなかったが、今回は本物の賊だった。怪我をした警備兵を二、三人がかりでいたぶり始めている。


 ケインもカイルも、被害を最小限に抑えようと、奮闘する。


「てめえら、どうやって剣を!?」


 出口からは、首領が戻ってきていた。取り上げた武器がなくなっていたので、引き返してきたのだ。


 徐々に出口に近付いていたケインは、相手にしていた賊たちを振り切り、素早く駆け抜け、首領の喉元に剣を突きつけた。


「抵抗をやめろ! さもないと、首領の命はないぞ!」


 首領の太い腕をぐいっと後ろに回し、ケインは彼の後ろから、剣を喉元に当てた。


「ああっ! 親分!」


 騒いでいる賊たちに向かって、ケインはもう一度言う。


「抵抗をやめ、武器を捨てろ!」


 彼に腕を締め付けられ、首領が苦しそうに呻き声を上げた。今まで戦っていた野盗たちが手にしていた武器を、放り投げ始める。


「図に乗るな。武器を捨てるのは、貴様の方だ!」


 そうケインの後ろで声がしたと同時に、彼は、首領の方に掴まり、飛び越え、とっさに首領を盾にしたのだった。


 ばちばちばち……!


「あちぃーっ!」


 皮膚のやける嫌な匂いがし、首領が背を掻きむしりながら飛び上がった。


「くぉら、ギュース! 何すんだ! 俺様に当ててどうする!?」


 首領は、出口の方を向き直った。


「すいやせん、まさか、あの野郎がよけるとは」


 出っ歯の男が、黒い小袋をいくつか手にしながら、ぺこぺこ頭を下げる。


「小僧、親分を放しやがれ! これが見えないか!」


 ケインたちが声のする方を振り返ると、ぞろぞろと、王女やクレア、祭司長らを連れた賊たちが戻って来ていた。


「ケイン、気を付けて! 小袋には魔法の粉が入っているわ! 『炎』や『雷』の術が、呪文を唱えなくても使えるのよ!」


 クレアが叫んだ。


「そういうことだ。親分を放さなければ、この中の誰かに、こいつを浴びせてやってもいいんだぜ? 王女サマや上玉のこのねーちゃんはおいといて、そうだな、巫女のうちの誰かにでも浴びせてやるか!」


 ネズミ似の男は、ひっひっひっと笑いながら、巫女たちを見回した。人質たちが、悲鳴を上げる。


「わかったよ。お前たちの『頭』は、返してやる。だから、人質には何もするな」


 ケインは持っていた剣を放り投げ、『頭』の背中を押した。


 首領は、くるっとケインを振り向くと、にやっと笑い、手を組み合わせてボキボキ鳴らした。


「ありがとうは言わないぜ、ぼうず」


 そう言い終わらないうちに、首領の拳がケインに向かって振り下ろされた。

 それを、ケインは飛んで回避した。


「よけやがったな。だが、今度よけたら、人質に傷がつくことになるぜ」


 首領の合図で、賊が巫女の一人の頬に、短剣をぴたりと当てる。再び悲鳴が上がる。


「わかったら、観念しろ! へっへっへっ……」


 首領は、また手をボキボキと鳴らす。


「てめえだけは許しちゃおかねえ。よりにもよって、俺様を人質にしようとするとは! しかも、さっきは、てめえのせいで炎の粉を浴びせられた!……おお、そうだ、ギュース、炎の粉を持って来い! 俺様と同じ思いを、こいつにも味わわせてやる!」


 首領は、またしても思いつきで決めた。

 ネズミ似小男が、黒い小袋を持って、ヘラヘラ笑いながらやってくる。


「親分、炎の他にも、雷や、凍りつかせる術なんかもあるらしいでっせ」

「ふ~ん、どれどれ」


 盗んだものであるのは、一目瞭然だった。彼らも、あまりよくわかってはいないようで、袋の中身を開けて、中に入っている小瓶を取り出し、瓶に書いてある文字を一生懸命読んでいる。


 ケインは、こんなマヌケなやつらにやられるのは、まっぴらごめんだと思う。


(ミュミュ、まだか、マスター・ソードは……!)


 今、頼りになるのは、彼女だけなのだ。

 だが、まだ彼女が現れる様子もないまま、首領がにんまり笑った。


「決まったぜ。貴様は、炎の刑に処す!」

「結局それかい!?」


 さんざん考慮していた割には、当初の予定でいくことにしたらしい。


「へっへっへっ、よけるなよ!」


 首領の小瓶を掴んだ手が、振り下ろされようとした、その瞬間ーー!


 出口付近にいた賊たちが叫び声を上げ、次々と、噴水のように吹き上がっていく。


「な、なんだ!?」


 ケインもカイルも、警備兵も、残りの夜盗も、呆気に取られて、その光景を見ていた。


「ど、どうしたんだ、てめえら!」


 首領も思わずビクビクしながら、声を上げた。


 波が押し寄せるようにして、後ろの者から前の者へと飛び上がっているのは賊のみで、人質である王女やクレア、祭司長、神官、巫女たちは、すべて無事だった。


 その時、何かが高く、『野盗の噴水』の中から飛び上がってきたと思うと、空中でくるっと回転し、室内の前方にある祭壇の上に、ひらりと舞い降りた。


 それは、真っ白な甲冑に覆われていた。


 鎧の胴の部分には、金色の豪華な細工が巡らされており、きらきらと輝いている。

 剣は腰に下げてはいるが、抜いていない。


 逆光のため、ケインたちからは、顔はよく見えないが、オレンジ色に輝く巻き毛をなびかせ、腕を組んで立っているその者は、ケインよりも小柄な戦士だった。


「て、てめえ、何モンだ!」


 呆然と見つめていた首領は、我に返って喚いた。


「極悪非道を常とする愚かな悪党ども。私は、正義の神が遣わした白い騎士。天に代わって、貴様らを成敗する!」


 そして、人差し指を、首領の頭上に向けた。


「白い騎士? ……あいつは、何でも、最近、アトレ・シティーを襲う賊どもをやっつけているという、あの『白い騎士』じゃ……!」


 ネズミ小男が、怯えた声を出す。


「なにい、ふざけやがって! そんなヤツ、この俺様が……おお、そうだ!」


 首領は、また何か思い付き、いきなり走り出すと、王女を抱え、短剣を突きつけた。またまた女たちの悲鳴が上がる。


「動くんじゃねえ! これが見えねえか!」


 首領が、王女の頬に短剣を、ぴたぴた当てる。


「いやあ! ケイン様ぁー!」


 王女が、ナイフから顔を背け、固く閉じられた瞼からは、ぽろぽろと涙がこぼれた。


「姫!」ケインが叫ぶ。


 白い騎士を名乗る戦士が現れても、状況は変わりなかった。


「はーっはっはっはっ! いくら貴様らが強くとも、こうして姫を人質に取られては、なすすべあるまい! 賊の天敵であるという白い騎士とて、アストーレの王女を見殺しには出来まい!」


 白い騎士は、祭壇から床に舞い降りると、つかつかと首領に近付いていった。


「こ、こら、寄るな! 寄ると姫の命はないと言っておるのに!」


「それがどうした? お前が姫を殺せば、その後私がお前を斬る。それだけのことだ」


 白い騎士の冷淡な口調に、首領の顔色が変わった。


「ハッタリだ! そんなのはハッタリだ! お前だって、アストーレの騎士だろう? 王女が死んで、いいわけねえじゃねえか!」


「私がアストーレの騎士だなんて、誰が決めたんだ?」


 白い騎士は、くすっと笑いをもらした。


 途端に、首領の顔に、はっきりと困惑の色が浮かぶ。それを逃さず、白い騎士は、一気に首領のふところへ飛び込むと、瞬時に抜き放った剣で、首領の短剣を持つ腕を斬りつけた。


 悲鳴を上げながら、首領は剣を落とし、腕を抱えこんだ。


 白い騎士は、素早く王女を抱き寄せると、縄を切り、自分の首に王女の腕を巻き付かせた。

 王女を片腕で抱え、飛び上がると、(うずくま)っている首領の首に、着地と同時に蹴りを入れた。


 首領は、悲鳴も上げずに、失神した。


「お、親分が……!」

「そんな! 親分が、やられた……!」


 賊どもは、逃げ腰になり、礼拝堂の中を逃げ回り始めるが、警備兵たちが追いかけ、縛り上げていく。


 ケインとカイル、警備の隊長たちは、急いで祭司長たちの救出に向かう。

 白い騎士の登場により、賊は殆ど倒されていたので、人質の縄をほどくだけでよかった。


「クレア、大丈夫だったか?」


 縄を解きながら、ケインが言った。

 その様子を見ながら、カイルも、巫女たちの縄を解き、ホッとした表情になる。


「ええ。ごめんなさい、ケイン。私、せっかく剣を教えてもらってるのに、全然役に立たなくて」


「何言ってるんだ、まだ始めたばかりなんだし、実戦を積んでるわけじゃないんだから、そうすぐには使えるようにはならないよ。ましてや、相手は手加減を知らない賊だったんだから。クレアはよく頑張ったよ」


 ケインが微笑んで、クレアの肩に手を置くと、安心し、緊張が解けたクレアの目が、涙ぐむ。


「それにしても、ハデにやらかしたな、白い騎士(あいつ)


 カイルが、あごで指した方には、白目をむいた野盗たちが、様々な格好で倒れていた。

 死んではいないが、その様は、不気味であり、滑稽(こっけい)でもある。


「これと似たような光景、なんだか見覚えないか?」

「え、ええ……なんとなく……」


 ケインとクレアが、礼拝堂の惨事を見つめている目の前に、白い甲冑を着た戦士が、アイリス王女を抱いて、舞い降りた。

 王女を抱いたままで、飛び回り、賊を蹴散らしてきたのだ。


「殿下!」


 ケインとクレアが駆け寄り、白い騎士を見て、ハッと息を飲んだ。


 オレンジ色に輝く巻き毛を風になびかせ、その白い(おもて)には、キリッとした眉に、バイオレットの瞳、高く筋の通った鼻、少し微笑んだ口元が、バランスよく配置されている。


 戦士は、姫を降ろすと、ケインに押し付けるようにして引き渡し、踵を返し、出口へと向かっていった。


「あ、あの、あなたは? あなたのお名前は……?」


 王女は、その軽い身体をケインに預けたまま、栗色の大きな瞳は、白い姿に釘付けとなっていた。


 戦士は、足を止めた。


「正義の白い騎士、マリユス・ミラー」


 振り返りもせずにそう告げると、『彼』は、ひらりと白いマントを翻して、出て行った。


「殿下、お怪我はございませんでしたか?」


 気を取り直して、ケインは、腕の中の王女を覗き込んだ。


 アイリスは、白い騎士が去った後を目で追い、ボーッと出口を見つめていた。


「……なんて素敵な方……」


 その言葉は、ほとんど無意識のうちに、アイリスの唇から漏れていた。


 ケインとクレアは、唖然となった。


「ひえー、こりゃあ、ケインの立場ねえじゃん」


 ミュミュとカイルのコソコソ話が、ケインの後ろから聞こえてくる。


 王女の視線は、いつまでも白い騎士を追い求めていた。


(スマートで、ハンサムで頼もしい――確かに、白い騎士は、それに当てはまっている。だけど……)


 ケインは、がくっと肩を落として、カイルを恨めし気に見る。


「お前ー、何が『町で見掛けた』だよ。ここにいたじゃないか」


「あ、ああ、そうみたいだな」


 カイルが、えへへと笑う。


「何が、マリユス・ミラーだ。こんなことって、あるか? ……あいつは、……あいつは、『マリス』じゃないか……!」


 ケインの頭の中では、ゴールドランドがどんどん遠のいていく……。


 傭兵上がりの、未来のアストーレ王誕生どころか、ヒーローの座まで奪われた。


 祭司長の叫んだ『青天の霹靂』――まさしく、それは、ケインにとって、それ以外のなにものでもなかった。


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