最強の魔道士
改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.6.26)
その後も、『取り締まり』は続く。
クレアは、ケインを危険に追い込んだことで、落ち込んでしまい、魔力を貯めておく意味でも戦いには参加せず、ダミアスと傍観していた。
ケインもマリスも、クレアには悪く思ったが、その方が速く片付くとも思っていた。
事実、緑のカエル魔道士ドゥグや、木の魔道士バヤジッドなどがまともに思えてくるほど、その後出逢った魔道士たちは、魔物化しているものが多かったのだ。
始めのうちは、話し合おうとしていたダミアスも、次々目にするのが、話しかけるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、知性のかけらも感じさせない化け物ばかりであり、六軒目にマリスがいきなり斬りつけてからは、もう何も言わなくなっていた。
「そろそろお昼にしましょう」
十数軒制圧した後で、マリスが言い出した。
不気味なものばかり見た後で、よく食欲が湧くなぁと思ったケインも、言われてみれば、腹が減っていることに気が付いた。
彼らは、ダミアスに案内され、紅通りのメイン大通りへと向かった。
「よお!」
食堂に入ると、カイルがひとりで大人数用の丸テーブルについていた。
「食事は、いつもここで摂ってるって、ヴァルに聞いたからさ」
カイルは、昨夜のことなどなかったかのように、にこにこと笑っていた。
食事が運ばれて来ると、よほど腹が減っていたのか、ケインは、がっついていた。
マリスも同じであったのか、二人は無言で食事をかっ込んでいた。
「おお、いい食べっぷりだなぁ! よっぽど働いたんだな、お前ら! クレアは? 腹減ってないのか?」
カイルは何気なく言ったに過ぎなかったが、クレアのスプーンを持つ手がピタッと止まり、その瞳は、みるみる瞳が潤んでいく。
「ん? どうした? あ、わかった! さては、魔法うまくいかなかったんだろう? ケガする前にやめといた方がいいんじゃないの? クレアは、かわいいんだからさ、何も戦いの中に自分から飛び込んでいかなくたって、好きな男と結婚して、幸せな家庭を築いていけばいいじゃないか。
いくら、ケインが援護するって言ったって、限度ってモンがあるんだからさ、危ないことはあんまりしない方がいいんじゃないの?」
クレアの食事の手が、完全に止まる。
「どうせ、私は、向いてないわよ!」
黒い、大きな瞳からは、大粒の涙が零れ始めると、両手で顔を覆い、いきなり席を立ち、走り去って行った。
「なっ、なんだ? どうしたんだ?」
カイルが動揺して、ケインたちを見回す。
「カイル、お前って、時々カンが鋭いよな」
食べながらケインが言った。
「ケイン、追いかけて」
マリスが、やはり食べながら、彼を見もせずに言った。
「えっ?」
「早く!」
まだ食べている最中であったケインは、名残惜しそうに、残りの食事を見つめてから、仕方なく、店のドアに向かって駆け出した。
「クレア!」
彼女には、すぐに追いついた。
「放して、ケイン!」
クレアは、彼の掴んだ手を振り払おうとする。
「まあっ、痴話喧嘩だわ!」
出入り口付近の客たちが、二人の様子に、くすくす笑っていた。
「とにかく、落ち着けよ。ちゃんと話し合おう!」
動揺したケインのセリフは、ますます噂好きそうなオバちゃん客たちを喜ばせていた。
「私がみんな悪いの!」
クレアは再び出口に向かうが、入ってきた男にぶつかり、跳ね返った。
「……ヴァルドリューズさん……!」
「大丈夫か」
彼は、ちっとも心のこもっているようには聞こえない、抑揚のない声で言うと、少し屈んで、座り込んでいるクレアに手を差し伸べた。
途端に、クレアは、その場で泣き出してしまった。
食堂の裏の空き地では、クレアとケインは草の上に座り、目の前にはヴァルドリューズが立っていた。
慰めているのはケインであり、ヴァルドリューズは、じっと、普段のように、静観しているのみである。
クレアは両手で顔を覆ったまま、しくしくと泣くばかりで、ついにはケインも困り果てて、黙ってしまった時、ヴァルドリューズが、やっと口を開いた。
「お前たち二人とも、午後は、私と一緒に来るか?」
クレアにもケインにも、意外な言葉に思えた。
彼女は、泣くのをやめ、顔を上げた。
「失敗するのは当然だ。同じ過ちを二度としなければいいのだ。そして、少しの失敗で、すべてを恐れてはいけない」
彼女は、ヴァルドリューズだけを見つめていた。
相変わらず抑揚のない、感情がこもっているようには聞こえないセリフであったが、彼女にとって師匠である彼の言葉とは、神の神託に近いものがあるように、クレアの瞳が輝き始めた。
「……そうですね。私なんか、まだ駆け出しの魔道士見習いなんですもの。いきなり失敗もせずに上達するわけなんて、ないんだわ。ケインも、ごめんなさいね。私がいつまでも気にしてたら、ケインだって気を遣っちゃうわよね。午後は、絶対頑張るわ! いいえ、これからも、ずっと頑張る! 一人前になるまでは、みんなに迷惑かけちゃうかも知れないけど、なるべく早く上達するように、頑張るから!」
涙を拭きながら、彼女は少しだけ笑顔を見せた。
ケインは、やれやれと肩の荷が下りたような気持ちであったが、自分にまで声をかけたヴァルドリューズの本当の意図はわからず、きっと、クレアの援護だろう、という程度に思っていた。
午後は、マリスのいるダミアスサイドには、カイルが加わり(彼は、ケインたちの様子を聞いて、大丈夫そうだと判断したのだった。)、ケイン、クレアのヴァルドリューズサイドと、それぞれに、東地区の取り締まりを続けた。
ヴァルドリューズの肩には、いつの間にかミュミュが止まっていて、彼の頬にもたれかかるようにして、頭をくっつけていた。
「ミュミュ、遊びに行くんじゃないんだから、どこか安全なところにいた方がいいんじゃないの? また捕まったりしたら……」
「ここが一番安全だもーん」
クレアの忠告も最後まで聞かず、ミュミュは上機嫌で、ヴァルドリューズの頬に、甘えるように頬を摺り寄せた。
「そこにいると、ヴァルドリューズさんのお仕事の邪魔になるのよ」
「だって、ミュミュ、か弱いもん。戦えないもん。それなのに、ヴァルのお兄ちゃんと離れちゃったら、それこそバケモノに捕まって食べられちゃうよー。だから、ずっとここにいるの。大丈夫! ミュミュ、いい子だもん。お兄ちゃんのお仕事邪魔しないで、ずっとここでおとなしくしてるから」
忠告が空しく終わったように感じたクレアは、溜め息をついた。
ミュミュは、きゃっきゃ言いながら、楽しそうにヴァルドリューズの首にしがみつき、彼の方は気にも留めていないようで、すたすたと進む。
赤煉瓦の平屋に着いた。
ダミアスのように、当然、結界を作って中に入るものとばかり思っていたケインとクレアは、ヴァルドリューズの側に寄るとーー、
どがっ!
彼は、いきなり手を翳すと、魔法で煉瓦の壁を破壊したのだった!
「……!」
「……!」
ケインもクレアも、驚いて後退ったが、ヴァルドリューズは何のためらいもなく、さっさと中へ入っていく。
「誰じゃあ、貴様らは!?」
そこにいるものを見て、クレアとミュミュが悲鳴を上げた。
ごつごつと、茶色い大きな岩が合わさって出来た巨人が、頭をこちらに向けて座っていたのだった。
ところどころ緑色の苔にまみれ、伸び放題の雑草や、枯れた草なども生えている。
背には、大きな傘の形をした、紫色に黒い斑点のキノコのようなものまである。
先程のムシ男に比べれば、気持ちの悪さではましであったが、やっていることは、非人道的であり、クレアとミュミュは、それに対して叫んだのだった。
岩巨人の座っている前では、大きな壺の中に、身体の半分を漬け込まれた、明らかにヒトの形をしたものだった。
そのヒトは、口まで、ぐるぐると縛られていたため、呻き声くらいしか上げられず、彼らに助けを求めるように、恐怖に見開かれた目だけを、じっと向けていた。
「クレア、奴の足に攻撃魔法を。倒すことは考えなくていい。ケインは、奴の気が反れている隙に、ヒトを救い出せ」
ヴァルドリューズが、彼らを振り返らずに、小声で指示した。
「いきなりってことは、……やっぱり、話し合いはないわけね?」
「そういうことだよな」
クレアとケインは肩をすくめると、クレアが呪文を唱え始め、ケインも身構える。
「勝手に人の結界に入ってきおって……! お前らもついでに食ってやる!」
「ヒトを食うようなヤツに、まともな話は、やはり必要ないか」
ケインが、相手から目を離さず、呟いた。
準備の出来たクレアが、ケインの方を向き、微かに頷いてから、視線を岩の怪物に向け、両手を翳した。
「あぎゃああああああああ!」
ヒトの頭ほどもある火の球が、怪物の足に直撃すると同時に、ケインが駆け出し、壺から、ぐるぐる巻きのヒトを、引き抜こうとするが、抜けない。
仕方なく、壺ごと引きずるが、予想外の重さである。
それでも、ケインがずるずる引きずっていると、岩の巨人は、火球が当たった箇所から煙を出しながら、起き上がった。
「小僧、ヒトの食い物を盗もうとは、いい度胸だ! 貴様も一緒に食ってやる!」
ケインは壺を背に庇い、剣を抜くと同時に、迫り来る大きな岩の手を斬りつけようと、体勢を立て直した。
そこへ、瞬時に空間を移動してきたヴァルドリューズとクレアが、ケインの目の前に現れた。
ごおぉん
両手を正面に翳しているクレアの防御結界に、叩き込んだ岩人間の腕が、鉄の壁でも殴ったかのように、跳ね返った音であった。
「クレア!」
クレアは、ちらっとケインを振り返って微笑み、また別の呪文を唱えていた。
岩人間は、どこが顔の部分か判別できず、その表情は読み取れないが、いまいましそうに、クレアの結界に、炎や水の攻撃を浴びせる。
一般的な魔法を使っているところを見ると、やはり、もとは人間の魔道士だったのだろうと感じさせる。
クレアの、長めの呪文が終わった。
すると、ケインたちの周りに出来ていた結界が、あっさりと消えたのだった。
「ふふん、結界が解けたな!」
岩巨人は、手と思われるところから、バチバチと雷のような技を放電させ、その稲光は、一気に規模を増していく。
それが、ヒト一人分にまで膨れ上がると、岩の手は、彼らに向けられた。
その時、クレアが呪文を発動させた。
両手を押し出すようにして、見えない球を巨人にぶつけたのだった。
「おわあぎゃあああああ!」
岩巨人は絶叫と共に、白い煙に包まれ、完全にケインたちからは見えなくなった。
大きな石や岩が、高いところから落ちてくるような、ごんごんという音と、振動が伝わるだけである。
絶叫も収まり、振動も終わり、白い煙も引いてきた頃、視界が開けた。
岩の破片があちこちに散らばっている。
あれほどの巨人を造っていた、すべての岩とは思えないほど、少量であった。
中央には、小人くらいしかない小柄な人間が、裸でうつぶせに倒れている。
途端に、ケインが引きずっていた、壺の中のヒトを縛っていた草のツルが解け、壺も自然に割れた。ヒトが、どさっと倒れ出た。
「大丈夫ですか!?」
ケイン、クレアは、捕われていた普通の町民のようなその男を抱え起こし、顔を覗き込む。
男は、まだ恐怖から立ち直っていないようで、がたがた震え、彼らを見ても、ぱくぱく口を開くが、声にはなっていない。
「待って下さい。今、回復魔法をかけますから」
既に、彼女は男に両手をかざしている。
「クレア、さっきの呪文は?」
「ムシのおじさんにかけようとした、元の身体に戻す呪文を、あの岩の魔道士にかけたの。今度は気持ち悪くなかったから、落ち着いて、唱えることができたわ」
彼女は、回復魔法をかけながら、ケインに説明した。
「技を放つタイミングは、ヴァルドリューズさんが『心話』で教えてくれたの」
アストーレでは、ケイン、カイルにも覚えのある、自分たちにだけ響いていた声と同じく、ヴァルドリューズは、クレアに聞こえるように伝えたようだ。
「今度は成功したな!」
「ええ! ありがとう!」
ケインは、嬉しそうにクレアの背を叩いた。クレアも、笑顔で応える。
一方、ヴァルドリューズは、素っ裸になって倒れている小人を見下ろし、「遠くまで無駄に伸ばしている結界を解き、ヒトは食うな」と、今更ではあったが、淡々と言い聞かせていた。
元岩人間は、俯せのまま、頷くことすら出来なかった。
エサにされていた町民の男も、元気になり、町へ帰っていった。
ケインたちの取り締まりは続く。
クレアは、時々、またしても思った魔法と違うものを放ってしまったり、ケインに当てることこそなかったにしても、目標から外してしまったりしながらも、なんとか頑張っていたが――
どごおおおぉぉぉんんんん!
「ああ~ん! ごめんなさあい!」
たまに、家一軒崩壊させていた――。
その家の魔道士も、気味の悪いクロオオダコのようなものだったため、一目見た途端、悲鳴を上げ、大技を放ってしまったのだった。
明らかに、彼女の技の威力は増していたが、とっさにヴァルドリューズが周囲に結界を張ったので守られた。
そうでなければ、家の五軒ほど崩れていただろう。
ケインは、クレアの魔力が、以前よりも増えたように思えた。
どしゃーん! がらがら……!
彼らのいるところとは離れた方向からも、破壊音が聞こえてくる。
(あれは、多分、マリスたちだろう。あっちは、クレアみたいな魔法攻撃は出来ないだろうから、きっと、マリスがぶっ壊してるんだろう。おそろしい女どもだ!)
と、ケインは、密かに思った。
「あら!」
何十軒目かに向かって歩いていると、マリス、カイル、ダミアスのチームと出くわした。
夕方で、辺りは薄暗くなってきていた。
「マリスたちもここへ? ……てことは、あの家が最後だな?」
ケインの言葉を聞いて、マリスが、にやーっと笑う。
「早いもん勝ちよ!」マリスが、ターッと走っていく。
「待てよ、マリス!」ケインが後から追いかける。
「たーっ!」
ばこおっ!
マリスの飛び蹴りを受けて、煉瓦の壁は崩れ去った。
「お前……、『破壊』がひどくなってない?」
「そう? そんなことよりも、さ、行くわよ」
横目でマリスを見るケインに、彼女は、しれっとして、壁に出来た穴に、親指をくいっと向けた。
「何だ、貴様らは!?」
そのあいさつは、彼らは、もう何十回と聞いていた。
だが、家の中にいたのは、意外にも、フードを被った、典型的な魔道士の老人だった。
その上、知的さを感じさせ、学者のような雰囲気をまとっている。
マリスもケインも、思わず呆然として立ち止まっていた。
「人の家に無断で、しかも壁を破って入ってくるとは、なんたる無礼な!」
「すいません、すいません!」
ケインが、ぺこぺこと頭を下げている隣で、マリスは部屋の中をきょろきょろ見回していた。
「ねえ、ケイン、ここは結界張ってないみたいよ。なんだか、普通だわ」
マリスの言う通りであった。
そうでなければ、壁を破ったにしても、外部からそう簡単に侵入出来るはずはなかった。
「結界が、どうかしたのかね?」
長い白髪の、青いフード付きマントに包まった老人の怪訝そうな顔が、二人に向けられている。
「あのう……、最近、紅通りにお住まいの魔道士の方々の結界が、広範囲に渡って張ってあるそうなので、それをやめて頂こうと、お願いに上がったのですが、……張っていらっしゃらないというのなら、僕らは、これで帰ります。お邪魔しました」
ケインは取り繕うと、マリスを促し、もと来た壁から去ろうとするが――!
「壁が……崩れてない!?」
ケインは、目を疑った。
どこをどう見ても、赤い煉瓦の壁は、罅さえ見当たらないのだった。
「しまった! ケイン、罠だわ!」
マリスの声と同時に、二人の足元が、ぐらっと揺れた!