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Dragon Sword Saga2『旅の仲間(後編)』  作者: かがみ透
第Ⅳ話 紅通りの魔道対決 
12/19

最強の魔道士

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.6.26)

 その後も、『取り締まり』は続く。


 クレアは、ケインを危険に追い込んだことで、落ち込んでしまい、魔力を貯めておく意味でも戦いには参加せず、ダミアスと傍観していた。


 ケインもマリスも、クレアには悪く思ったが、その方が速く片付くとも思っていた。


 事実、緑のカエル魔道士ドゥグや、木の魔道士バヤジッドなどがまともに思えてくるほど、その後出逢った魔道士たちは、魔物化しているものが多かったのだ。


 始めのうちは、話し合おうとしていたダミアスも、次々目にするのが、話しかけるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、知性のかけらも感じさせない化け物ばかりであり、六軒目にマリスがいきなり斬りつけてからは、もう何も言わなくなっていた。


「そろそろお昼にしましょう」


 十数軒制圧した後で、マリスが言い出した。


 不気味なものばかり見た後で、よく食欲が湧くなぁと思ったケインも、言われてみれば、腹が減っていることに気が付いた。


 彼らは、ダミアスに案内され、紅通りのメイン大通りへと向かった。


「よお!」


 食堂に入ると、カイルがひとりで大人数用の丸テーブルについていた。


「食事は、いつもここで摂ってるって、ヴァルに聞いたからさ」


 カイルは、昨夜のことなどなかったかのように、にこにこと笑っていた。


 食事が運ばれて来ると、よほど腹が減っていたのか、ケインは、がっついていた。

 マリスも同じであったのか、二人は無言で食事をかっ込んでいた。


「おお、いい食べっぷりだなぁ! よっぽど働いたんだな、お前ら! クレアは? 腹減ってないのか?」


 カイルは何気なく言ったに過ぎなかったが、クレアのスプーンを持つ手がピタッと止まり、その瞳は、みるみる瞳が潤んでいく。


「ん? どうした? あ、わかった! さては、魔法うまくいかなかったんだろう? ケガする前にやめといた方がいいんじゃないの? クレアは、かわいいんだからさ、何も戦いの中に自分から飛び込んでいかなくたって、好きな男と結婚して、幸せな家庭を築いていけばいいじゃないか。


 いくら、ケインが援護するって言ったって、限度ってモンがあるんだからさ、危ないことはあんまりしない方がいいんじゃないの?」


 クレアの食事の手が、完全に止まる。


「どうせ、私は、向いてないわよ!」


 黒い、大きな瞳からは、大粒の涙が零れ始めると、両手で顔を覆い、いきなり席を立ち、走り去って行った。


「なっ、なんだ? どうしたんだ?」


 カイルが動揺して、ケインたちを見回す。


「カイル、お前って、時々カンが鋭いよな」


 食べながらケインが言った。


「ケイン、追いかけて」


 マリスが、やはり食べながら、彼を見もせずに言った。


「えっ?」

「早く!」


 まだ食べている最中であったケインは、名残惜しそうに、残りの食事を見つめてから、仕方なく、店のドアに向かって駆け出した。


「クレア!」


 彼女には、すぐに追いついた。


「放して、ケイン!」


 クレアは、彼の掴んだ手を振り払おうとする。


「まあっ、痴話喧嘩だわ!」


 出入り口付近の客たちが、二人の様子に、くすくす笑っていた。


「とにかく、落ち着けよ。ちゃんと話し合おう!」


 動揺したケインのセリフは、ますます噂好きそうなオバちゃん客たちを喜ばせていた。


「私がみんな悪いの!」


 クレアは再び出口に向かうが、入ってきた男にぶつかり、跳ね返った。


「……ヴァルドリューズさん……!」


「大丈夫か」


 彼は、ちっとも心のこもっているようには聞こえない、抑揚のない声で言うと、少し屈んで、座り込んでいるクレアに手を差し伸べた。


 途端に、クレアは、その場で泣き出してしまった。




 食堂の裏の空き地では、クレアとケインは草の上に座り、目の前にはヴァルドリューズが立っていた。


 慰めているのはケインであり、ヴァルドリューズは、じっと、普段のように、静観しているのみである。


 クレアは両手で顔を覆ったまま、しくしくと泣くばかりで、ついにはケインも困り果てて、黙ってしまった時、ヴァルドリューズが、やっと口を開いた。


「お前たち二人とも、午後は、私と一緒に来るか?」


 クレアにもケインにも、意外な言葉に思えた。

 彼女は、泣くのをやめ、顔を上げた。


「失敗するのは当然だ。同じ過ちを二度としなければいいのだ。そして、少しの失敗で、すべてを恐れてはいけない」


 彼女は、ヴァルドリューズだけを見つめていた。


 相変わらず抑揚のない、感情がこもっているようには聞こえないセリフであったが、彼女にとって師匠である彼の言葉とは、神の神託に近いものがあるように、クレアの瞳が輝き始めた。


「……そうですね。私なんか、まだ駆け出しの魔道士見習いなんですもの。いきなり失敗もせずに上達するわけなんて、ないんだわ。ケインも、ごめんなさいね。私がいつまでも気にしてたら、ケインだって気を遣っちゃうわよね。午後は、絶対頑張るわ! いいえ、これからも、ずっと頑張る! 一人前になるまでは、みんなに迷惑かけちゃうかも知れないけど、なるべく早く上達するように、頑張るから!」


 涙を拭きながら、彼女は少しだけ笑顔を見せた。


 ケインは、やれやれと肩の荷が下りたような気持ちであったが、自分にまで声をかけたヴァルドリューズの本当の意図はわからず、きっと、クレアの援護だろう、という程度に思っていた。




 午後は、マリスのいるダミアスサイドには、カイルが加わり(彼は、ケインたちの様子を聞いて、大丈夫そうだと判断したのだった。)、ケイン、クレアのヴァルドリューズサイドと、それぞれに、東地区の取り締まりを続けた。


 ヴァルドリューズの肩には、いつの間にかミュミュが止まっていて、彼の頬にもたれかかるようにして、頭をくっつけていた。


「ミュミュ、遊びに行くんじゃないんだから、どこか安全なところにいた方がいいんじゃないの? また捕まったりしたら……」


「ここが一番安全だもーん」


 クレアの忠告も最後まで聞かず、ミュミュは上機嫌で、ヴァルドリューズの頬に、甘えるように頬を摺り寄せた。


「そこにいると、ヴァルドリューズさんのお仕事の邪魔になるのよ」


「だって、ミュミュ、か弱いもん。戦えないもん。それなのに、ヴァルのお兄ちゃんと離れちゃったら、それこそバケモノに捕まって食べられちゃうよー。だから、ずっとここにいるの。大丈夫! ミュミュ、いい子だもん。お兄ちゃんのお仕事邪魔しないで、ずっとここでおとなしくしてるから」


 忠告が空しく終わったように感じたクレアは、溜め息をついた。


 ミュミュは、きゃっきゃ言いながら、楽しそうにヴァルドリューズの首にしがみつき、彼の方は気にも留めていないようで、すたすたと進む。


 赤煉瓦の平屋に着いた。

 ダミアスのように、当然、結界を作って中に入るものとばかり思っていたケインとクレアは、ヴァルドリューズの側に寄るとーー、


 どがっ! 


 彼は、いきなり手を翳すと、魔法で煉瓦の壁を破壊したのだった! 


「……!」

「……!」


 ケインもクレアも、驚いて後退(あとずさ)ったが、ヴァルドリューズは何のためらいもなく、さっさと中へ入っていく。


「誰じゃあ、貴様らは!?」


 そこにいるものを見て、クレアとミュミュが悲鳴を上げた。


 ごつごつと、茶色い大きな岩が合わさって出来た巨人が、頭をこちらに向けて座っていたのだった。


 ところどころ緑色の苔にまみれ、伸び放題の雑草や、枯れた草なども生えている。

 背には、大きな傘の形をした、紫色に黒い斑点のキノコのようなものまである。


 先程のムシ男に比べれば、気持ちの悪さではましであったが、やっていることは、非人道的であり、クレアとミュミュは、それに対して叫んだのだった。


 岩巨人の座っている前では、大きな壺の中に、身体の半分を漬け込まれた、明らかにヒトの形をしたものだった。


 そのヒトは、口まで、ぐるぐると縛られていたため、呻き声くらいしか上げられず、彼らに助けを求めるように、恐怖に見開かれた目だけを、じっと向けていた。


「クレア、奴の足に攻撃魔法を。倒すことは考えなくていい。ケインは、奴の気が反れている隙に、ヒトを救い出せ」


 ヴァルドリューズが、彼らを振り返らずに、小声で指示した。


「いきなりってことは、……やっぱり、話し合いはないわけね?」

「そういうことだよな」


 クレアとケインは肩をすくめると、クレアが呪文を唱え始め、ケインも身構える。


「勝手に人の結界に入ってきおって……! お前らもついでに食ってやる!」


「ヒトを食うようなヤツに、まともな話は、やはり必要ないか」


 ケインが、相手から目を離さず、呟いた。


 準備の出来たクレアが、ケインの方を向き、微かに頷いてから、視線を岩の怪物に向け、両手を翳した。


「あぎゃああああああああ!」


 ヒトの頭ほどもある火の球が、怪物の足に直撃すると同時に、ケインが駆け出し、壺から、ぐるぐる巻きのヒトを、引き抜こうとするが、抜けない。

 仕方なく、壺ごと引きずるが、予想外の重さである。


 それでも、ケインがずるずる引きずっていると、岩の巨人は、火球が当たった箇所から煙を出しながら、起き上がった。


「小僧、ヒトの食い物を盗もうとは、いい度胸だ! 貴様も一緒に食ってやる!」


 ケインは壺を背に庇い、剣を抜くと同時に、迫り来る大きな岩の手を斬りつけようと、体勢を立て直した。


 そこへ、瞬時に空間を移動してきたヴァルドリューズとクレアが、ケインの目の前に現れた。


 ごおぉん


 両手を正面に翳しているクレアの防御結界に、叩き込んだ岩人間の腕が、鉄の壁でも殴ったかのように、跳ね返った音であった。


「クレア!」


 クレアは、ちらっとケインを振り返って微笑み、また別の呪文を唱えていた。


 岩人間は、どこが顔の部分か判別できず、その表情は読み取れないが、いまいましそうに、クレアの結界に、炎や水の攻撃を浴びせる。


 一般的な魔法を使っているところを見ると、やはり、もとは人間の魔道士だったのだろうと感じさせる。


 クレアの、長めの呪文が終わった。

 すると、ケインたちの周りに出来ていた結界が、あっさりと消えたのだった。


「ふふん、結界が解けたな!」


 岩巨人は、手と思われるところから、バチバチと雷のような技を放電させ、その稲光は、一気に規模を増していく。


 それが、ヒト一人分にまで膨れ上がると、岩の手は、彼らに向けられた。


 その時、クレアが呪文を発動させた。

 両手を押し出すようにして、見えない球を巨人にぶつけたのだった。


「おわあぎゃあああああ!」


 岩巨人は絶叫と共に、白い煙に包まれ、完全にケインたちからは見えなくなった。

 大きな石や岩が、高いところから落ちてくるような、ごんごんという音と、振動が伝わるだけである。


 絶叫も収まり、振動も終わり、白い煙も引いてきた頃、視界が開けた。


 岩の破片があちこちに散らばっている。

 あれほどの巨人を造っていた、すべての岩とは思えないほど、少量であった。


 中央には、小人くらいしかない小柄な人間が、裸でうつぶせに倒れている。


 途端に、ケインが引きずっていた、壺の中のヒトを縛っていた草のツルが解け、壺も自然に割れた。ヒトが、どさっと倒れ出た。


「大丈夫ですか!?」


 ケイン、クレアは、捕われていた普通の町民のようなその男を抱え起こし、顔を覗き込む。


 男は、まだ恐怖から立ち直っていないようで、がたがた震え、彼らを見ても、ぱくぱく口を開くが、声にはなっていない。


「待って下さい。今、回復魔法をかけますから」


 既に、彼女は男に両手をかざしている。


「クレア、さっきの呪文は?」


「ムシのおじさんにかけようとした、元の身体に戻す呪文を、あの岩の魔道士にかけたの。今度は気持ち悪くなかったから、落ち着いて、唱えることができたわ」


 彼女は、回復魔法をかけながら、ケインに説明した。


「技を放つタイミングは、ヴァルドリューズさんが『心話』で教えてくれたの」


 アストーレでは、ケイン、カイルにも覚えのある、自分たちにだけ響いていた声と同じく、ヴァルドリューズは、クレアに聞こえるように伝えたようだ。


「今度は成功したな!」

「ええ! ありがとう!」


 ケインは、嬉しそうにクレアの背を叩いた。クレアも、笑顔で応える。


 一方、ヴァルドリューズは、素っ裸になって倒れている小人を見下ろし、「遠くまで無駄に伸ばしている結界を解き、ヒトは食うな」と、今更ではあったが、淡々と言い聞かせていた。


 元岩人間は、俯せのまま、頷くことすら出来なかった。


 エサにされていた町民の男も、元気になり、町へ帰っていった。


 ケインたちの取り締まりは続く。


 クレアは、時々、またしても思った魔法と違うものを放ってしまったり、ケインに当てることこそなかったにしても、目標から外してしまったりしながらも、なんとか頑張っていたが――


 どごおおおぉぉぉんんんん!


「ああ~ん! ごめんなさあい!」


 たまに、家一軒崩壊させていた――。


 その家の魔道士も、気味の悪いクロオオダコのようなものだったため、一目見た途端、悲鳴を上げ、大技を放ってしまったのだった。


 明らかに、彼女の技の威力は増していたが、とっさにヴァルドリューズが周囲に結界を張ったので守られた。

 そうでなければ、家の五軒ほど崩れていただろう。


 ケインは、クレアの魔力が、以前よりも増えたように思えた。


 どしゃーん! がらがら……! 


 彼らのいるところとは離れた方向からも、破壊音が聞こえてくる。


(あれは、多分、マリスたちだろう。あっちは、クレアみたいな魔法攻撃は出来ないだろうから、きっと、マリスがぶっ壊してるんだろう。おそろしい女どもだ!)


 と、ケインは、密かに思った。




「あら!」


 何十軒目かに向かって歩いていると、マリス、カイル、ダミアスのチームと出くわした。

 夕方で、辺りは薄暗くなってきていた。


「マリスたちもここへ? ……てことは、あの家が最後だな?」


 ケインの言葉を聞いて、マリスが、にやーっと笑う。


「早いもん勝ちよ!」マリスが、ターッと走っていく。


「待てよ、マリス!」ケインが後から追いかける。


「たーっ!」


 ばこおっ!


 マリスの飛び蹴りを受けて、煉瓦の壁は崩れ去った。


「お前……、『破壊』がひどくなってない?」


「そう? そんなことよりも、さ、行くわよ」


 横目でマリスを見るケインに、彼女は、しれっとして、壁に出来た穴に、親指をくいっと向けた。


「何だ、貴様らは!?」


 そのあいさつは、彼らは、もう何十回と聞いていた。


 だが、家の中にいたのは、意外にも、フードを被った、典型的な魔道士の老人だった。

 その上、知的さを感じさせ、学者のような雰囲気をまとっている。 


 マリスもケインも、思わず呆然として立ち止まっていた。


「人の家に無断で、しかも壁を破って入ってくるとは、なんたる無礼な!」

「すいません、すいません!」


 ケインが、ぺこぺこと頭を下げている隣で、マリスは部屋の中をきょろきょろ見回していた。


「ねえ、ケイン、ここは結界張ってないみたいよ。なんだか、普通だわ」


 マリスの言う通りであった。

 そうでなければ、壁を破ったにしても、外部からそう簡単に侵入出来るはずはなかった。


「結界が、どうかしたのかね?」


 長い白髪の、青いフード付きマントに包まった老人の怪訝そうな顔が、二人に向けられている。


「あのう……、最近、紅通りにお住まいの魔道士の方々の結界が、広範囲に渡って張ってあるそうなので、それをやめて頂こうと、お願いに上がったのですが、……張っていらっしゃらないというのなら、僕らは、これで帰ります。お邪魔しました」


 ケインは取り繕うと、マリスを促し、もと来た壁から去ろうとするが――! 


「壁が……崩れてない!?」


 ケインは、目を疑った。


 どこをどう見ても、赤い煉瓦の壁は、(ひび)さえ見当たらないのだった。


「しまった! ケイン、罠だわ!」


 マリスの声と同時に、二人の足元が、ぐらっと揺れた! 


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