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Dragon Sword Saga2『旅の仲間(後編)』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 青天の霹靂
1/19

王女の護衛

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.7)

彼は、私の中で、既に英雄でした。


彼女は、自分の中で、既に雲の上の人でした。


彼は、常に勇敢で、私の危機を、何度も救ってくれました。


自分は、彼女を救いたいと、ただ必死でした。


私は、一目で、恋に落ちました。


自分は、彼女の一途さに、純粋さに、心打たれました。



こうして、王女と雇われ兵の恋物語は、誕生しました。



――アストーレ王国三大恋物語の一つ、『王になった傭兵』より




プロローグ


「そうだ、そのままこちらへ来るのだ、光を灯す王女よ。そうして、そのまま、我が手の内に……!」


 暗闇の中で、しわがれた声が、静かに、いんいんと響く。

 クリスタルの水晶球だけが、ぼんやりと浮かび、一人の少女の姿を映していた。




   第 Ⅰ 話 王女の護衛


 大昔、神の使いと言われる、大きな白い竜がいた。

 あらゆる災いから守られたその土地では、人や動物だけでなく、(ドラゴン)を始めとした伝説の生き物、精霊などが穏やかに共存していたのだという。

 人々は、白竜を崇め奉り、供え物をし、拝んでいた。


 ある時、一匹の魔物が紛れ込み、作物を荒し回り、そこに住むものたちに危害を加えていた時、ひとりの心正しき少女に、白竜の力の一部が授けられた。

 少女が呪文のようなものを唱えると、(てのひら)から白い炎が現れ、魔物だけがその炎に焼かれ、消滅した。


 少女の不思議な力はそれだけではなく、怪我や病気を治すことも出来た。

 その力を授かったものは、その少女のみ。信仰心が厚く、純粋な心を持つ者だけにしか与えられなかった。


 それが、白魔法の始まりであり、その伝説の土地のあった場所が、アストーレ王国の、パルストゥール神殿の辺りだという。


 今は、歴史の授業であった。

 アストーレ建国の話の途中で、教師が白魔法のことに触れているところだ。

 王女の従姉妹(いとこ)たちの他、高位の貴族の娘たち、外国から留学にきている数人の貴族など、聴講しているのは、全員女性であった。


「この国では、貴族は一五歳まで、男女別々の学問所で勉強しなくてはなりませんの。中原では、どの国もそうなのです。わたくしも、去年まで、こちらでお世話になっていました」


 と、第三王女アイリスが説明した。

 旅の傭兵ケインが、アストーレ王女アイリスの護衛をして数日が経つ。

 退屈だろうからと、王女が気遣って、ケインを連れ、城の中を案内しているところだった。

 それでも、彼にとっては、退屈であったが。


「あら、もうすぐカルザスさんがいらっしゃるお時間だわ」


 有名な衣装デザイナーが、王女の舞踏会用のドレスを新調しているところだった。貴族の間でも、人気があるという。


 王女の侍女は、縦続く誘拐事件で心労がたたり、療養中で、この日の午後にでも、代行が決まることになっている。それまで、王女が他に伴もなく、ケインだけを連れているという、珍しい状況にあった。


 まるで、他の女官を遠ざけているかのように。


 王女の耳には入っていないが、それは、宮廷中の使用人の間で、噂の種となっていた。

 王女が、ケインを気に入ってしまい、他の者を寄せ付けたくないのではないか、と。


 それは、彼らには、アストーレ国王が、外国人で魔道士のダミアスを参謀に選んだ時の様子を、彷彿とさせる。


 そんな目で見られていることなどとは露知らず、王女はケインを伴い、回廊を進む。


「ご機嫌麗しゅう、アイリス王女殿下」


 デザイナーのマリー・カルザスが深々お辞儀をする。

 深い緑色のドレス姿に、髪の毛を高く塔のように結い上げた、痩せた中年の女性だった。

 ケインには、少し化粧が濃く見えた。


「本日は、仮縫いの衣装を五着ほど、持って参りました」


「まあ! 今度はどんなデザインなのかしら。楽しみだわ」


 カルザス嬢(独身とのことなので)とその連れの女弟子五人が、それぞれ衣装の入った、それだけでもケインなどは宝箱かと思うほど豪華な模様の、大きなケースを持って、衣装室へ向かう。


「ここからは、男性の方はご遠慮下さい」


 衣装室の前で、カルザス嬢はケインをキッと睨んだ。言われなくても、そのつもりだ、とケインは言いそうになったが、黙って頭を下げた。


「あら、ケイン様は私の護衛をなさっているのよ。誘拐事件では、衣装室に脅迫状まで置かれていたから、また何かあってはと思うと恐ろしいし……。でも、ケイン様がいてくれれば、わたくしも安心ですわ。それに、男性の方のご意見もお聞きしたいし」


 アイリス王女は、にこやかに彼女を制した。


 おいおい、いくらなんでも、それはまずいんじゃ……?


 と、ケインが思っていると、案の定、


「なりません、姫様! お召し替えの場に男性を伴うなど、婚礼前の女性のすることではありませんよ! ましてや、あなた様は一国の王女なのですから、軽はずみな振る舞いは、断じてなりません!」


 幼い頃から王女を知っているカルザス嬢は、まるで、教育係のように王女を窘める。


「で、では、着替えが終わってから、見て頂くのだったら構わないでしょう?」


 王女が甘えるように懇願する。


「仕方ありませんね。ただし、あなた、いいですか、私が声をかけるまでは、絶対に覗いてはなりませんよ!」


 カルザス嬢に、またしても、にらまれたケインは、そんなことするわけねーじゃん! と、心の中で言い返した。


「ケイン様、しばらくそこで待ってらしてね。着替えている間に、お部屋に戻ったりしては、いやよ」


 王女は、伏せ目がちな表情で、少しはにかんだようにそう言うと、衣装室の扉の中へと消えていった。


 ケインは、一人、回廊で待つ。


 (『いやよ』……ねぇ……。なんとも、まあ、可愛らしいというか……)


 今まで出会ったことのない、可愛らしさであるのは認めるが、彼の中では、どこか腑に落ちないような、引っかかっていることがあった。それが何かは、まだ具体的には解らなかった。


「素敵だわ! この色といい、形といい……! ねえ、ケイン様は、どうご覧になられて?」


 深い緑色を基調とし、薄紫色のレースをあしらったドレスをまとった王女が、笑顔で尋ねる。


「とてもよくお似合いですよ、殿下」


 彼も、笑顔で答える。彼には、女性のドレスのことなどわかるはずもなかったが、ただ、いつも淡い色のドレスが多い王女には、少々背伸びをしているようで、大人っぽい気がした。


「これも素敵ねえ! ケイン様は、どうお思いになられて?」


 二着目は、レースをふんだんに使った、淡いピンク色の広がったドレスだった。


「こちらも、非常にお似合いですよ」


 彼は、笑顔を取り繕った。


 どうも、ごてごてして広がったドレスというのは、あまり好きになれそうもなかった。彼には、どうしても、スープボールをひっくり返したように思えてしまうのだ。


 次々見せられるドレスも、型は同じであった。


「さっきから、『とてもお似合いだ』としか言わないじゃありませんか。どこがどう似合うとか、もっと気の利いた褒め方をいたしませんと……。まったく、若い男性というものは、気が利かないんだから」


 せっかく腕を振るったのに張り合いのない、とでも言わんばかりに、カルザス嬢が面白くなさそうに横目で彼を見る。


「はあ、しかし、私が意見する筋合いでもありませんし……」


 だいたい、あまり良いとも思えないものは褒めようもない、と言う言葉を、ケインは飲み込んだ。


「思った通りに、はっきり言ってくださって構わないのよ。ケイン様は、今までの中で、どのドレスが一番お好きなの?」


 王女は、元通りの簡素なクリーム色のドレスに着替えていて、衣装室では、今まで着た仮縫いの衣装が並んで吊るしてあり、デザイナーの弟子たちが、ケースにしまっている。


 ケインは、遠慮がちに答えた。


「私は、今、殿下がお召しになられているような、あまり膨らんでいないドレスが良いと……」


「まあ、何ですって!?」


 カルザス嬢が怒り出す。

 ああ、やっぱり言わなきゃ良かったと、ケインは即座に後悔した。


「あの、私は、ご婦人のドレスなどには無頓着でありますから、どうかお気になさらないで下さい!」


 そして、デザイナーにぺこぺこ頭を下げるハメになった。


「申し訳ありませんでした」


 カルザス嬢の帰った後、王女の自室で、ケインは深々頭を下げた。


「男の方は、シンプルなドレスの方が、お好きなのですか?」


 王女は、特に気分を害した様子はなく、微笑んでさえいた。


「私はそうですが、人それぞれだと思います」


 王女は、ケインの褒めた、今も着ているクリーム色のドレスの胸に、そっと手を当てた。

「このドレスはね、マリーの弟子だった方が作ったの。マリーのもとから去って独立してしまったのだけどね。今、アストーレでは、マリー・カルザスと、その方ロザムンド・イノワが、貴族の間では特に人気の高いデザイナーとなっているの。


 でも、イノワさんが弟子だった頃から、マリーとは気が合わなかったこともあって、今でも二人は犬猿の仲だと聞くわ。イノワさんのデザインしたシンプルなドレスも素敵だとは思うけれど、私は幼い頃からマリーに作って頂いているし、他の方々にもまだまだマリーのデザインの方が根強いみたいなので、ずっと彼女に頼んでいたの」


 聞きながら、ケインは、なんだかいろいろあるらしいことがわかった。


 一般庶民では、服のデザインの流行りなどは特になく、そのエリアならではの服装をしていたのだが、貴族の世界では、デザイナーなどというものが存在し、好きなデザインを選んで購入するなどとは、ケインにはまたまたカルチャーショックであった。


 そして、よりによって、因縁のある弟子がデザインした方を、彼が褒めたため、カルザスの怒り具合には納得がいったのだった。


「でも、ケイン様が、このデザインを気に入ってくださったのなら、普段のドレスはイノワさんの方に頼んでみようかしら」


 ケインは、王女の言葉に慌てた。


「い、いや、私の好みなどよりも、殿下のお好きなものをお召しになられた方が……」


「いいえ、わたくしが着ていたいのです。あなたのお好きなものを……」


「えっ……?」


 ケインは、目を丸くして王女を見つめた。

 王女が、はっとしたように彼から目を反らし、両手を頬に添える。


「ま、まあ、わたくしったら、なんてことを……」


 王女の顔が、どんどん上気していく。ケインは、目を丸くしたまま、それを見ていた。


 しばらくして、王女は、気付いたように彼を振り返ると、急に必死な面持ちになり、おそるおそる近付きながら両手をもみ絞り、彼の顔を覗き込んだ。


「あ、あの……、王女のくせに、はしたない女だと、お気に障ったのならお許し下さい」


 王女は、「ごめんなさい」を連発している。


「い、いいえ、お気に障ってなどはおりませんです!」


 変な敬語になりながらも、ケインも慌ててぺこぺこ謝った。


 ふいに、扉をたたく音がし、開くと、目の覚めるような真っ赤な色が、彼の目に飛び込んできたのだった。


「アイリス、元気だった?」


「アリッサお姉様……!」


 王女は驚いて、その場に立ち尽くしていた。


 年の頃は二五、六、深紅のドレスに身を包んだ、輝くブロンドを結い上げた、華のある女性だった。


 侍女を従えて入ってきたその女性は、フェルディナンド皇国皇后アリッサであり、もとアストーレ王国第一王女、つまりアイリスの姉にあたる人物だった。

 きりっとした印象を与え、まだ幼い感じのアイリス王女とは、あまり似ていない。


「明後日お着きになると、お聞きしていたのに……ああ、お姉様!」


 王女は、フェルディナンド皇后に抱きついた。


「まあ、アイリスったら。いつまで経っても幼いままなんだから」


 姉は、妹の身体を、愛し気に、そっと抱いた。


 そこへ、アストーレ国王アトレキアと、魔道士参謀ダミアスが、ヴァルドリューズとクレアを連れて入る。


「どうじゃな、三年ぶりの対面は?」


 王は、いたってにこやかである。


 アリッサ皇后は、既に部屋の隅に下がっているケインに、ちらっと目を向け、王に向き直った。


「随分と若年の警備兵ですのね」


「おお、彼はケイン・ランドールといって、若くても腕が立つのでな。先日、アイリスの誘拐事件を二回に渡って防いでくれたくらいなのじゃ。だから、何も案ずることはない」


 警備の初日、ケインとカイルは、その時の功績を讃えられ、高額な報酬をもらっていた。


「わたくしが申しているのは、そんなことではありませんわ。あなた、ケイン・ランドールとやら、年齢は?」


 皇后が、冷ややかな目を向けた。


「一八になります」


「まあ! 私と二つしか変わりませんでしたの!? もっと離れているものとばかり、思っておりましたわ」


 声を上げたのは、アイリス王女の方だった。

 親しみを込めた笑顔で、ケインを見上げる。

 滅多に年上になど見られなかったケインにとっては、意外であったが。


「そうかしら? わたくしは、もう少し若いものと思っていたけれど」


 皇后は、じろじろと、露骨に彼を見回した。


 ケインは、その皇后の判断の方が普通であると思った。この童顔のせいで、いつも実年齢よりも若く見られ、あまり強そうに見られなかったのだと、思い返す。


「とにかく、いくら警備とはいえ、同じ年頃の男性とアイリスを二人っきりにさせておくなど、わたくしには、お父様の気が知れませんわ」


 皇后は、腕を組んでケインを睨みつけた。


「おお、アリッサよ、何をそう目くじらを立てておるのじゃ? ランドールのことなら心配はいらんというのに。人見知りのするアイリスだって、彼には懐いておるようだし……」


「それが心配だというのです! 現に、さきほどだって、私が部屋に入った時、二人とも、なにやら親し気にお話ししていたわ」


(親し気に……?)


 ケインは、思い起こしてみるが、どう思い出してみても、ただぺこぺこと、ひたすら謝り合っていただけだった。


「まあ、親し気だなんて……」


 アイリスが、ちらっとケインを見る。


「この娘はまだ幼い。何もわかってはいないのですわ。わたくしがアイリスの歳には、もうフェルディナンドへ嫁ぎ、王子を身ごもっていたというのに、この娘ったら、まだ婚約者も決まっていないのでしょう?


 第二王女のアリエスだって他国に嫁ぎ、もうすぐ四人目が生まれるというじゃありませんか? アイリスと一緒になった者がアストーレの後継者となるのだから、お父様だって、そろそろ考えてらした方がよろしいのじゃなくて?


 このような若者などに護衛を任せていないで……だいたい、万が一のことでもあったら、一体どうなさるおつもりなんです?」


 まだ王女が幼かった頃、アストーレ王妃を亡くしてから、第一王女である彼女が母親代わりを勤めたというだけあり、少しおおらかなこの王にビシビシ言っているのは昔からであるのだろう。嫁入り前の王女に悪い虫が付いてはと、心配なのが見て取れた。


 そこへ、アイリス王女が、皇后とケインの間に割って入った。


「お姉様、ケイン様は、そんな方ではありませんわ。常にお仕事には忠実な方ですし、わたくしが粗相をした時だって、いつもコワいお顔でお咎めになるし……」


 そのアイリスの話す内容は、ケインには、何のことだかさっぱり見当も付かないのだが、せいぜい思い当たるといえば、貴族の愛想笑いというものが自分には身に付いていないせいだろうか、と思った。


「まあ、なんですって!? 傭兵の分際で、一国の王女を叱っているというの!?」


 皇后が、目を吊り上げた。


「い、いいえ、断じてそのようなことは……!」


 ケインがたじろいでいると、王が笑い声を上げた。


「彼は不器用なだけじゃよ。自分に正直に振る舞っているだけで、周りの者に誤解されてしまうのじゃ。そういうところは、ダミアスと似ているのかも知れないな」


 王はにこやかに続けた。


「そなたとアリエスは他国へ嫁がせてしまったが、アイリスには気に入った相手と一緒になってもらいたいのじゃ。だから、この子には、私の意見を押し付けたりはしたくはないのじゃよ」


「そう言えば、この間、各国からたくさんお客様がお見えになったそうね。アイリス、誰か気に入った王子殿下はいらして?」


 気を取り直したように、フェルディナンド皇后は、妹に微笑みかけた。


 アイリス王女は、下を向いて、少し沈んだような顔になった。


「……あの、わたくし、そのように思った方は……」


 姉は、じれったそうに妹を見た。


「もう、せっかくお父様がああおっしゃっているというのに……! 好きなお相手と結婚出来るなんて、王族では珍しいことなのよ。大抵、政略結婚なのだから。


 わたくしは、それでも今が幸せだから良かったものの、そんなことは滅多に有り得ないのですよ。本当にこの間、訪問にいらした方の中で、誰もお気に召さなかったの? それなら、あなたは、どういった方が好みなの?」


 下を向いていた王女は、ちらっと、ケインに目をやった。


「……あの、…………………………………………頼もしい方……」


 王女は、小さな声で答える。


「頼もしいって、どのように? がっしりとした体格の持ち主ということ? それとも……」


「おお、デロスのカール王子のことかね? 彼は、身体ががっしりとしておるし、剣術にも優れ、いくさには、御自分で兵を引くこともあるという勇ましいお方だからのう。だが、気持ちはとてもやさしいと聞くぞ。彼もそなたのことを気に入っていたようだし……」


 アトレキア王が嬉しそうに顔をほころばせる。


「あら、デロス王国なら、結構大きな国では? わたくしのフェルディナンドほどではございませんが」


 王とフェルディナンド皇后は、勝手に盛り上がっていた。

 乗り遅れたアイリス王女は「あ、あの……」と何か言いかけるが、二人とも聞きもせず、そのうち王がデロス王子の肖像画を取り出し、二人でああだこうだ言い始めた。


 その場に居合わせたダミアス、ヴァルドリューズとクレア、ケインなどは、完全に蚊帳の外であった。


「確かに頼もしそうだけれど、もう少しハンサムな方がいいんじゃないかしら」


「そうかのう? 精悍(せいかん)な顔つきだと、私は思うが……」


「あ、あの、そうではなくて……あまり身体が大きな方は、少し苦手で……。もう少し、スマートで、ハンサムで、しっかりなさっていて、実はお優しくて、……時折見せる笑顔の素敵な方が……」


 二人は、やっと王女を振り返った。


「なんじゃ、アイリス、カール殿のことではなかったのか?」


「もう、お父様ったら早とちりして……。あなたも、はっきり言わないからですよ、アイリス。それにしても、『もう少しスマートでハンサムで、しっかりしていて、心の優しい、笑顔の素敵な頼もしい人』というのは、なんだか具体的だわね。それで、そんな方なんて、一体どこにいらっしゃると?」


「おお、それならいるではないか! マスカーナのサンスエラ王子のことじゃな? あのお方は良いぞ! お優しいし、実に素晴らしい詩を詠めるそうじゃ!」


「まあ、どなたですの? ……あら、この方なら、まあまあお顔も整ってらっしゃるし、アイリスともお似合いだわねえ。それに、マスカーナと言ったら、実に洗練された文化をお持ちの国ではありませんか!


 わたくしのフェルディナンドは古い伝統を受け継いでいくのはいいのですが、いまいち洗練さに欠けると日ごろから思っておりましたのよ。少しは、マスカーナを見習ってほしいものです。


 それにしても、言いにくいお名前でいらっしゃること。サンスエラ・リスカル・デ・マスカーナ殿下とは」


 皇后と王が肖像画を手に、引き続き、二人で盛り上がっている。


「あ、あの……、そうではなくて……」


 王女が周りをおろおろするが、いたって二人は聞く耳を持たなかった。


「そう言えば、この方達は、何ですの?」


 散々肖像画を引っ張り出した後、アリッサ皇后は、クレアやヴァルドリューズに初めて気が付いたのだった。


「おお、そうじゃった。そなたたちに紹介しておこうと思っておったのじゃよ」


 王は、改めて、皇后に彼らを紹介した。


「こちらは、ダミアスの知り合いの魔道士の方じゃ。ほれ、そなたの国は魔道士が多くて、これから彼らに何か決まりを作ると言っておったであろう? そなたの方の宮廷魔道士が、ダミアスの腕を見込んで相談したいと」


 皇后は頷く。


「そうですわ。以前からお願いしていた件を、やっと協力して頂けるそうなので、こうして、お父様やアイリスの顔を見がてら、皇后であるわたくしが、わざわざ参ったのですわ」


 アリッサは、既に皇后の顔になっていた。


「北の森のモンスターどもが気がかりで、城を離れられなかったのですが、それも、ケイン殿と彼らが倒してくれたので、ようやく身動きが取れるようになったのでございます」


 入室して、初めてダミアスが口を開いた。


「こちらは、上級魔道士のヴァルドリューズ殿でいらっしゃいます」


 ダミアスの説明を受けたヴァルドリューズが、いつもと変わらない態度で、軽く会釈をした。


 彼の、肩につくくらい長い黒髪は、アストーレでは珍しい。

 東洋人系の人種でありながらも、西洋系の顔立ちという珍しい外見に加え、碧眼と、色鮮やかな額のカシスルビーが、黒ずくめの格好の中で、まるで宝石のように、一際映えている。


「まあ……! どうぞ、よろしくお願いしますわ」


 皇后の物腰が、急に丁寧になった。


「そして、こちらがヴァルドリューズ殿の弟子にあたるクレア殿です」


 ダミアスの紹介で、クレアが進み出て、丁寧にお辞儀をした。


「クレア・フローディアと申します」


「クレア殿には、アイリス、そなたの侍女代行を勤めて頂くことに致した。そなた、まだ習得していない白魔法があったじゃろう? ついでに彼女から教わるとよいぞ」


「はい、お父様」


「そうですわね。魔道士の侍女が一緒なら、安心ですわね」


 皇后は、ケインを横目で見た。

 ケインは、まだ皇后に疑いをかけられているのかと、気を抜けない思いがした。


 王女は、しばらく、クレアの、背まである艶やかで、ストレートな黒髪と、黒く美しく輝く、大きな瞳に見とれてから呟いた。


「……綺麗な方ですのね」


 クレアがはにかみながら、頭を下げた。


「うむ、まったくじゃ。私に王子がおったら、是非花嫁に迎えたいものじゃったが、いやあ、残念じゃのう。はっはっはっ」


 上流社会では、巫女はかなり高い位置にいるので、王の口から出た言葉も、まんざらお世辞ではなかっただろう。


 その証拠に、王が、どんなにケインを贔屓(ひいき)しているようでも、『王女の婿に』などとは、例え冗談でも言わなかった。


 しばらくの談話の後、ダミアスとヴァルドリューズは、アリッサ皇后の帰国に合わせて、フェルディナンド皇国へ出向くこととなった。


 彼らがフェルディナンドでの問題を片付けるまでは、クレアはアイリス王女の侍女兼白魔法の講師に、ケインは王女付き護衛、カイルは警備兵として、アストーレ城で過ごすのだった。


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