第6話
キレイに包装されたアメ玉が4つ。オーランジュに握らされたそれをポケットに入れながら、フレアは王女の部屋へ急ぎ足に向かった。
――――マントの補修にしては安すぎるわ。
文句の一つも言いたいところだったが、オーランジュから初めて『お礼』をもらったというのは、案外気分のいいものだった。まして、こんなキレイなアメを彼が持っていたのもフレアにはおかしくてたまらない。――――どんな顔して買ったのやら。
そっけないと評判の彼が、その表情のままアメ玉を購入する場面を思い浮かべると笑えてくる。
そんな顔のまま仕事に戻るわけにもいかないので、フレアは王女の部屋の前で一度顔を引き締める必要があった。
「フレア、今日はごめんなさいね」
今日は国王一家が揃って夕食を摂られる、というのでその準備のためにフレアはサーシャマリーの身支度を整えていた。たまたま他の侍女達が部屋を出てしまい、一人着替えを手伝っていたフレアに、サーシャマリーは本当に申し訳なさそうに声を掛けてくる。
侍女たちにも心を配るサーシャマリーには、今日の出来事は心を痛めるに足るものだったらしい。また、サーシャマリーはフレアの裁縫の腕を知っているがあまり公言していない彼女の気持ちを思って、デュークにそのことを話してしまったユーリックにも怒っているようだった。そんな気持ちの優しい王女の言葉に、フレアは心底から嬉しく思い、笑いながら首を振る。
「まあ、姫様。お気になさらないでください。大したことではありませんでしたし、ユーリック様のお手伝いは以前からさせていただいていたではありませんか」
「でもあなた達が出て行ったあと、ユーリ兄様も心配していらしたわ。フレアに悪いことをした、と」
「そんな!本当に大したことではありませんから。お二人にお気を使っていただいて、勿体ない事ですわ」
「ううん、事情を聞いたのだけど、今回のことはユーリ兄様の不注意よ。服を破ったことも、フレアのことを話してしまったことも。わたくし、兄様にはキツく言っておきましたからね!」
幼さの残る表情で、それでも憤慨している様子の主をフレアは愛しく思う。また、溺愛する五つ年下の妹からお叱りを受けたのであろうユーリックにも、申し訳ない気持ちになる。
だが、これ以上この話をしていると夕食の場で持ち出さないとも限らない。国王に鍛錬場へ出入りしていることを知られたがらないユーリックのためにも、ここはなだめておくほうがよさそうだと考え、フレアは話を変える。
「そういえば、今日はユーリック殿下にはハロルド様がお付きになっていなくてよろしかったんでしょうか?」
「ハロルドは兄様のご命令でどこか視察に行かれているらしいわ。本来なら、第二近衛隊の者がお側にいるのだけれど…たぶんあのデュークの願いのために特別に連れていらしたんだと思うわ。実際、あなた達が出た後兄様の側に来たのは第二隊の者だったわよ」
「さようでございましたか。ハロルドさまもお忙しい方ですものね」
着替えを終えたサーシャマリーの髪を整えるべく、鏡台の前にそっと誘導して座らせる。鏡越しに伺ったその表情に、もう怒りの気配はない。フレアはよく手入れされたサーシャマリーの黒髪に櫛を入れていく。
「兄様も今年で十八になられるし、お父様も最近はユーリ兄様へいろいろとお申し付けになっているみたいだから…」
呟かれたサーシャマリーの言葉に落ち込んだ雰囲気を感じ取り、フレアの手が一瞬手が止まった。
「サーシャマリー様?」
「…寂しいって言ったら、きっとユーリ兄様を困らせるわよね」
愛らしい表情をわずかに曇らせるサーシャマリーに、フレアは驚き、そして微笑みかける。くるくると器用に彼女の髪を結いあげながら、
「ユーリック殿下なら、きっと喜んでしまわれますわ」
「喜ぶ?」
まさか、と鏡越しに目で問いかけるサーシャマリーに、フレアは大きく頷く。
「はい。愛する妹姫様にそう言われて、ユーリック殿下が困るものですか。今よりもお仕事に精を出されて、少しでも多く姫様との時間を持とうとされるでしょう」
「でも、そんなご無理をされたら…」
「姫様。お兄様はご自分のお身体を考えられないお方でしたか?」
「…いいえ。何が一番してはいけないかをよくご存知ですもの。そんなことはなさらないわ」
首を振ろうとするサーシャマリーをそっと止め、結いあげた髪を仕上げる。まだ不安そうな表情をのぞかせる彼女に、フレア優しく囁いた。
「その通りですわ。ですから姫様がご心配なさることはありませんよ。甘えられるのも今のうちにしかできないことなんですから」
たしかに、十八で成人となるユーリックにはそろそろお妃選定の話が持ち上がっている。幸い、国王が「ユーリックの好きにさせる」と言っているので今すぐどうこうの話ではない。しかし、我先にと娘を皇太子に薦める大臣や貴族たちがいるのも事実で、そうなってしまってはいかに妹といえどサーシャマリーも遠慮をせざるを得なくなるだろう。フレアの含みに気付いたサーシャマリーは、ハッとして顔を上げフレアと鏡越しに目をあわせてくる。その瞳はいずれ近いうちに現実となるであろう、兄離れの時期を考え今度は悲しみの色を湛える。
それを見て、フレアは優しく微笑みながらそっと、頭を振った。
「大丈夫です。どんなことがあっても、ユーリック様はサーシャマリー様のお兄様であることに変わりはありません」
「そうだけど…」
なおも落ち込んでいきそうな彼女の気配に、フレアはいたずらっぽい笑みを向けた。
「では、サーシャマリー様。私と賭けをしませんか?」
だら~っと続きます。
いつかシリアスになる、ハズ!!です(たぶん)