第5話
そろそろ日が傾いてくる時間。夕方の休憩も部屋に戻りマントの仕上げをしていたフレアはようやく手を止めた。立ち上がりバサッと広げて出来栄えを確認する。
「…うん、上出来」
先程まで取れていたとは思えない仕上がりに満足すると、マントを畳んで手近にあった布でくるんでいく。できるだけこんなものを持っているところを人に見られたくない。
残り僅かの休憩時間を確認すると、フレアは急いで部屋を出た。
近衛隊の詰める鍛錬場近くの脇道。普段あまり使われることのないそこが、実は今までフレアとオーランジュがこっそり会う時に使っている場所だ。見えるわけでもなく、隠れるわけでもないここは、一言二言で終わるお互いの要件をやり取りするにはうってつけだった。
フレアは出来上がったマントを持って脇道へ急いだ。オーランジュは『来る』と言っていたが、また誰かに見られるよりはマシだろう。鍛錬場脇を通る姿がオーランジュに見られれば、彼はそれとなく脇道へ出てくるはずだ。
案の定、脇道に隠れるようにしていたフレアの前にほどなくしてオーランジュがやってきた。
「悪かったな」
片手をあげて、しかし全く悪く思っていなさそうに現れた。
「悪かったじゃないわよ!あんな所で呼び止めるなんて!」
フレアはグイッとオーランジュの胸にマントを押し付けると、思わず怒鳴りつける。
「…なんで?」
「なんでじゃないわよ!私とあなたが幼馴染だなんて知られたら大変なんだから!」
「俺は問題ないけど?」
「私には大問題なの!一緒に働いてる侍女仲間にだって問い詰められたのよ?バレたら見知らぬ人からも何か言われるハメになっちゃう」
「考えすぎだろう?」
普段のそっけなさがどこかへ行ってしまったかのようなオーランジュに、フレアも慎ましやかさを脱ぎ捨ててしゃべりまくる。
「あ~~、もう!本当に自分のことわかってないんだから!下手したら侍女だけじゃなくて、貴族のお嬢さんたちにも敵視されるのよ!」
「…誰が?」
「わ・た・し・が!!」
「なんで?」
「あなたが入り婿候補の『超』優良物件だからよ!!」
「物件…」
「そうよ!侯爵家の出で25歳独身、栄えある第二近衛隊副隊長になっちゃったからには…たぶん今頃ご実家には縁談話が降り注いでるでしょうね~」
意地悪く言うと、ようやくオーランジュの眉が顰められる。
「めんどくせーな」
「知らないわよ。せいぜいがんばって逃げるのね。くれぐれも私を巻き!込ま!ない!ように!!」
「いいじゃないか、別に。どうせ『幼馴染です』って言うだけなんだろう?」
「言うか!そんなこと知られたら間違いなく目の敵にされるか、体のいい情報源って扱いだわ。あなただって誕生日のたびに追いかけまわされるのはごめんでしょう?」
「…情報なんてやらなきゃいいじゃねーか」
「じゃあ、今後あんな所で呼び止めないでよね」
「…わかった」
言外に『バレたら道連れ』的な脅しを掛けられ、しぶしぶオーランジュは引き下がった。しかし、フレアの次の言葉にはきっぱりと答えた。
「それと、今後はこんな大きな物、城のお針子に頼んでちょうだい」
「…それは断る」
「何言ってんのよ。そもそも本職に頼むのが筋でしょう?」
「お前のが腕もいいし、早い」
そう言うと、押し付けられていたマントを広げ、満足げに出来を確かめている。
「これだけは譲れないな」
「…じゃあ誰かに聞かれたら『幼馴染』じゃなくて『専属お針子』って言っておくわ」
褒められればまんざらでもないフレアは、照れ隠しにそっぽを向く。が、思い出したかのように
「あ、でも『専属』ではないわね。殿下にもたまに頼まれるし。…さっきはヘンな奴にまで裁縫の腕がばれちゃうし」
「…なんだって?」
思わず愚痴のようにこぼれた呟きをオーランジュが聞きとがめた。
「?なにが?」
「誰に何を頼まれたんだ?」
一瞬、目を細めたオーランジュに驚きつつ
「ユーリック殿下と…第四近衛隊のヘンな奴よ!デュークなんたらっていう」
「第四のデュークって…あのヘラヘラしたぼんぼんか?」
「たぶん、そうだけど。ヘラヘラって…」
フレアがあまりの言いように呆れていると、意外なほど真面目な表情でオーランジュに問われた。
「お前、ちゃんと口止めしてきたのか?」
「………あっ」
「フレア」
「…忘れた」
頭の上ではぁ~、と溜息をつかれる。
「だって、昼休憩まで掛っちゃって…あんたのもあったし慌ててたから…」
つい俯いて言い訳めいたことをぶつぶつつぶやいてしまう。
たしかに、オーランジュの言うとおりこれ以上あんな『ヘンな奴』を増やさないためには口止めが絶対に必要だったはずだ。焦っていたとはいえ忘れるなんて、とフレアは自分の失態を呪いたくなった。気まずくなってデュークの上着を縫うはめになったいきさつを語ると、黙って聞いていたオーランジュが突然、
「…殿下がらみか。仕方ないな。俺の方でどうにかしとく」
ぽんぽん、と頭に手を置かれたのが慰められているようでフレアは情けなかった。先ほどまで「バレる!バレたら殺される!」くらいの勢いだったのに、自分はなんて抜けているのか。
だが、おずおずと上げた視線を見下ろしていたのは責める気配なんて全く感じさせない、優しい表情の幼馴染だった。
「…貸し、ひとつな」
にやりと笑って言われた言葉に即座に固まったが。
「…!あんたへの貸しなら山ほどあるけど!?」
「そんなことはないな。とにかく、お前は『余計なことは言わない』、俺は『余計なことを言いそうな奴を黙らせる』ってことだ。お互い様だろ?」
オーランジュは頭に置いていた手をぽんぽんしたまま言ってのけた。
――――なんか負けた気がするっ
言い返そうとしたフレアより早く、オーランジュが
「そろそろ戻れ。遅れるぞ?」
「~~~っ!わかってるわよ!誰のせいでこんな所まで来たと思ってんのよ…」
頭上の手を振り払うと、来た道を引き返すべく踵を返した。だが、そのとたんオーランジュに腕を掴まれた。
「何!?」
ガバッと振り向くと、目の前にやわらかい笑みを浮かべたオーランジュの顔があって硬直する。
そんな彼女に、フッと笑うと何かを掌に握らせてきた。
「お礼。ありがとな、助かった」
そう言って今度は彼がフレアに背を向けて脇道から出て行った。