第30話
リリーから情報を得たオーランジュ達は、一様に慌ただしくなった。事を公にしていないために動ける人数は限られてくる。すぐにでも飛び出したいユーリックとオーランジュを押さえたのはバルドーだ。
「殿下は、まず陛下へのご報告を。もし殿下自ら動かれるのであれば、陛下の許可はなくてはなりますまい。オーランジュは場所の特定を急げ。それとハロルドとフィルドにも連絡を。俺は隊舎にいる。おそらく、軍を動かなさい以上近衛だけが動くことになるだろう。信の置けるものを選ばねばならん」
一様に嫌そうな顔をした二人に、バルドーはなだめるように両手で制す。
「焦って事を仕損じれば、今度こそ手掛かりはない。二人を救出する最初で最後のチャンスです。相手もこちらが何も手を打って来ないなどとは思っていないはず。なればこそ、慎重にかつ迅速に動かねばなりません。それとも、やみくもに城を飛び出して二人の居場所を探せる自信がおありか?」
最後の一言はとくに響いたようで、バルドーは多少落ち着きを取り戻した二人に満足げだ。
「…陛下の部屋にいる。二人とも、準備が整い次第来てくれ」
ユーリックはすぐさま踵を返して廊下を進んでいった。その背を見送りオーランジュとバルドーも歩き出す。
「まったく。じき二十歳になろうってご令嬢をいつまでも放っておくから、こんなことになるんだ」
呆れたように言うバルドーをじろりと睨む。
「…簡単に捕まってくれるような女じゃないもんで」
「その挙句がこのざまか?モテモテの副隊長殿もたいしたことないな」
「…放っといてください。…ところで、なんで総隊長がフレアの年を知っているんですか?」
眉を顰めるオーランジュに、バルドーは肩を軽くすくめる。
「そのくらいみんな知ってるさ。彼女はお前が思っているより注目されてるんだよ」
オーランジュは片手で顔を覆うと大きく溜息をついた。今までかなりの数を追いやってきたつもりだったのだが、あまり効果はなかったようだ。そんな部下の滅多に見ない姿に、バルドーは内心笑い転げる。
「甘かったな、オーランジュ。少し懲りることだ」
「…そうします。今度からは徹底的に排除することにしますよ」
「おいおい、冗談だろ?」
そっちじゃないだろう、と思うバルドーをよそに、オーランジュは不敵な笑みを浮かべる。
「フレアに目なんかつけるからですよ。…それでは、総隊長。俺は隊長達に知らせてきますので。場所の特定には第二隊の奴らだけであたります」
そういうと、隊舎とは別の方角へ伸びる廊下へさっさと歩きだしてしまった。その後ろ姿に向ける視線は憐みを含む。男を排除、じゃなくて女を捕まえる、だろうに…。
大いに世の女性達を虜にしている男が、意外と奥手なのだなあ…と思うが、自身の妻をめぐる数年前のできごとを思い出し、バルドーは人のことを言えない身の上に苦笑した。
――――隊員にあまり犠牲者が出ないといいんだがなぁ
そして隊舎への一歩を踏み出す。近衛の総隊長へ登りつめた男は一気に頭を切り替える。その顔は先ほどまでのんきに部下をからかっていたものではない。獲物を狙う獣のような目を輝かせている。
アーデルヴァイドが平穏になって久しい。今回の大捕り物は久しぶりに彼の闘志に火をつけていた。
国王執務室にオーランジュが隊長のハロルドと入ると、すでに中にはユーリックとバルドー、フィルドが来ていた。正面の机に座る国王とその横に立つ王妃、合わせて五人が彼らが来るのを待っていたのを知る。
「場所は割り出せたか?」
そう問うバルドーに頷き机に持ってきていた地図を広げる。
「第二隊の者に近所から聞きこみをさせました。ウィンストーン公爵家から出た馬車は全部で3台。リリーが見たのもそのうちの一台です。おそらく、撹乱のために複数馬車を出したのでしょうが、相手にとっても彼女の目撃は予想外だったのでしょう」
ハロルドは広げられた地図には王都の侯爵家から3本の線が引かれ、それぞれの馬車の通った道筋がたどられている。そのうちの1本を指す。
「リリーが馬車を目撃したのがこの位置。王都を出た後の先が曖昧ですが、ウィンストーン家と縁のある場所をこの先で探させました」
「あったのか?」
ユーリックの言葉に、はいと答える。
「直接の持ち物ではないですが、公爵の姉が嫁いだ先の家の別邸があります。と言っても、今はほぼ使われておらず、婚家でも存在を忘れていたような物です。邸に管理人などは置いてなく、ここ数年は完全に放置されていたといいます」
引かれた線は途中で途切れていたが、オーランジュがその先にある土地を指し示す。
「…リュート?」
「はい。貴族の別荘地として有名ですが、今の時期に行く者はいないでしょう。家と家の間も王都より広く取られていますし、もしどこかの管理人がウィンストーン家の馬車に気付いても公爵家のことに口を出す者はおりません。…まさに打ってつけかと」
みなが一様に地図を覗き込んでいる。険しい顔をした国王がオーランジュに視線を向けた。
「確証は?」
その言葉にはオーランジュも眉を顰めた。隣のハロルドも眉を寄せている。
「当たりをつけてすぐに部下をやりましたが、馬を飛ばしても往復で半日以上かかります」
「そんなに時間はないわ」
オーランジュの言葉に、王妃は頭を振る。
「彼らがフローレディアの…ましてサーシャマリーの力でさえも欲しているというのなら、いつまでもリュートに置いてはいないでしょうね」
その言葉に皆が国王へ瞳を向ける。それを受け、一度ゆっくりと瞼を伏せると、再びその瞳を現した国王は立ち上がって告げる。
「バルドー、近衛を動かせ。ただし、どのような者でも第四隊からは一人も連れて行くな。不足があるようなら軍から補充することは構わないが、主だつ者は第一から第三隊の近衛から選べ。ユーリック、指揮を執れ。お前に一任する」
「父上…!」
「軍は動かさん。事が大きくなる。だが、それ以外では最優先事項とする。サーシャマリーとフローレディアの救出、ウィンストーンとその一味を捕らえて来い」
低い声に国王が顔にこそ出さないが怒りを湛えていることは、全員がわかった。だからこそ、一つの否もなく全員が首を垂れてその命に従った。