第29話
いつルーヴィッツがまた戻るかもしれない中で、フレアはサーシャマリーに自分の髪の秘密をサーシャマリーに打ち明けた。長い間自分の中に閉じ込めていたことを告白するのは勇気のいることだったが、話している間中握っていたサーシャマリーの手が一度も離れることなく、それどころかぎゅっと握りしめてくることがフレアを勇気づけた。
「私はそのまま意識を失いました。気が付けばリュートの邸で…目が覚めた時の母の泣き顔が今でも忘れられません」
「…オーランジュは、なんと?」
「…気にするな、と。忘れろと言われました。でも、私は彼も傷つけたんです」
涙が出そうなのを必死でこらえる。
あれから一度も見たことはないが、彼の背中にはやけどの跡があるはずだ。
「彼は、その後すぐに近衛隊に入隊してしまいましたし、私もそれ以来リュートに近づくこともなかったので…城へ勤めに出るまで、会うことはなかったのです。一度も」
オーランジュのことも、あの男達がどうなったのかも、誰も彼女に教えてはくれなかった。フレア自身も恐ろしさに自ら調べることをせず今日まで来てしまった。
あの事件でフレアは全くの無傷だったが、確実に『呪い』は彼女に掛ったのだった。フレアはあれ以来無邪気なだけの少女でいることはできなくなる。家族の迷惑にならないように、これ以上誰かを巻き込まないように。働きに出る、と言い出したのも一生を独りで過ごせるようにならなければ、との思いからだ。それが今、大切に思っている主をも危険に巻き込んでしまっている。己の浅はかさがフレアは憎かった。ぎゅっと唇を噛んで俯くフレアに、サーシャマリーはそっと呟く。
「…大変な目に、あってきたのね」
フレアは泣きそうな顔で首を振る。
「お話しなくて、申し訳ございませんでした」
「いいの。きっと、こんなことがなければあなたはこれからも誰にも話すつもりではなかったのでしょう?憎むべきはあなたではなくて、今わたくし達をこんな状況に追い込んだ者たちよ」
幼い主の強い言葉に励まされ、フレアは頷く。
「この『呪い』。今なら姫様のお役にたてるかもしれません」
二人は大きく頷き合った。
ガチャガチャと音がしてドアが開く。入室してきたのはルーヴィッツともう一人、大柄な年輩の男だった。ベッドに腰掛けたまま二人を見上げる。慇懃に礼をするとルーヴィッツは相変わらずのいやらしい笑みを浮かべる。
「だいぶ落ち着かれたようですね、お二人とも」
ぎゅっとサーシャマリーの肩を抱きしめ、フレアはルーヴィッツを睨む。もう一人の男がジロジロと二人を目踏みするかのような視線を向けてくるのも不愉快だった。
身形のいい男に、フレアは見覚えがない。が、サーシャマリーは違ったようだ。
「ウィンストーン公爵…」
青い顔で呟くサーシャマリーの言葉にハッとなる。
対して、男はその言葉ににやりとなる。整った顎ひげを撫でながら口を開いた。
「お久しぶりですな、サーシャマリー殿下。お元気そうでなによりですのぉ」
「お気に召していただけましたか、侯爵?」
低いその声に背筋がぞわぞわする。
「よくやった。まさかこうも事がうまく運ぶとは思わなかったな」
「…このようなことを、なぜ…?」
顔色を失ったサーシャマリーが呟く。それにニヤニヤしながら公爵は髭を撫でている。
「殿下はご自分のことをあまりにもご存知なさすぎる…そこのお嬢さんはちゃあんとご承知のようだがね」
「わたくしが、何を知らないと?」
「ふふっ…いずれわかること。それかお母上にお聞きなさい。まあ、今一度会うことがあれば、の話ですがね」
下唇を悔しそうに噛みながらも、サーシャマリーは気丈に公爵を睨む。だが、公爵は気にもならないとばかりに彼女達に背を向けてしまった。
「ルーヴィッツ、二人から目を離すな。準備ができ次第出立する」
そう言うとこちらを顧みることなく出ていった。
「…わたくしが、いったい何を知らないというの?」
「…姫様」
ぎゅっとドレスを握りしめるサーシャマリーの肩をそっと抱く。本当は慰めたい。しかし時間もない。フレアは一度サーシャマリーを強く抱きしめると、身体を離し目線を合わせる。
「…帰ってから、王妃様にお聞きすればいいことです。今は…逃げなくては」
サーシャマリーも今は気持を押さえることにし、大きく頷く。
そしてフレアは覚悟を決めた。
――――サーシャマリーをを守る。彼女を生きて城に帰す。
大きく息を吐くと、フレアはすっと立ち上がった。




