第3話
その日の昼前。
王城敷地内にある自室から足早に王女の部屋へ戻ったフレアを待っていたのは、主であるサーシャマリー王女だけではなかった。居室のソファで優雅にお茶を飲んでいた王女の隣の椅子には、彼女の兄王子でありこの国の皇太子でもあるユーリックと、その背後に控える近衛隊のデュークが立っていた。
「フレア!よかったわ、戻ったのね」
飲んでいたカップを置くとサーシャマリーはフレアに向かってにっこりと微笑む。
フレアは部屋にユーリック達がいたことに一瞬驚いたが、すぐにサーシャマリーに向けて腰を折ると
「サーシャマリー様、遅くなって申し訳ございません。私に何か御用でしたでしょうか?」
顔を床に向けたまま視線だけでチラリと部屋の端を伺うと、他の侍女たちは皆大人しく控えている。
どうやら誰でもいい用事ではないらしい。フレアの胸中に嫌な予感がよぎった。
ユーリックが妹であるサーシャマリーの部屋を訪れるのは別段珍しいことではない。兄弟仲の良い二人は何かというとお互いの部屋を訪れるため、今さら驚きもしないが。しかし、ユーリックの背後に控えているデュークをこの部屋で見るのは初めてである。いつもはもう少し年嵩の第二近衛隊長のハロルドがつき従っているはずだ。ちなみにハロルドはオーランジュの直属の上官であり、第二近衛隊は主に皇太子であるユーリックの側近くに仕える。
―――現在近衛隊は五つに別れて編成されており、第一が国王夫妻、第二が皇太子、第三が王女となっている。国王夫妻に今後子が増えれば第四、第五もその子の周辺警護から政の際に必要な手足となって動く。実際にハロルドは近衛隊の隊長を勤める傍ら、ユーリックの貴重な助言者でもある。おそらく、副隊長となったオーランジュも今後その仕事の一端を担うことになるのだろう。
しかし、現国王夫妻には今のところ次の子の予定はなく、現在ある第四、第五近衛隊は総指揮官である近衛隊の総隊長直轄の部隊であり、その任務の多くは城下の巡回・警備や城内で催されるパーティなどでの賓客の警護が主である。また、第三までの近衛隊と違い重要な任務に就くことが多くないため一部では『貴族の子息の箔付け』隊と囁かれることもあった。ユーリックの背後に控えるのは、そんな『一部で囁かれている隊副隊長』候補の男だ。デュークの顔を頭の情報棚がら引っ張りだしたフレアは眉をひそめそうになる。――――めんどくさい予感がする。
「ユーリ兄様がフレアにお願いがあるらしいの」
「私に、でございますか?」
穏やかな笑みを張り付けてゆっくりと顔を上げると、申し訳なさそうな顔をしたユーリックと目が合う。
「すまない、フレア。用があるのは実は私ではないんだよ」
「では、もしかして…」
小首をかしげるフレアに、ユーリックは自分の後ろに立つ男を指した。それを受けてデュークはフレアに対してまさに『にっこり』というような笑顔を向ける。
「はじめまして、フレア嬢。第四近衛隊のデューク・ウィンストーンです。お噂を伺ってずうずうしくもやってきてしまいましたが…こんなに美人だったとわ」
「フローレディア・ダングレイでございます。お褒めに預かり光栄ですが、サーシャマリー様の御前であございますので」
肩をすくめておどけ気味に言うデュークに、フレアは内心イラっとした。
敬愛する主を差し置いて褒められても全く嬉しくない、どころかそのデリカシーのなさに思わず棘のある声を返しそうになる。なんとか声は取り繕ったが、表情までごまかせたか自信がなかったのでゆったりと礼をすることで顔を伏せてごまかす。しかし、そんなフレアの内心を無視するかのようにデュークは大げさに驚いたような身振りで続ける言葉に彼女は顔を上げられなくなる。眉間にしわが寄っていそうな気がしてならなくなったのだ。
「ご謙遜を。もちろん、サーシャマリー姫もお美しいがあなたの淑女の魅力も素晴らしい!特にその珍しい髪の色が大変よくお似合いだ!」
「…ありがとうございます」
「…デューク、無駄話をしに来たのなら私はそろそろ部屋へ戻るが?」
思わず力を込めていたフレアの手に気付いたユーリックがそれとなく話を止める。視線を床に向けたままだったフレアはその声に知らずほっと息をつき、ゆっくりと顔を上げた。その先では難しい顔をしたユーリックと、こちらも兄の言葉と同様の非難を込めた眼差しのサーシャマリーの視線の先で当のデュークは変わらずおどけた表情だ。
「おっと、申し訳ありません殿下方。では、サーシャマリー様。フレア嬢をちょっとお借りしてもよろしいですか?」
「フレアは物ではありません。彼女に失礼な態度は慎んでちょうだい。…フレア、あなたに頼みがあるのはデュークなんだけど…」
困ったような表情も愛らしい王女は、言外に『断ってもいいのよ』という視線を向けてくる。
ユーリックもデュークの態度に思うところがあるようで、眉間を押さえながら妹の言葉にうなづいている。
しかし、どうもそのデュークの願いのためにサーシャマリーの部屋を訪れたらしいユーリックに無駄足を踏ませるわけにはいかないと思ったフレアは二人に笑顔を向ける。
「大丈夫ですわ、ユーリック様、サーシャマリー様。デューク様。どのようなご用件でしょうか?」
めんどくさいことはさっさと済ませるに限る。早く言え、とばかりにデュークを促すフレアに、脳内が自分の都合のいいように解釈させるようできているらしいデュークは晴れやかな表情を向けてきた。
「おお、ありがたい!なに、フレア嬢の腕をもってすれば大したことはありませんよ。では、サーシャマリー様、隣の部屋をお借りできますか?」
「ええ。くれぐれもフレアの仕事の邪魔にならない程度にしてちょうだいね。――フレア、お話を聞いて都合が悪そうならお断りしなさいね」
さっさと隣室へ促すデュークに押されるように、今入ってきたばかりの扉へ向かうフレアの背中に優しいサーシャマリーの声がかかる。その言葉に振り返り、退室のためにフレアは室内に向けて腰を折った。
脳内ストックが尽きるまでは頑張って書きま~す(目標)
それにしても説明くさいorz