第27話
過去編です。
オーランジュ15歳
フレア10歳です。
10年前、秋。半年ぶりにリュートの別荘に着いたまだ幼いフレアは、久しぶりの自然に浮かれていた。馬車が止まると一番に飛び出し、別荘の玄関へ走り出す。
「兄様!早く早く!!」
「フレア!あまり走ると転ぶよ!」
妹と違い、どちらかと言うとおっとりしている兄――ランスイットは、苦笑しながらまだ馬車から降りたばかりだ。待ちきれないとばかりに、一度玄関前まで来ていたフレアが走って戻って来る。兄の手を引き別荘のポーチをくぐると、ふと彼女の足が止まった。顔を向けている方をランスイットが見ると、隣――といってもかなり離れているが――の別荘にも今まさに馬車が着いた所のようだった。
「ああ、グレンバック侯爵様も今着かれたんだな」
ランスイットがそう言い終わらないうちに、繋いでいた手を離しフレアが走り出す。
「オーランジュ!!」
「フレア!久しぶりだな」
馬車から降りたばかりのオーランジュに、隣から走ってきたフレアがそのままの勢いで抱きつく。オーランジュの胸までしかないフレアの体を難なく受け止めると、彼もまた笑顔をこぼす。頭をぐりぐりと撫でまわすと、怒ったように頬をぷっと膨らませフレアが身体を離す。
「ちょっと!いいかげんその子供扱いやめてくれない?」
「何言ってるんだ、十分子供じゃないか。ちょっと見ない間に縮だんじゃないか?」
「失礼ね!この半年でドレスを全部作りなおさなきゃいけないくらいには伸びたのよ。オーランジュが大きすぎるんだわ」
まだ身体を支えられながらも、一人前に髪を気にして直すしぐさにオーランジュも微笑む。
表の騒ぎを聞きつけ、馬車から侯爵夫婦がこちらもにこやかな笑顔で降りてくる。その姿にフレアはオーランジュからパッと身体を離して二人に向き直ると、ドレスをつまんで可愛らしくお辞儀をした。
「お久しぶりです、グレンバック侯爵様、奥方様」
「元気そうだね、フレア」
「本当に、大きくなりましたね。オーランジュ、女の子はもっと丁寧にしてあげなくてはいけませんよ」
優しい笑顔を向けられ嬉しそうなフレアに対し、オーランジュははいはい、と母に適当な返事をする。
それに日傘を差したグレンバック侯爵夫人は眉をひそめる。
「まったく、これだから男の子は…フレア、あとでお茶にいらっしゃい。私に娘ができた気分を味あわせてちょうだいな。オーランジュも、そんなんではフレアに愛想を尽かされてしまいますよ。きちんとお誘いしなさい」
「ありがとうございます、奥方様。私もお土産を持ってきたので、後でお持ちしますね」
にっこり笑うフレアに頷きながら、侯爵夫婦は別荘へ入って行った。
二人が邸へ入ると、とたんオーランジュは再びフレアの頭をぐりぐり撫でまわす。
「ちゃんと挨拶できるようになったじゃないか」
「もう、やめてってば!私だってもう10歳よ。これでも一人前のレディなんですからね」
オーランジュの手から逃れて、ツンの澄ましたように言う。オーランジュはそんな幼馴染に苦笑しながらも、やはり親と一緒に休暇に来てよかったと思う。15歳にもなって両親と行動を共にするというのが気恥ずかしくもあったが、王都ではろくに接点のない幼馴染に会えるのはやはり自分にとって必要な時間なのだろう。
そんなことを思っていたら、何の反応もないことを不審に思ったのか、フレアがオーランジュの顔を覗き込んでいる。幼い彼女に会いたかった、などと言うのはどうにも頂けない気がしてオーランジュはごまかすようにニヤリと笑う。そしてその手を取って、軽く腰を屈める。
「失礼いたしました、レディ・フローレディア。あなたを後ほど我が家の茶会にご招待したいのですが、お受けくださいますか?」
驚いたフレアだったが、次の瞬間はにかんだような満面の笑顔で大きく頷く。
「ええ、もちろん!喜んでお受けしますわ」
そう答えたフレアに視線を合わせると、二人は声を出して笑いだした。
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リュートでは一日は穏やかにゆっくりと、しかし楽しい時間は早く過ぎる。その時間を惜しむように両家は交流を深めていく。どちらかの家で茶会や昼食会が催され、三人の子供は大自然に触れる。城では要職に就く二人の父親が、あまり長い時間を別荘で過ごせないことは解りきっていたので、互いの家族はことさらその時間を大切にしていた。
だが、ある日はしゃぎ過ぎたのかランスイットが熱を出す。家の中ではしゃげなくなったフレアは、いつも通り隣の邸へ向かった。表へ出るとちょうど出かける様子だったオーランジュがこちらに気付いて片手をあげる。王都とは違う、簡素な服に身を包んだオーランジュに駆け寄る。
「出かけるの?」
「ああ、たまには馬を走らせようかと思ってな」
「馬?」
邸の裏側にある厩舎に向かう彼について歩く。頷いたオーランジュの手には布袋がぶら下がっている。出かけた先でランチにするつもりなのだろう、いい匂いがするのをフレアは嗅ぎつける。それに苦笑して、頭にポンポンと手を置く。
「お前もいくか?」
「いいの!?」
「ああ、ちゃんと家の人に伝えてこい。着替えてきたら乗せてやる」
「わかった!!先に行っちゃダメよ!待っててね!!」
ぱっと顔を輝かせると、とたんに走り出す。お弁当持って来るねー!と叫ぶフレアに軽く手を振って見送ると、オーランジュは厩舎に向かった。
邸に戻ったフレアは昼食の準備をしていた別荘の管理人夫人に昼食を作ってもらい、その間に去年まで着ていた汚れていもいい服を引っ張り出して着替えた。年老いた管理人夫人から弁当を受け取り、大急ぎでオーランジュのもとに戻ると、彼はすでに愛馬に鞍をつけて待っていた。息を弾ませるフレアから荷物を受け取ると、自分の布袋に入れて背負う。
「お前、馬に乗ったことあるのか?」
「馬?ないわ!」
そっと馬の鼻を撫でていた彼女はオーランジュの言葉にきっぱりと答える。
「ふんぞり返って言うことか…落ちないようにちゃんとつかまってろよ」
そう言うと彼はひらりと馬の背に乗り、フレアを引っ張り上げる。オーランジュの前に横抱きに座らされると、フレアはその高さに目を輝かせた。貴族の娘らしからぬその仕種に知らず笑みをこぼしながら、二人はゆっくりと馬を森の中へと進めていった。
1話で終わるはずだったのに(涙)