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第26話

 ユーリックとバルドーが第四隊隊舎で聞き取りを行っている間、オーランジュは第二隊の部下数人に城門の門衛の所へ入退城記録を取りに行かせていた。夕闇迫る外で彼らを待ちながら、中の二人の様子にも耳をそばだてる。

 ドアの横にもたれかかっていたオーランジュのもとに、この場にふさわしくない姿の者が駆けてくるのが見えた。


「オーランジュ様!!」

「君は…サーシャマリー様付きの…」


息を弾ませながらオーランジュの前にたどり着いたのはリリーだった。普段走ることなどめったにない侍女が、かなりの距離を来たのだろう。胸に手を当て必死に呼吸を整えている。

 リリーはぐっと息を一つ飲むと、無理やり息を整えオーランジュに向き直る。


「サーシャマリー様付きの侍女、リリーと申します。ちょっとよろしいでしょうか?」


必死の形相にただ事ではないと確信し頷く。だが、リリーは人目をはばかるように辺りに視線をやるので、隊舎の裏へと誘う。まだ荒い呼吸のリリーがそれに大人しくついてくる。


「…リリー殿、どうされましたか?」

「あ、あのっ私今日午後から城下に用があって出かけていてっ。それで、今戻って他の侍女たちに姫様のことを聞きました。そ、それで、関係が、もしかしたらあるかもしれないとっ…」

「…なにがあったか、ゆっくりでいいので話してください。なんでも構いません」


焦るリリーを手で留め、落ち着かせる。彼女はその様子にほっとしたように一度呼吸を整える。


「私の生家は城下のはずれにございます。実家の方で用があったので午後からそちらへ参りました。帰る途中、その…よくわからないものを見たのです」


困惑したような顔のリリーに先を促す。


「大通りを一つはずれた道で賃馬車が止まっていました。街の者が乗るような、普通の馬車でございます。その馬車から降りた方はすぐ目の前に止まっていた別の馬車に乗り替えられたのです。…家紋付きの、貴族の方が乗られる物です」


 その程度なら後ろめたいことをしている貴族の旦那衆ならよくあることだろう。そう思ってオーランジュも大した反応を示さなかった。リリーも心得ているようで、そんなことが言いたいわけではない、と首を振る。


「私もその時は気にも止めませんでした。ですが、馬車が行ってしまった後これが道に落ちていたんです」


そう言ってリリーが差し出したのは、白い絹で編まれた手袋だった。それを受け取り見てみるが、オーランジュには意味がよくわからなかった。


「…フレアが編んだものです」


リリーのその一言にオーランジュの目つきが変わる。


「以前、私も彼女に編んでもらったことがあるんです。フレアは、手袋は爪や食器でほつれやすいから、と特別な編み方をしているんです。その時に教えてもらいました。だから、それはきっとフレアの物なんです!」


オーランジュにはわからないが、女性なら気付くのだろう。道に落ちていたというそれは、たしかにほつれや糸の伸びもなく形はきれいなままだ。


「姫さまと一緒にフレアも、ネルもいなくなったと聞きました!なにか、手がかりになるのでは、と…」


すがるような目のリリーに、オーランジュは彼女が手袋を持ちかえった幸運に感謝する。頷いて、リリーに問いかける。


「…馬車の家紋は、どこの家の物だ?」

「……ウィンストーン公爵様の物かと」

「そうか。…馬車を見た位置を覚えているか?」

「はい…その、オーランジュ様?」


恐る恐るといった風のリリーに目をやると、彼女はポケットから一通の手紙を取り出す。


「フレアの机の上にありました…侍女頭様がフレアとネルの部屋を検める、と仰っていたので…一緒について行って見つけたんです。他の方はフレアとオーランジュ様のことはご存知ないので…」


見られないほうがいいかと思った、というリリーから手紙を受け取る。封筒の表に確かに自分の名があるのを見て、閉じられていない封を開ける。

内容は短く、リリーが待ったのはほんの一瞬に思えた。だが、その一瞬でオーランジュの表情は驚くほど変わる。リリーの話を聞いている間、見えない敵に向けての怒りで険しかった顔は、彼に憧れ以上の好意を抱いていなはずの彼女でさえ、胸が痛くなるほどだった。


そっと、手紙を封筒に戻すとオーランジュはそれを上着の内側にしまう。大きく肩を上下させ、顔を掌で一撫ですると、以前の無表情に戻る。


「…あとで人をやるので馬車を見た位置を教えてくれ」

「かしこまりました……オーランジュ様!!」


そのまま隊舎の表へ戻ろうとするオーランジュの背に、リリーが叫ぶように呼び止める。声に振り返ると、彼女は先ほどまでの怖いくらいの必死の形相から一転、泣きそうな顔で佇んでいる。


「お、お願いします!彼女たちを助けてください!フレアも、ネルも…私の友達を…!」


悲壮なその言葉に、身体ごと改めて向き直り深く頷く。


「わかっている。知らせてくれて助かった。それと…ありがとう」


そのまま今度こそオーランジュはユーリック達のもとへ戻って行った。

後に残ったリリーは、涙も引っ込んだのではないかと思うほど呆然としていた。


「…あの笑顔見てなんで平気なのかしら、フレアは…」


オーランジュの最後の言葉とともに浮かべられた表情に、今の状況も一瞬忘れて首をひねった。


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