第18話
動け~
話よ動け~~
王女の部屋へ戻ると、すっかりもとのドレスに着替え終わったサーシャマリーがソファに腰掛け、向かいに座るルーヴィッツと話しこんでいる。その前にお茶を出し、次いで彼の前にもそっと差し出す。気付いたルーヴィッツはにっこりとフレアに会釈を返す。二十代後半と思しき彼は、すっかり王女付きの侍女たちを虜にしていた。――この笑顔はクセモノね。そう思いながらもフレアも笑顔で礼を返す。
「本日の手直しをして、明日もう一度ご試着をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「まあ、仕事が早いのね。フレア、明日のわたくしの予定はどうだったかしら?」
傍らのフレアにサーシャマリーが聞く。王女の予定表を頭に思い浮かべながらフレアも考え込む。
「明日は午前、午後ともにすでに予定がございますわ。午前中はお誕生祭に向けての作法の講義、午後は侯爵令嬢の方々とお茶会が組まれていたはずですが…」
「そう…明日でないとダメかしら?」
「正直早い方がありがたいのは確かです。王室の方々のドレスは3着作らねばなりませんし、そのうちの1着を仕立屋に飾って他のご令嬢方にお披露目せねばなりませんので…大商人ではない、私どもでは人手も多くはありませんから、時間はいくらあっても余ることはないかと」
申し訳なさそうに言うルーヴィッツに、サーシャマリーも頷く。
王家の女性が着るドレスは他の貴族の令嬢とかぶることがあってはならない。そのため、いち早く見本を作り上げ公開しなくてはならないのだ。残りの2着は本番用と予備だ。その腕を買われ王女のドレスを仕立てることになったルーヴィッツと彼の仕立屋は、腕は確かであったがまだ駆け出しである。彼の言うように、大商人が抱える大所帯のお針子を抱えられるはずもなく、話によるとルーヴィッツ自身も今回のドレス作りには自ら針を持っているという。夜会用と舞踏会用という、メインとも取れる2着を仕立てられるのは名誉なことだったが、王女の話を聞いた他家の令嬢からの注文も入ったということもあり、現在彼の工房は大わらわだそうだ。
そんな彼を慮って、サーシャマリーは考え込む。
「なんとか時間は作れないかしら?」
「ですが、あまりご無理なさって、体調を崩されたら元も子もありません」
顔を突き合わせる二人に、ネルが後ろからおずおずと声を掛ける。
「お茶会の後なら、多少お時間は取れるのではありませんか?」
「少しならあるけれど…明日はリリーが午後から外出の予定だし、あまり人手が多くはないから…」
「少しで構わないのです!本日のお直しの確認と、ドレスの装飾品を仮縫いでつけて参ります!その位置さえ合わせられれば良いのです!」
首を振るフレアに、ルーヴィッツは飛びつくように懇願してきた。その様子にサーシャマリーも意を決したようだ。
「そのくらいなら大丈夫でしょう。夕方になってしまうけどいいかしら?」
「ありがとうございます、王女殿下。これで仕事がはかどります!」
サーシャマリーが許可をしたことに否を唱えることはできない。フレアもしぶしぶ承諾すると、ルーヴィッツは満面の笑顔で立ちあがり、王女に胸に手を当てて礼をする。
まだ眉間にしわがより気味のフレアに、ネルがこっそり隣に来て耳打ちしてくる。
「お茶会の後、私も手伝うわ」
「でも、あなたは明日午後からお休みじゃ…」
「いいのよ。どのみちルーヴィッツ殿のお店でドレスの打ち合わせだったんですもの。彼がいないのでは進まないでしょう?ついでに馬車に乗せていってもらうわ」
「…ありがとう。助かるわ」
ネルの気づかいにほっとして、フレアも頷く。どうやらこちらも落ち着いたらしいと察したルーヴィッツが退出をしようとした時、サーシャマリーの部屋の扉がノックされる。表を確認したアデリーが、サーシャマリーに来客を告げる。
「ユーリック殿下がいらっしゃっています」
「兄様が?視察からずいぶん早くお戻りになったのね。お通しして」
笑顔で告げるとすぐにユーリックが入って来る。共に入室してサーシャマリーに礼を取る近衛がオーランジュだったことに、フレアは驚いた。
二人は視察からそのまま部屋に来たようで、簡易の礼装とマントを身に着けていた。
思いもかけず久しぶりにオーランジュとの対面となったフレアは、とっさに身を引き礼を取ることで彼と視線を合わせないようにしてしまった。
「急にすまないね、サーシャ。ドレスの試着をしていると聞いたから、帰ってそのまま来てしまったんだけど。もう、終わってしまったのかな?」
「おかえりなさいませ、兄様。残念でしたわ。もう少し早かったらよかったのですけれど。ご紹介しますね。わたくしのドレスを作ってくれているルーヴィッツです。もう、本当に素敵なのを持ってきてくれるんですのよ!」
立ち上がってユーリックにルーヴィッツを紹介する。ルーヴィッツは思いもかけない皇太子との対面に、緊張のためか顔をこわばらせて深く礼を取る。
「お初にお目にかかります。ルーヴィッツと申します。この度は王女殿下のお誕生祭用のご衣裳をご用命いただき、恐悦至極ございます」
「そなた、城内では見ない顔だな」
「はっ。今回王家の方々から初めてご指名を頂きました」
頭を下げ続けるルーヴィッツに、ユーリックはゆっくりとその姿を上から下まで見やる。
「…そうか。なんでも今回は今までのサーシャマリーとは雰囲気がだいぶ違うものらしいな。私も楽しみにしている」
「ありがたきお言葉、身に余る光栄でございます」
「しかと励んでくれ」
「はい、承りました。では、サーシャマリー様、私は今日はこれで失礼いたします」
ユーリックの半ば威圧のような雰囲気に、ルーヴィッツは冷や汗をかきながらもなんとかサーシャマリーに笑顔で退出の挨拶をすると、仕立屋とともに部屋を辞した。見送りに出たネルとルーヴィッツの姿が扉の向こうへ消えると、ぷっと頬を膨らませたサーシャマリーがユーリックに向きなおる。
「兄様、あんなふうに睨みつけてはルーヴィッツが怖がってしまいますわ!」
「…いや、済まない。見ない顔だったからつい、な。ところで、ドレスはどんな感じになるんだい?」
妹の機嫌を取るために話を変えたユーリックに、サーシャマリーはパッと顔を輝かせて、彼のドレスがいかに素晴らしいかを語りだした。