第17話
小広間での大商談会から3週間が経った。今日もサーシャマリーの部屋は試作品のドレスと生地、それにデザイナーと仕立屋で溢れていた。今日は夜会用の華やかなドレスだ。ネルも注文することにしたらしい、あのデザイナー、ルーヴィッツが来ているので、今日はリリーとともに彼女もサーシャマリーの試着を手伝っている。
赤を着たい、と言う彼女の要望に応えるため張り切ったらしいルーヴィッツは、近くで見るとフレアが思っていたよりもずっと年若かった。新進のデザイナーらしく、柔軟な発想で王女の期待に添うよう彼が持参した今日のドレスは、真っ赤な生地の上に目が大きく編まれた絹のレースを乗せ、色の強さを押さえつつも王女の雰囲気に合った大人っぽさを引き出している。まだ飾り気のない形ながら、試着を済ませ寝室から出てきた王女にフレア達もお世辞抜きに素晴らしいと思った。
「素敵ですわ、姫様!今までよりもぐっと大人っぽくなって!」
「本当に!これからは赤いドレスもたくさんお召しになりましょう!」
手放しに褒める侍女たちに、恥ずかしそうな顔をしながらもサーシャマリーもまんざらでもなさそうだ。居間に置かれた大きめの鏡の前で全身を映している王女に、ルーヴィッツも満足気だ。
「おおまかな形はこのように。後は装飾をしていこうと思うのですが、何かご要望はございますか?」
そう言うと彼は鏡の前に進みサーシャマリーの横に立つ。彼の助手がカバンからたくさんの装飾品の見本を出してきたので、部屋にいた他の侍女たちもわっとそのそばへ駆け寄った。手に手に、大きいリボンやレース、花の胸飾りなどを持ちながらどこにどのように、という相談を進めていく。
その様子を、一人離れた所から見ていたフレアはそろそろお茶の時間だなと思い、こちらに気付いたリリーに目配せをしてそっと部屋を出る。
厨房にお茶の支度を取りに行ったフレアは、廊下から中庭を眺めてそっと溜息をつく。
3週間。謝るどころか、あれ以来オーランジュに会っていない。ユーリックが毎日のようにサーシャマリーの部屋を訪れるが、一度も供をして来ない。最初は第二近衛隊長のハロルドがいるのだから当たり前だ、と思っていたのだが、彼が不在の時もオーランジュはついてこなかった。第二近衛隊のもう一人の副隊長、ノーランドがつき従っているのを見た時は、フレアは少なからず落胆した。城内にいないのかと思えば、ユーリックの供をしている姿を遠くに見かけることはあるので、仕事で遠方に出ていることもなさそうだ。
以前は必ず繕いものを持って来る彼を苦々しく思っていたりもしたが、こうも出くわさないとさすがに嫌な予感がしてくる。
――――もしかして、避けられてる?
本来、広い城内で定期的に会う方が珍しいが、お互いの主が行き来しているためそう難しいこととは思えない。歩きながら考えていると喉から唸り声まで出てくる。通りすがる侍従に不審げな目を向けられてそれに気付いたフレアは、ハッとしてあえてしずしずと廊下を進んだ。恥ずかしさと同時に胸がだんだんむかむかしてくる。
――――なんで、私がこんな思いしなきゃならないのよ!怒ってるなら怒ってるって、言いに来ればいいじゃない!!
眉間に寄って来た皺を伸ばすように額に手をやるが、一向に消える気配がない。なにより、彼女をいら立たせていたのは、おそらくオーランジュが本当に自分を避けているのだろう、と薄々勘付いているからだ。
この3週間、仕事の合間や終わりにフレアは必ず鍛錬場横の脇道に通っていた。時間は違えど一日一回、頼まれた繕い物ができた、という口実のもと毎日脇道に向かっていたのである。しかし、彼がそばを通ることはおろか、鍛錬場内で姿を見ることもなかった。仕事中に廊下から覗けばちゃんといるのに、である。こんなことは今まで一度もなかった。頼まれた物を持っていけば、だいたいオーランジュは程なく現れた。
だが、イライラする気持ちとともに、フレアは気付く。この3週間、毎日通って一度も他の近衛隊に見つかったことなどなかった。それだけ人がいるのが分かりにくい場所なのだ。それなのに、オーランジュは必ず気付いていた。それがどれだけ注意を向けられていたことなのかを、フレアは今さら思い知ったのである。
ふっと窓に目をやれば決して楽しそうではない自分の顔が写る。あれ以来、リリーも彼について全く聞いてこない。フレアは内心、当たり前だ、と思う。こんな顔をしてる人間に何を突っ込めるというのか。気をつかわせてしまっていることを申し訳なく思うと同時に、友の思いやりに感謝もする。
ほっと息をひとつ吐き、気持ちを切り替える。
――――仕事、しなくちゃ。
フレアは目の前の厨房の扉を開いた。