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第16話

 リリーと二人で広間へと戻ったフレアは、扉の前で待っていたアデリー、ネルと合流する。

 結局フレアはあの後、自分がへこんでいる理由を昏々とリリーから説教されるはめになり、休憩時間は彼女にとってまったく安息の時間にはならなかった。同じ時間を共にしたはずなのに、リリーはすでに気持ちを切り替え、王女のドレス選びのために再び闘志をみなぎらせている。


「さあ、さっさと生地を選んで、次はデザインよ!」


 腕まくりをしそうな勢いの彼女につられるように、フレアも意識を広間に向ける。――――今は、仕事をしなくちゃ。考え事なんてしていられないんだから!

 小広間の扉を開け、四人は再び熱気の中に足を踏み入れた。




「…では、生地はこちらとこちらで…念のため、色見本にあったのと近い色をいくつかお持ちいただけます?」


サーシャマリーの夜会と舞踏会用の生地は同じ商人から発注することが決まり、フレアはその対応に追われていた。すぐ横ではネルも他の業者に納品の確認を取っている。リリーとアデリーはデザインを決めるためにサーシャマリーの隣でデザイナー達と相談の真っ最中だ。彼らの中には見本を着せた女性を連れているものもあり、商人の大多数が退出した広間が、今度は別の雰囲気でごった返している。

 チラリと視線をやれば、五人の見本を着た女性を前にサーシャマリーが真剣な目でデザイナーの話を聞いている。アデリーも横でふんふんと頷いている。そんな二人をネルがチラチラと見ているのが気になった。


「ネル、ここはもういいわよ。あとは私がやっておくから、あなたも姫様の所へ行っていた方がいいんじゃない?」

「そう?お言葉に甘えていいのかしら?」

「もちろんよ!あなたも今のうちに情報をたっぷり仕込んでおかなくちゃいけないんだから!」


 ただでさえ休みの少ない侍女の仕事に就く者が、新たにドレスを仕立てるのは大変だろう。せっかくサーシャマリーのおかげで商人達と会えたのだ。この機会を逃す手はない、と伝える。

ありがとう、と言い置いてネルはそそくさと彼女たちのもとに寄って行った。サーシャマリーに礼をして一人のデザイナーに声を掛ける。どうやら見本のドレスで気になるものがあったようだった。それはサーシャマリーには少し大人っぽすぎるが、ネルが着るには申し分ないだろう。王女たちも笑顔でネルに話しかけている。デザイナーの方はサーシャマリーの注意が自分のドレスに向いたのをいいことに、他の作品を着た女性たちを急いで呼んでいる。このチャンスにじっくり見てもらおう、ということか。

――――しっかりしてるな。

商魂の逞しさに苦笑を覚えないでもなかったが、きっと彼にはこんな機会滅多にないのだろう。特に異議を唱えるものでもないので、フレアはそのまま自分の仕事に戻った。思いのほか大量注文になったサーシャマリーのドレスは、生地をより分けるのだけでも一仕事になりそうだった。



 小広間での大商談会がお開きになたのは、夕方も過ぎたころだった。興奮からくる疲労を休めるべく、四人は控室に向かう。四人で座ったいつもの席にお茶を用意して、ようやく一心地つく。今日一番の働き手だったリリーが肩をぐるぐる回している。


「今年は一段とすごかったわね。まさかあんなに人が来るとは思っていなかったし…」

「でもおかげで私たちもとっても参考になったわ。ネルはあのデザイナーのドレスを注文するの?」

「そうね。一度家に帰って父に相談しようと思ってるんだけど…」

「早くしないと、姫様がご注文されたことが知れ渡ると忙しくて断られちゃうかもよ?」


 そんな会話を聞きながら、フレアは一人窓から外を見る。もう日も落ちかけている。オーランジュ達は帰って来ただろうか。近隣の視察だと言っていたし、そう遅くなることはないのだろう。そんなことを考えながらお茶を飲んでいると、ふと他の三人の声が聞こえないのに気付き、視線を戻してぎょっとした。みんながみんな、自分をじっと見ている。


「な、なに?」

「フレア、ちょっと変よ?どうかした?」


アデリーの心配そうな言葉に慌てて首を振る。訳知り顔なリリーは澄ましているが、アデリーとネルにはオーランジュとの関係も話していないのだ。考え事の原因なんて言えない。

取り繕うフレアに、ネルも訝しげな顔を寄せてくる。


「本当、なんか変ね」

「そ、そんなことないって!」

「…そう言えば、午前中にオーランジュ様と何かお話されていなかった?」


 核心を突くネルの言葉にドキッとする。固まりそうになったフレアに手を差し伸べたのはリリーだった。


「なに言ってるのよ、ネルったら!婚約者の方がいらっしゃる身で、他の男性が気になるの?」

「ち、違うわよ!もう、やめてよリリーったら!」

「ふ~ん。私はてっきりネルがオーランジュ様に未練たっぷりなのかな~と…」

「違うったら!そんなのないって…」

「そんなに慌てないでよ。それとも何?婚約者の方は王城勤めなの?嫉妬深いのかしら~?」

「リリー!!わ、私今日は疲れたからお先に失礼するわ!」


顔を赤らめたネルがガタガタと慌ただしく椅子を引いて控室を出ていく。その後ろ姿を呆然と見やりながら、アデリーがリリーに少し怒ってみせる。


「こらっ。いじめ過ぎよ」

「ごめんなさい。まさかあんなに敏感に反応するとは思わなくて」


肩をすくめるリリーに、仕方ないと二人は溜息をつく。だが、確かにあんなに慌てなくてもいいのに、とフレアも思った。


「『私には恐れ多い方』とか言ってたから、ずいぶん身分の高い方なのかしら?」

「そうかもしれないわね。正式な婚約も整ったばかりなのだとしたら、今は繊細な時期だがら。そっとしておいてあげましょう」


 フレアの問いに既婚者のアデリーが答える。経験のない二人はそんなものか、と思い納得した。

ひとしきり王女のドレスについて話した後、各々自室へと引き上げていった。






 一度部屋に戻りリリーの目をごまかすと、フレアは肩にショールを引っかけ外に出る。日も暮れかけてきた廊下を足早に通り過ぎると、鍛錬場横の脇道に身体を滑り込ませ、しゃがみこむ。なんで怒っているのかはわからないが、オーランジュの機嫌を損ねたままでいるのは後味が悪い。そうそうに謝ってしまおう、とここまで来たのだ。肌寒くなってきた外の気温に、肩をショールを掻き抱き膝を抱える。


 その日、待てど暮らせどオーランジュは姿を現さなかった。




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