第15話
昼を少し過ぎたころ、さすがに休憩を、という侍従に促されるまで王妃たちはドレスの生地選びに没頭していた。国王たちは30分ほどで視察に出たが、その時に彼らなりの意見を述べていたため、王妃と王女のやる気が俄然アップしていたのだ。侍女や商人たちもそれに引っ張られるように、彼女たちを盛り上げ、気付けばいつものサーシャマリーの昼食時間をとうに過ぎていた。
隣の部屋に支度を整えていた抜かりのない侍従は、二人を案内していく。その間、フレア達四人や商人たちも休憩となる。1時間ほどで戻ることをサーシャマリーに告げると、四人は食堂へ向かった。
「広間を離れるとどっと疲れが出てくるわね」
「本当に。でも、自分の下見にもいい機会になるわ」
夜会に出席する二人は楽しそうに笑いあいながら先を歩いていく。その後ろをリリーとフレアがついて行く。広間を出てからリリーは険しい顔をしてフレアの隣にぴったりとついていた。フレアは、いつリリーの口からオーランジュのことが出るのかとハラハラしたが、彼女が二人の前で口を開きそうにないことは、そのキッと結ばれた口元からうかがい知れた。
そんなリリーを怪訝そうにネルが振り向く。
「リリー、どうしたの?何かあった?」
「ううん、なんでもないの。あ、そうだ!私とフレアはちょっと相談があるから、お昼は部屋で取るわね。二人はゆっくりして来て!」
「え?私は…」
「いいから!!」
そう言うとリリーは二人に笑顔で手を振り、フレアの腕を掴んで足早に侍女たちの部屋がある方へ向かいだす。立ち止まってきょとん、とするアデリーとネルに見送られながら、フレアは溜息をついた。
「何があったの!?」
「別に何もないわよ」
フレアの部屋に入り扉を閉めるなり、リリーは机にバン!と手を着いて問い詰めてくる。食堂から持ってきたパンの包みをガサガサ開きながら、フレアはなんとかごまかそうと思う。『夢見る乙女』のリリーにオーランジュとのことなんて言えない。それにはっきり言ってしまえばフレア自身も考えたくもなかった。
「何もなくてオーランジュ様があんな顔するわけないでしょう!そばで見ていてビックリするくらい怖かったんだから!!」
その言葉にフレアは驚く。もともと城内では『そっけない』とか『無表情』で通っているオーランジュだ。あれくらいのことで表情を変えるとは思わなかった。
「怖いって…いつもあんな顔じゃない?」
「わかってないわね~フレアは。夢見る乙女の目をごまかせると思ってるの?」
「うわ、認めた」
「ごまかさないの!いい?オーランジュ様は確かに表情豊かな方ではないわ」
「まあ、そうね」
隣に腰かけ、話す態勢になったリリーに、フレアは大人しく従う。その様子にリリーも頷く。
「でもね、相手によって雰囲気が変わるのよ。私たち侍女にも分け隔てなくお優しい雰囲気で接してくださるけど、陛下や殿下にも時と場合によって変えられてるのよ」
「そうなの?」
「そうなのよ!公私をきっちり使い分けていらっしゃって、その辺りも多くの女性たちの関心を引いてるわ。でもね、緊張感を持たれていたり、まあ、貴族のご令嬢方からのアタックにお断りを入れられている時だって、怖くはなかったわ!」
――――どこで見たのかしら?
気にはなったが余計な口をはさむと長くなりそうな気がして、フレアは黙ってもそもそとパンを食べる。
「鍛錬場で近衛の方たちと剣を交えている時だって、後輩を咎められる時だって!お心に余裕があるからできることだわ」
またしてもうっとり、と両手を組みだしたリリーだが、突然フレアに怖い顔を向けてくる。
「それが!さっきあなた達こそこそ話していたでしょう!?」
詰め寄られ、うっと言葉に詰まる。
「…途中までは良かったのよ」
「よ、よかったの?」
身体を反らしてリリーを避けながら問うと、リリーは感無量、といったように拳を握りだした。
「そうなのよ!なんかこう…いたわり?慈しみ?やわらか~い雰囲気だったの。なのに、途中でもう、カチン!よ!カチン!わかる!?凍ったのよ!!」
「凍った…」
「そう!あったか~い雰囲気だったのが、いきなりカチン!なんだから!…怖いでしょう!?」
たしかに、リリーの言うとおりだとしたら怖い。だが、あのオーランジュがそこまで露骨に表に出すだろうか?疑問に思って聞くと、リリーはあっさりと首を横に振る。
「みんな国王御一家を見てたから、たぶん気付いてないんじゃないかしら?あなた達二人をずっと見ていたのなんて、私くらいよ」
だから気付いたんだけどね、とこともなげに言うリリーにほっとする。だが、あの場には大勢の商人たちもいた。自分たちの背後で誰かが見ていたとも限らない。原因の一端が自分にあるとわかってはいても、オーランジュらしからぬ失態に眉を寄せる。
そんなフレアの様子にも、リリーは戸惑うことなく聞いてくる。
「で、何があったの?」
「………わからない、のよ」
突然戻された現実に、フレアは泣きそうな顔になる。その様子に興奮状態だったリリーも心配になったようだ。
「わからない?」
「うん。…ううん、私が彼の機嫌を損ねたのはわかるんだけど…なんでそこまで怒ったのか、よくわからないのよ」
膝に置いたパンに視線を落とし、考える。たしかに、余計なことを言ったとは思う。あの時はろくに考えもせずに話していたから、悪いことを言ってしまったんだとも思う。だが。
「なにがダメだったのかしら?」
「…どんな話をしたの?」
一転、優しく問いかけてくるリリーにすがるように、フレアは先ほどの出来事を話した。
「…どこだと思う?」
「どこって…どこもかしこもダメな気がするけど…」
聞かれたリリーも困惑顔だ。
「でも、たぶん後の方の会話よね、きっと」
「最後?」
腕を組んで考え込むリリーに、フレアは顔をあげる。
「『黙ってろ』って…うるさかったってこと?」
「違うわよ、その前よ。『厄介』とか、『余計な仕事』とか言ったんでしょう?」
「う、ん。言った、と思う」
その言葉にリリーはやれやれと肩をすくめる。
「普通、好意を持っている相手にそんなこと言われたら誰だって傷つくでしょう?」
「好意って…前にも言ったけど、彼とは幼馴染で私のことは妹みたいに…」
「あー、はいはい。そうかもね。でも、そうじゃないかもしれないでしょう?だとしたら、迂闊な言葉だったわね」
そんなことはあり得ない、と言いながらも、迂闊な言葉、という一言に次の言葉が出てこない。
「人がどんな言葉で傷つくのかなんてわからないわ。幼馴染でも、妹だとしても」
リリーの言葉にその通りだ、と思う。フレアはますます頭を抱えたくなった。
そんなフレアにリリーは慰めるように背中をさする。
「…オーランジュ様はきっと怒ったんじゃないわ。…ちょっとあなたの言葉に傷ついてしまったのかもしれない。それに、傷つけたことが分かっているから、あなたもそんな顔をしているんじゃないの?フレア」
「そんな顔?」
「ええ。知ってる?そう言うのをなんていうか」
視線を合わせると、わかっていないのかとリリーは首を振る。
「自己嫌悪、って言うのよ」
フレアは顔からベッドに倒れこんだ。
ちょっと直しました。
まだ変なところがあったら教えていただけるとありがたいです。