第14話
長いです(涙)
本当いつもすいません…
小広間に向かうのは、毎年サーシャマリーのドレス選びに絶対の信頼を得ているリリー。王女お気に入りのフレア。今年結婚して文官として城に努める夫とともに夜会に出席する予定のアデリー。そしてネルの四人だ。
「ネルも今年は夜会に出席するのね。お相手は婚約者の方?」
「はい。私には過ぎたお方なのですが、良縁に恵まれまして…」
広間へ向かう途中にサーシャマリーが聞くのへ、ネルは恥ずかしそうに答える。彼女のドレスを仕立てるにも、今日はいい下見となるだろう。事情を聞いたサーシャマリーの計らいで、ネルもこの大商談会に付き添うことになったのである。幸せそうな彼女にみんなが微笑みながら広間への移動となった。
小広間は常にない熱気にあふれていた。昨年まではサーシャマリーの部屋で彼女のためだけに商人が集めらていたが、今回はその比ではない。扉が開かれ、中にいた商人たちが一斉に立ち上がり、サーシャマリーへ首を垂れる。その様子に王女たち一行は驚き、唖然となるが、中央の上座でそれを見ていた王妃が悠然と立ち上がるのに気付きサーシャマリーは部屋へと入って行く。
「お母様、遅くなりました」
「いいのよ、私も今来たところだから。それにしても、今年は大盛況のようね」
「ええ、驚きましたわ。いったい何から見ればいいのか…」
困惑顔のサーシャマリーに隣の椅子をすすめて二人が腰掛ける。その後ろへ控えたフレアは、こっそりと隣のリリーに耳打ちする。
「すごいわね。商人たちの目がコワイくらいだわ」
「そうね。でも、急きょ参加した商人たちの寄せ集めの商品なんかに惑わされちゃダメよ。一年前からこの日を待っていた者たちの方が、さすがにいい物を用意しているから」
そう言うリリーの目も輝いている。反対にいる二人を見ても、驚きながらもやはり興奮は隠しきれないようだ。買い物に熱中する女性特有と言ったところか。
「さあ、それでは始めましょうか」
王妃のその一言で小広間はまたたく間に大商談会場と化した。
「姫様、この生地は遠く西の国から取り寄せた品で…」
「いやいや姫様にはこのような柔らかい素材の物がお似合いで…」
「私どもは新たにこのような生地を開発いたしました。是非お手に取っていただきたく…」
収拾がつかなさそうな状態の商人たちにあっけに取られていると、隣から一歩進み出たリリーが手際よくその混乱を収めにかかる。
「サーシャマリー様の目も、耳も、一組ずつしかございません。お話になるのはお一人ずつでお願いしますわ。でなければ日が暮れてしまいます。お呼びしますから、みなさん3歩ずつ下がっていただけます?」
そうしてサーシャマリーの視界を確保する。リリーに感心しながらも、四人はほっと息をついた。
「押しつぶされるかと思ったわ」
「みなさん姫様に気に入っていただきたいんですわ。王妃様はあまりドレスを新調なさいませんし、それにこれからお背も高くなってこられる姫様に覚えていただければ、と思っているんですわ、きっと」
「でも、わたくしもあまり多くは作らないのだけれど…」
その言葉に、彼女に背を向けていた王妃が振り向く。
「まあ、サーシャ。いい機会じゃないの。確かに背も伸びてきたし、気に入ったのがあったらいくつか作りなさいな。一着ずつこの騒ぎをするよりは、ずっといいと思うわよ」
「お母様!そんな、いったい何着作ればいいの?」
「そうですね。お誕生祭用が…晩餐会、夜会、舞踏会用もいりますわね」
指折り数えるリリーの横からネルも
「各国のご来賓との謁見もご参加されますわ。一般参賀でバルコニーへお立ちになる際にもお着替えをなされますか?」
「もちろん!去年までは夜会と一般参賀だけのご出席でしたが、今年からは立派な淑女としてのご参列です!一部の隙もなく、ご用意しなくては!」
サーシャマリーではなくリリーが答えているのに三人は苦笑する。だが、それだけ彼女の誕生祭への思い入れの強さだろう、と誰も何も言わなかった。
「では全部で5着ですね。普段用はどうなさいますか?姫様」
「…気に入ったら考えるわ」
枚数を区切らなかったことに深い意味はないサーシャマリーだったが、その言葉を耳に入れた商人たちの目がいっそう輝きを増したのに気付いたフレアは、少し背筋に寒気を感じた。
「進んでいるか?」
唐突に開かれた扉から入ってきたのは、共の者をつけた国王とユーリックだった。共にはオーランジュもいる。マントをつけていることから彼が視察に着いていくようだと察することができる。
突然現れた二人の姿に、その場にいた王妃とサーシャマリー以外の者が慌てて礼を取る。だが、それを片手で制して国王たちは上座へと近づいてきた。
「あなた。せめてノックくらいはしてください。驚くじゃありませんか」
「すまなかったな。出かける前に少し覗きに来ただけなのだが」
王妃のそばまで来た国王は、彼女の機嫌を取るようにその頬に顔を寄せ、近くにいるサーシャマリーにも同じようにする。広間の中で生地を物色していたフレア達も、サーシャマリーの近くに戻る。自然、オーランジュのすぐ隣に立つ格好になってしまったフレアはドキドキしてリリーの方へチラリと視線を向けると、先ほどとは違った意味で瞳を輝かせている。フレアはいたたまれなくなって無理やり国王一家へと顔を向けた。
「サーシャ。今年は全ての式に参列することになるから準備が大変だろう?」
「大丈夫ですわ、お父様。リリーが毎年手伝ってくれていますし、今年はみんなで選びますから」
「サーシャ。夜会や舞踏会は私が並ぶから、ドレスが決まったら教えてくれよ」
「はい、兄様!本当はご意見を頂きたいくらいなんですけど…お出かけなんですね」
残念そうな妹の肩にあてられていた2枚の生地を見比べながら、ユーリックがサーシャマリーに笑顔で応じている。国王も王妃の生地の色合いに注文をつけているようで、周りの商人があたふたと動き出している。
そんな国王一家を微笑ましく見ていたフレアだが、隣からひじをトンと突かれて顔をあげる。オーランジュが視線をユーリックから外さないまま声を掛けてきた。
「お前は?」
「なにが?」
「誕生祭。今年も出ないのか?」
チラッと見下ろしてくる目に、自嘲気味の笑みを返す。
「…出ないわよ」
「…そうか」
国王一家はまだあーでもない、こーでもないと商人や侍女を交えて交わしている。フレアは沈黙が気まずくなり、話題を探した。
「あんたは今年は出るんでしょう?副隊長様だもんね」
「ああ。仕事みたいなもんだが」
「私に縫え、とか言わないでよ」
「さすがにそれは頼まない」
頭の上で微かに笑われた気がして、フレアは自分の自意識過剰気味な言葉を後悔した。その気配を察したのか、オーランジュはぼそりと呟くように
「…近衛隊の正装を着るだけだ」
「あ、そっか」
当たり前の事を教えられてますます恥ずかしい。フレアは内心、早く視察に行ってくれないかと願う。
これ以上、自分が余計なことを言ってしまう前に、と思うのに口が勝手に動く。
「じゃあ、当日まで破ったりしないでね」
「…お前、俺を何だと…」
「よく服を破るマヌケ」
「あのなぁ…」
呆れたような声で顔ごとこちらに向いてきたオーランジュに、フレアはますます焦ってきた。そんなことをすればリリーに後で何を言われるかわからない。それに、昨日彼女に言われた言葉も無性に気になる。それを口にしないためにと思うと、考えてもいない言葉ばかりが口をついてくる。
「それにっ!そんなのを頼まれている所をあんたのお相手に見られたら厄介じゃない!」
「厄介?」
「身に覚えのない恨みなんて、ごめんだわ」
嫌な顔をしているだろうことを自覚している。だから、こちらを見ているであろうオーランジュと視線を合わせないように、フレアはサーシャマリーの方だけを見ていた。
「そうだ!もし破っちゃったら夜会のお相手に縫ってもらいなさいよ。貴族のご令嬢だったら嗜みで針くらい持てるって…」
「はあ?」
「お相手はあんたの役に立てるって喜ぶし、私は余計な仕事が増えなくて助かるし!」
言った瞬間、オーランジュの体がピクリと動いたのが気配でわかった。しまった、と思ったが遅い。そろり、と隣を見上げるとわずかに眉間に皺を寄せたオーランジュは、もうこちらを見てはいなかった。
「もう、お前黙ってろ」
言われなくても…とぶつぶつ口の中で呟きながら、フレアもサーシャマリーに視線を戻す。仲睦まじい国王一家の姿を見ても、今度は心が晴れなかった。