第13話
夕方になり、ネルやアデリー達から仕事を引き継いだ二人はサーシャマリーの部屋へ入る。
今日は国王とともにユーリックが視察に出かけているため、夕食は王妃と二人で取る予定になったようだ。その後のサーシャマリーの行動を確認しながら、二人は自分たちの仕事にかかる。
そんな中、ふと翌日の予定にも目を通していたリリーが、サーシャマリーに声を掛ける。
「姫様。いよいよ明日から、国王陛下のお誕生祭にお召しになられるドレスをご用意しなくてはいけませんわね」
「もうそんな時期なのね。今年はどんなのがいいかしら?」
毎年この時だけは必ず王妃も王女もドレスを新調してくる。もともと贅沢が好きではない王妃も、国王の誕生祭にだけは力を入れてくるので、サーシャマリーも手を抜くわけにはいかない。それは当然他の貴族たちにも言えることで、この時期仕立屋は大忙しだ。そのため、二月前のこの頃からサーシャマリー達もドレスを選び出す。生地やデザインは、常に城にいるお針子よりも商人たちの方が流行に敏感だ。最終的な調整はお針子たちが行うこともあるが、まずは城に出入りしている仕立屋や商人たちが呼ばれることになっている。それがいよいよ明日に迫っていた。
まったく意識していなかったらしいサーシャマリーに、フレアも微笑みかける。
「姫様はなにかご希望される物がおありですか?」
「そうね…去年はピンクだったでしょう?でも、そろそろもう少し大人っぽい物もいいかな、とは思うんだけれど」
サーシャマリーの普段のドレスは全体的に淡く、暖色系の物が多い。それは可憐な彼女にとてもよく似合っているのだが、思春期に差し掛かる最近は他の色に興味を出すようにもなってきた。
「今年はフリルよりもドレープの多い物が流行りのようですよ」
「そうなのね。でも、色まで大人っぽくしたら似合わないかしら?」
「明日いろいろお試しになられたらよろしいですわ」
「そうね!あとでお母様にもご相談してみましょう!」
年頃の娘らしく、三人はうきうきと明日に思いを馳せる。下級貴族の出のリリーは国王主催の王城で催される夜会に出席はできない。そのため、毎年サーシャマリーを着飾らせ、送り出すことをこの時期の何よりの楽しみにしていた。サーシャマリーもそれをよく理解し、リリーとよく話し合っている姿を目にする。
ふと、サーシャマリーがフレアを振り返ると思わぬ問いを投げかけてくる。
「そういえば、フレアは夜会には出ないの?ダングレイ伯爵はいらっしゃるのでしょう?今年はあなたのお兄様もご出席されるのでは、と聞いたけど」
どこから聞いたのか、と驚いたが、フレアはサーシャマリーに申し訳なさそうな顔を向ける。
「私は夜会が苦手で…陛下主催の夜会を辞退させていただくのは心苦しいのですが、当日は姫様のお支度をお手伝いさせていただくことになります。兄も、今年は婚約者と出るでしょうから、相手には困りませんわ」
あえて明るく言うフレアに、二人ともそれ以上なにも言わなかった。
「本日、午前中に城下より生地見本を持った商人たちが参ります。昨日、王妃様から姫様とご一緒に選ばれるとお申し出頂きましたので、場所を小広間へと移しました」
朝食後に現れた第三近衛隊の隊長フィルドが、部屋の中にいるサーシャマリーとその侍女たちに今日の予定変更を告げる。王妃と王女が揃って生地を選ぶとなれば、今年一番の商売に間違いない。その上、気に入ってもらえれば商人たちにとっても今後の仕事に箔がつくと言う物だ。前日の夜に決まった王妃と王女の合同商談会は、一夜のうちに彼らの耳に届き、二人が思った以上の騒ぎになっていた。
フィルドの言葉に、サーシャマリーは頷く。
「わかりました。なんだか大ごとになってしまって…迷惑を掛けます」
「とんでもございません、姫様。年に一度のことですので、楽しんでくださいませ」
恭しく胸に手を当てるフィルドは、だが顔をあげると表情を引き締める。
「ですが姫様。城内に入る時に彼らは厳重にチェックを受けて入ります。それでも不心得者がいないとは限りません。私どもも警戒を強めてはおりますが、何卒お気を付けくださいますよう」
生地選びくらいならば警護に付いている近衛隊はその部屋内にいることができる。しかし、試着ともなるとさすがに男性陣は退出するしかない。数少ない女性隊員もいるが心許ないフィルドは心配そうにサーシャマリーに告げる。彼女もそれがわかっているのでフィルドに向かってまた一つ大きく頷いた。
「わかっています。いざとなったら大声で呼びますから、遠慮なく入ってきてちょうだいね」
「姫様、それは…」
国王と皇太子に殺されます、とはさすがに言えなかったが、サーシャマリーのその一言で緊張気味だった部屋の空気がやわらかくなったのを感じ苦笑する。
「…目隠しをして失礼することに致します」
それではどうやって捕まえるの?と笑うサーシャマリーと侍女たちとともに、フィルドも今度はにこりと笑っていた。